悲惨な事故を起こした「デーモン・コア」が日本でミーム化しているのを海外の人はどう受け止めているのか?
「デーモン・コア」とは、日本に投下される予定だった核兵器を転用した研究用のプルトニウム塊で、手動でドライバーを動かして行う危険な臨界実験で知られています。死亡事故にまつわるある種の「不謹慎ネタ」であるデーモン・コアが、唯一の被爆国である日本を中心にインターネットミームとして拡散されていることについて考察した記事が公開されています。
The meme-ification of the "Demon Core"
https://doomsdaymachines.net/p/the-meme-ification-of-the-demon-core
デーモン・コアが起こした死亡事故のうち、特に有名なのは1946年5月21日に発生した2度目の事故です。この日、カナダの物理学者のルイス・スローティンはロスアラモス研究所の一室でデーモン・コアを操作していましたが、実は本番の実験ではなく測定のやり方を実演していただけでした。
というのも、スローティンはビキニ環礁で行われる戦後初の核実験チームの一員として研究所を離れる予定だったため、留守の間に実験を引き継ぐ科学者たちに手順を教える必要があったからです。
by Wayne Hsieh
「ドラゴンの尻尾をくすぐるようなもの」と評されたこの危険な実験の最中、スローティンは手を滑らせてしまい、プルトニウムの臨界によって発生した致死量の放射線を浴びたことで、事故から9日後に放射線障害で亡くなりました。
スローティンが「ルーファス」と名付けたプルトニウム塊が「悪魔の核」、つまりデーモン・コアと呼ばれるようになったのは、この事故がきっかけだといわれています。
そして、終末をテーマとしたニュースレターのDoomsday Machinesが、デーモン・コアを記事で取り上げることにしたきっかけは、2019年に目にした以下の日本のミームです。
デーモン・コアをモチーフとしたこのTシャツは、日本でもたびたび話題になっています。
技術書典で「素敵なTシャツですね」と思ったこのTシャツ。妹は「かわいい!」言ってましたが、何をしてるのか説明してあげたら「マジやば」に変わりました。 pic.twitter.com/qLNH6qx3mZ
— AKIBAJIN (@AKIBAJIN) October 16, 2018
めちゃくちゃかわいくて一目惚れで買ったけど後から意味を知って戦慄したTシャツがある「青白い光が…」「I LOVE SCIENCE じゃないんだよ…」 - Togetter [トゥギャッター]
https://togetter.com/li/2160000
Doomsday Machinesのライターであるアレックス・ウェラースタイン氏は、通販でデーモン・コアTシャツが売られているのを見た印象を「当時はかなり驚きました。というのも、このちょっとしたカワイイ(kawaii)描写と『I LOVE SCIENCE』というフレーズが一種のブラックユーモアであると気づくには、スローティンの実験の全体像を知っていなければならず、そういう意味でこれは知る人ぞ知るネタだったからです」と振り返っています。
ウェラースタイン氏がGoogleトレンドでデーモン・コアの話題の広がりを調べたところ、2019年ごろからデーモン・コアがアメリカでも爆発的に流行していたことがわかりました。
以下は、「デーモン・コア(青色)」と「スローティン(赤色)」のトレンドの推移を、参考の「NUKEMAP(黄色)」とともにグラフ化したものです。
2020年代に入ると、デーモン・コアのインターネットミームが大きく広がり、2021年にはミーム集積サイトのKnow Your Memeに専用ページが作られました。
Know Your Memeによると、デーモン・コアをかわいい女の子のイラストと組み合わせた初期の作品のひとつは、2018年4月4日に投稿されたイラストだとのこと。4月18日には同様のイラストが投稿されています。
一見危険度がやばいように見えるかもしれませんが、安心して下さいただのデーモンこあさんの料理風景です pic.twitter.com/iyDtMGHVeb
— 🌵🏜シロサト🌴🌵 (@shirosato_town) April 18, 2018
その後もさまざまなアニメや漫画のキャラクター、ひいてはゴジラなどがデーモン・コアとともに描かれています。
ウェラースタイン氏は、デーモン・コアの広がりについて「『予期せぬ並置から生まれたユーモア』の典型的なケースだと思われます。スローティンは若い男性であり、事故もまた若い男性やその身近で過ごしたことがある人なら誰でも知っているような、危険を顧みない虚勢によって引き起こされました。ですから、かわいい日本の女子が、この非常に男性的な実験をしているというのはかなり意外であり、それがおそらくこのミームの主な発信者であり受信者でもある『オタク男子』に二重に響いているのでしょう」と分析しました。
かわいらしいパロディイラストとは対照的に、デーモン・コアが引き起こした現実の事故は非常に恐ろしいもので、生きながらにして肉体が崩壊していった犠牲者の治療記録には、思わず目を覆うような記述があります。事故はスローティンの功名心や不注意が招いたものですが、だからといってスローティンが同情に値しないような、苦しんで死ぬべき人間だったわけではないと、ウェラースタイン氏は強調しました。
「デーモン・コア(悪魔のコア)」で被ばくした科学者はどのようにして死んでいったのか - GIGAZINE
ある種の悪趣味さに加えて、デーモン・コアミームを複雑にしているもうひとつのポイントが、日本を流行の震源地にしている点です。デーモン・コアは広島や長崎に投下されたものに続く3番目のプルトニウムコアで、日本の降伏がもう少し遅ければ間違いなく日本のどこかに投下されていました。そうなっていれば、子どもや女性、お年寄りを含むさらに多くの民間人が原爆で命を落としたり、スローティンと同様の苦痛を味わったりしていたことは想像に難くありません。
ウェラースタイン氏は「もしデーモン・コアで不謹慎なジョークを言う権利が誰かにあるとしたら、それは日本人かもしれません。なぜなら、アメリカ人は広島と長崎で原子爆弾を爆発させてからずっと、似たようなジョークを飛ばしてきたからです。それは戦時感情から来る一時的なものではなく、日本の犠牲者の苦しみが広く知られるようになり、また日本がアメリカの重要な同盟国になってからも続きました」と述べています。
例えば、アメリカのテレビ番組に出演したあるコメディアンは、日本原水爆被害者団体協議会が2024年のノーベル平和賞を受賞したことに言及し、「原爆の生存者にとって、受賞の知らせは人生で2番目に大きなサプライズだったでしょうね」と言って会場の爆笑を誘いました。
記事の締めくくりに、ウェラースタイン氏は、「私は『ユーモア警察』になるつもりもなければ、デーモン・コアがコメディーの『禁止区域』だとか、まだ『時期尚早』だとか言ってお説教するつもりもありません。ブラックユーモアは、人間が奇妙で倒錯したやり方で暗闇に対抗し、恐怖を飼い慣らすための一種の対処法です。コメディー映画『博士の異常な愛情』がそうであるように、原爆はしばしばこのメカニズムの対象となってきました」と述べました。
なお、GIGAZINEは2011年にデーモン・コアを取り上げています。
未臨界量のプルトニウムの塊「デーモン・コア(悪魔のコア)」 - GIGAZINE
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