OpenAIより先に「open.ai」ドメインを取得して法廷で争っている人物の素顔とは?
2023年8月、AI開発企業のOpenAIが商標権の侵害で「Open Artificial Intelligence Inc.(Open AI)」という企業を訴えました。訴えられたOpen AIは、ChatGPTの開発で世界的に有名となったOpenAIと違って「Open」と「AI」の間にスペースがあり、OpenAIよりも先に「open.ai」ドメインを取得していました。一見すると、有名企業が使うであろう商標を事前に取得し、ライセンス料や和解金などを得ようとする商標トロールの一例のように思えます。ところが、ジャーナリストであるエヴァン・ラトリフ氏が「open.ai」ドメインの所有者であるガイ・ラヴィーン氏にインタビューしてみたところ、単なる商標トロールにはとどまらない複雑な背景が明らかになりました。
Why OpenAI Is at War With a Guy Named Guy - Bloomberg
https://www.bloomberg.com/news/features/2024-10-14/why-openai-is-at-war-with-a-guy-named-guy
ラトリフ氏は「OpenAIがOpen AIを訴えた」という話を耳にして、いくつかの裁判書類を確認しました。すると、確かにOpen AIの創業者であるラヴィーン氏は、サム・アルトマン氏やグレッグ・ブロックマン氏によってOpenAIが立ち上げられる前に「open.ai」ドメインを取得していたことが判明。その数カ月後にOpenAIが立ち上げられると、発表された日の夜には半角スペース付きの「Open AI」を商標登録したとのこと。
また、ラヴィーン氏は「アルトマン氏やブロックマン氏と同じアイデアに取り組んでいる」「SnapchatやTikTokで有名になったビデオ共有技術を発明した」といった主張を展開していましたが、その割にオンライン上ではほとんど足跡がつかめませんでした。そのためラトリフ氏は「ラヴィーン氏は変人か詐欺師のどちらかだろう」と疑っており、OpenAIの弁護士も同じように考えていたとみられます。結局、連邦判事はラヴィーン氏に対し、訴訟が解決するまで「Open AI」の名称を使うことを禁止しました。
ところが2024年4月になると、ラヴィーン氏は新しい弁護士と共にOpenAIやアルトマン氏、ブロックマン氏に対して100ページもの反訴を提出。その中でラヴィーン氏は、「OpenAIが設立される前の2015年に、オープンソースの汎用(はんよう)人工知能プロジェクトについて、1億ドル(当時のレートで約120億円)の資金調達を目指してシリコンバレーの著名人と会談していた」と主張しています。
ラヴィーン氏が会談したという著名人には、Googleの共同創業者であるラリー・ペイジ氏、MetaのチーフAIサイエンティストであるヤン・ルカン氏、Googleのリサーチディレクターであるピーター・ノーヴィグ氏、Stripeの最高経営責任者であるパトリック・コリソン氏、Siriの共同開発者である元Apple幹部のトム・グルーバー氏など、そうそうたる名前が挙げられていました。
ラヴィーン氏は「オープンソースの汎用人工知能」というアイデアは並行して発明されたものではなく、アルトマン氏とブロックマン氏は自分のアイデアを盗んだのだと主張しています。そして、反訴にはルカン氏の「人々はもっとこのことを知るべきです」という声明や、グルーバー氏の「OpenAIによるガイ・ラヴィーン氏からの強奪が歴史的な結果をもたらすかもしれないのは悲劇です」という声明も含まれていました。
ラトリフ氏は、「正直、狂気の沙汰としか思えませんでした。1億ドル?歴史的な結果?私は、ラヴィーン氏が彼の狂気じみた主張を裏付けるために、引用を捏造(ねつぞう)したのではないかと考えました」と述べています。ところが、実際にAI業界で高く評価されているグルーバー氏に連絡を取ってみたところ、確かにラヴィーン氏の訴訟を把握しており、反訴に引用されていた声明を出したことを認めました。
グルーバー氏は、「彼は最初から真面目なAIの男でした。私はその時のメールの記録を持っています。アルトマン氏が現れる少なくとも半年前には、彼がOpen AIの売り込みをしていたのは間違いありません」と語り、ラヴィーン氏がGoogleのペイジ氏に話を持ちかけたことも知っているとのこと。グルーバー氏はラヴィーン氏の人柄について、「彼はサム・アルトマン氏のようにカリスマ的ではありませんが、賢くて正直です」と語っています。
声明を出した理由についてラトリフ氏が尋ねると、ラヴィーン氏はラヴィーン氏を訴えたのはOpenAIであり、その逆ではなかったと指摘。「それは公平ではありません。私が言っているのはそれだけです」とコメントしました。
ここに来て、ラヴィーン氏はラトリフ氏やその他ほとんどの人々が考えていたような「単なる商標トロール」ではなく、シリコンバレーで敗北した「正義の負け犬」である可能性が浮上しました。そこでラトリフ氏は、さまざまな方面からラヴィーン氏とのコンタクトを取ろうと試みて、2024年5月に対面でインタビューすることができました。
カリフォルニア州サニーベールにあるラヴィーン氏の家は、緑豊かな裏庭がある平屋建ての一軒家でした。黒のナイキの野球帽子をかぶり、ジーンズとゆったりした白Tシャツを着たラヴィーン氏は、43歳という実年齢に比べると若々しくスリムな風貌でした。ラヴィーン氏は目に見えるような変人というわけではなかったものの、思考がループする傾向があったそうです。また、世界で最も強力なスタートアップであるOpenAIに訴えられたことにより、被害妄想に拍車がかかっているように見えたとのこと。ラトリフ氏に対し、ラヴィーン氏は「彼らが最初に私を訴えたんです。私は平和的な人間で、誰かを訴えるつもりはありませんでした」と述べています。
イスラエルの小さな村で育ったラヴィーン氏は、5歳でPCを与えられるとすぐにプログラミングにのめり込み、進学したイギリスのウォーリック大学で初めてAIに出会いました。ラヴィーン氏はAIを足がかりにして、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)へ進学するための資金と人脈作りに成功。MITではMIT Playgroundというテクノロジー起業家向けの会議を主催し、そのメンバーにはナレッジサイト・Quoraの共同設立者兼CEOであるアダム・ディアンジェロ氏や、後にラヴィーン氏と協力してさまざまな事業に携わるカーク・マクマリー氏が含まれていたとのこと。
いくつかのプロジェクトで挫折を味わったラヴィーン氏は、2009年にMITのニューラルネットワーク研究室の学生によるプレゼンテーションを見て、高度な「ディープラーニング」システムが画像識別に役立つことを知りました。ディープラーニングによる汎用人工知能の登場を予期したラヴィーン氏は、エンジニアリングのためのオープンコラボレーションプラットフォームである「Wikineering」を考案。ラヴィーン氏は当時MITのデジタル経済イニシアチブのディレクターを務めていたエリック・ブリニョルフソン氏に連絡を取り、ブリニョルフソン氏はWikineeringの熱心な支持者となったそうです。
その後の数年間でGoogleがディープラーニング市場で独占的な地位を築き、2014年にDeepMindを買収したことで、ラヴィーン氏は一企業に権力が集中することを危惧しました。まずは自分でAI企業を設立することを検討したものの、自分にはニューラルネットワークに手を出す高度なスキルがなく、才能のある技術者はGoogleが多額の報酬で雇っているという状況では困難でした。
そこでラヴィーン氏はAI開発にもWikineeringの原則を取り入れ、「利益のためではなく人類の利益のためにオープンにAIを構築する」という理念を掲げて研究者を集めることを発案。Googleに対抗する組織である「Open AI」を設立することを思い立ったとのこと。この主張はアルトマン氏らがOpneAIを設立した際の議論とほぼ同じものですが、実際にラヴィーン氏はアルトマン氏らより先に「open.ai」ドメインを取得し、2015年3月のTEDカンファレンスではペイジ氏やグルーバー氏にアイデアを売り込みました。
グルーバー氏は訴訟に関する(PDFファイル)供述で、「Appleは自社の研究者が公然と発言することを許さなかったため、AIのトップ研究者を集めるのに苦労していました。そのため、研究者を引きつけて進歩を加速させ、その成果を人類と共有する方法としてガイ氏が提案したOpen AIは強力なアイデアであり、私も個人的に支持しました」と述べています。
その後も多くの著名人にアプローチし、2015年9月には「open.ai」ドメインで最初のウェブサイトを立ち上げたラヴィーン氏でしたが、Open AIを機能させるのに必要だと見積もっていた1億ドルの資金調達はなかなか進みませんでした。そんな中、12月11日にアルトマン氏とブロックマン氏がOpenAIの立ち上げ、すでに10億ドル(当時のレートで約1200億円)の資金提供を受けていると発表しました。
ラヴィーン氏は驚いたものの、そもそも自分のアイデアはAI開発を開かれたものにすることが目的であり、利益やエゴを追求したものではなかったため、一応は納得することにしたそうです。しかし、頭の中では「あいつらはアイデアとコンセプト、そして名前まですべてを盗んだ」という声が聞こえていたことも認めています。
ラトリフ氏は、「この時点であなたは、確かにガイ・ラヴィーン氏はOpenAIを似たようなアイデアを思いついたのだと思うかもしれません。そして、彼は同じような人々に売り込みました。しかし、OpenAIはローンチし、Open AIはローンチしませんでした。これでゲームオーバーです。『勝者とは、作った者である』というのが、スタートアップの世界における不文律です」と述べています。
OpenAIの立ち上げが発表された後に「Open AI」で商標登録を行ったラヴィーン氏は、OpenAIの共同創業者3人のうちアルトマン氏とイルヤ・サツキヴァー氏にメールを送りました。メールには、「私たちは世界中の研究者がディープラーニング・アルゴリズムを集団でエンジニアリングするためのプラットフォームを構築するOpen.AIというイニシアチブに取り組んでいます。このイニシアチブはあなた方と同じ目標を掲げており、オープンな取り組みを通じて汎用人工知能の到来を加速させるというものです」と書き、コラボレーションが可能かもしれないと提案したとのこと。
翌週には、ラヴィーン氏とブロックマン氏が面会したものの、ブロックマン氏はすぐにコラボレーションの申し出を拒否しました。この時、ブロックマン氏はOpenAIが人類の利益のために働くことを強調したものの、ラヴィーン氏の目にはホットな営利目的のスタートアップを立ち上げた人物かのように見えたそうです。ラヴィーン氏は、「この時の共感のできなさには驚かされました。なんて言ったのかは忘れましたが、『売ることに興味はない』みたいなことを言って出ていきました」と、当時のことを回想しています。
そして2022年1月、OpenAIが営利企業への道を進み始めて商標を出願した際、アルトマン氏が2015年以来となるメールをラヴィーン氏に送り、「open.ai」ドメインと知的財産権を受け渡す意思があるかどうか尋ねました。ラヴィーン氏は返信で、「イーロン・マスクがテスラのウェブサイトと商標を得るために1100万ドル(約16億4000万円)を支払った」ことを指摘したものの、最終的に受け渡し費用を非営利の学術AI研究イニシアチブに寄付することを提案しました。しかし、アルトマン氏とのやり取りは途中で途絶えてしまったそうです。
2022年9月にOpenAIが画像生成AIの「DALL・E」をリリースすると、その2カ月後にラヴィーン氏は「最高のAIモデルがオープンで無料だったらと想像してみてください」という新しいキャッチフレーズと共に、「open.ai」ドメインでStable Diffusionを埋め込んだウェブサイトを開設しました。このウェブサイトには同年12月までに17万人ものユーザーが訪れたそうです。
それから半年以上が経過した2023年8月、OpenAIはドメインと商標を巡って「Open AI」を連邦地方裁判所に訴えたというメールがラヴィーン氏の下に届きました。ラヴィーン氏は、「『何だこれは!?』と思いました。アルトマン氏は無料か、せめて寄付金程度でドメインも商標も手に入れられたはずです。その代わりに彼は、私を訴えるために世界で最も恐れられている法律事務所に数百万ドル(数億円)も寄付することに決めたのです」と述べています。
OpenAIの主張は、ラヴィーン氏のOpen AIは後発であり、大勢のユーザーを「Open AIはOpenAIと何らかの関係がある」と誤解させたというものです。訴訟の核心は「誰が最初に『OpenAI(Open AI)という名前を市場で確立したのか』という点で、ラヴィーン氏が「open.ai」ドメインおよび「Open AI」という名称で活動した痕跡が曖昧なことから、この点ではラヴィーン氏が不利になるかもしれません。
また、2015年にラヴィーン氏と会った人々はグルーバー氏を除いて沈黙を守っており、多くの関係者はラトリフ氏の問い合わせに答えていません。しかし、ラトリフ氏の問い合わせに「すみません、そんな会話をした記憶はありません」と答えたノーヴィグ氏は、ラヴィーン氏と交わしたメールをラトリフ氏が見せてもらっていたことを知ると、「この話題で誰かと会った記憶があります。それがガイ・ラヴィーン氏だったのでしょう。私は彼に対し、達成したいことに集中して、『OpenAI』のドメインや著作権などは手放すように言ったのを覚えています」と返答したとのこと。
ラトリフ氏は、「結局のところ、すべては10年前の出来事です。たとえラヴィーン氏のやり方を覚えていたとしても、地球上で最も恐れられている法律事務所に支えられたハイテク大企業が関与する訴訟に参加して、彼らにとって少しでも有利になることはほとんどありません」と述べました。
ラトリフ氏とのインタビューで、ラヴィーン氏は「SNSのスケーリングに関するアルゴリズム」「空き部屋を貸し出すAirbnbのようなソーシャルネットワーク」「1人乗りの電気自動車」など、さまざまなアイデアを考案したり実際に設計したりしたものの、いずれも他の企業が同様のアイデアを実現させて成功していったと語っています。ラヴィーン氏はこれらのアイデアすべてが盗まれたと信じているわけではなく、時期が早すぎたり、資金集めに失敗したりしたことも失敗の原因だったと考えています。
なお、ラヴィーン氏はビットコインへの投資である程度の利益を得たほか、企業がTikTokのようなアプリを自分たちで作成できるサービス「Video.io」を立ち上げて一定の成功を収めたため、快適な生活を送るには十分な資産を持っているとのことです。
ラトリフ氏は、確かにラヴィーン氏は革新的な技術を持つ不遇の天才ではなく、開発する力がないのにアイデアばかり夢見ている敗者なのかもしれないと指摘しています。しかし、ある意味では小市民や未完成品には目も向けず、「自分で作れ、さもなくば消えろ」と言わんばかりの業界に直面する人々を象徴する存在なのかもしれないと述べました。
なお、Open AIの設立理念やOpenAIへの批判について、ラヴィーン氏は自身のウェブサイトで語っています。
The Counterclaim | Guy Ravine
https://guyravine.com/counterclaim
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