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赤ちゃんの舌切開ビジネスが急成長している


赤ちゃんの舌の裏にある舌小帯が短いため舌の動きが制限されてしまうという先天性の異常が「舌小帯短縮症」です。この症状に対処するために「舌を切開するビジネス」が、過去10年間で急増しているとThe New York Timesが報じています。

Tongue Tie Surgery: Inside the Business of Cutting Babies’ Tongues - The New York Times
https://www.nytimes.com/2023/12/18/health/tongue-tie-release-breastfeeding.html

テス・メレルさんは3人の赤ちゃんを母乳で育てたのち、4人目の赤ちゃんで上手く母乳を飲んでくれなくなるという問題に直面します。メレルさんが授乳コンサルタントのメラニー・ヘンストロームさんに助けを求めたところ、問題は「乳児の舌が口の底とつながっていること」だと告げられたそうです。ヘンストロームさんは、「これは一般的な問題で、歯科医での簡単な処置で解決できる」と伝えた模様。


メレルさんは指示に従い、2017年12月にレーザーで赤ちゃんの舌をカットしました。しかし、処置後に赤ちゃんは食事を拒否するようになり、危険なレベルの脱水症状に陥ってしまったそうです。

メレルさんの赤ちゃんのように、乳児の舌が口の中でくっついたままになる症状を「舌小帯短縮症」と呼びます。近年、女性は「乳児を母乳で育てるべき」というプレッシャーにさらされていることと相まって、この症状を改善するための「赤ちゃんの舌切開ビジネス」は過去10年間で爆発的に広がっているそうです。

The New York Timesの調査によると、授乳コンサルタントや歯科医は舌が口の底とつながっていなくても、「赤ちゃんの舌を切開するべき」とアドバイスして処置を推奨していることが明らかになりました。


一部の赤ちゃんは、舌の先端が口の底に付着した部分を持って生まれます。これに対処するために接合部分を切開するケースがありますが、ほとんどの場合はそのまま放置しても無害で、舌を切開したからといって摂食が改善されるという証拠もほとんどありません

授乳コンサルタントや歯科医の中には、メレルさんのように不安で疲れ果てた母親に対して、母乳育児を改善し、赤ちゃんの睡眠時無呼吸症候群や言語障害などの健康上の問題を予防するために、赤ちゃんの舌を切開することを推奨する人もいます。

舌だけでなく、唇や頬と歯茎をつなぐ部分にレーザーを当てることを推奨している人もいるそうです。このような口内のつながりを診断して切開することが、数万円の費用がかかるニッチビジネスとして急速に拡大しています。


マンハッタンの有名歯科医であるスコット・シーゲル氏は、20年間にわたり赤ちゃんの舌切開手術を行っており、週に最大100人の患者を診察しているそうです。舌切開の手術は1件5分程度で終わり、費用として900ドル(約13万円)を請求している模様。The New York Timesは、シーゲル氏が3人の乳児に舌切開の手術を行う様子を取材したそうです。

The New York Timesによると、舌切開で年間数百万ドル(数億円)を稼ぐ歯科医もいるそうです。患者を紹介する授乳コンサルタントにも紹介料として報酬が支払われ、舌を切開するためのレーザーを製造する医療機器メーカーもこのトレンドに便乗しているとThe New York Timesは指摘しています。

シーゲル氏は舌切開手術を支持する医学研究がほとんど存在しないことを認めていますが、自身の経験談として舌切開により乳児の摂食障害が改善され、睡眠時無呼吸症候群などの健康上の問題も改善されると主張しています。

舌切開の施術は保険適用外の手術であるケースが多いため、手術件数を集計するのは非常に困難だそうですが、「どう見てもその件数は急増している」とThe New York Timesは記しています。1997年から2012年までの間にアメリカで行われた舌切開手術の件数は確認されているだけでも800%以上増加しており、年間の手術件数は1万2000件を超える模様。アメリカの25州で専門家を対象に行われた調査でも、赤ちゃんの舌小帯短縮症を診断する依頼が急増していることが明らかになっており、Googleでの「tongue tie」(舌小帯短縮症)の検索件数も、過去5年間で2倍以上に増加しています。

2020年、ニュージャージー州の大型診療所は「乳児が驚くべき速度で舌を切開するためにレーザー照射を受けている」と警告するメールを、患者家族に送信しました。2021年にはケンタッキー州の別の診療所が、「レーザー治療後に赤ちゃんが食事を拒否し、激しい痛みを訴えた」と舌切開による後遺症の可能性を警告しています。このように、医師の中には舌切開ビジネスを「子育て世代から金銭を搾取するための方便である」と批判する声もあります。

舌切開手術による重篤な後遺症が報告されるのはまれですが、医師によると切り傷が強い痛みを引き起こし、赤ちゃんが食事を拒否したり、脱水時症状や栄養失調に陥ったりするケースはあるそうです。また、赤ちゃんの舌の一部を切開したことで、舌が乳児の気道を塞いでしまうことになるというケースもある模様。舌切開を行った親の中には、赤ちゃんが後遺症に苦しむ姿を見て罪悪感からうつ病を発症してしまう人もいるそうです。

ほとんどの医療分野と異なり、赤ちゃんの舌切開ビジネスはほとんど監視されないまま運営されています。アメリカの歯科委員会は一般からの苦情を受け取っているものの、歯科医師免許停止に至るようなケースはほとんどないそうです。また、アメリカで授乳コンサルタントを規制している州は3つしかありません。

冒頭で挙げられた事例で登場した授乳コンサルタントのヘンストロームさんは、医療従事者や顧客から複数の苦情を申し立てられていますが、記事作成時点でも授乳コンサルタントを続けています。The New York Timesがヘンストロームさんに直接接触したところ、同氏は「文字通り、何千人もの人々が私の授乳コンサルタントに興奮しています」と述べ、授乳コンサルタントとしての業務が好調であることをアピールしました。ただし、The New York Timesからの質問には一切回答しなかったそうです。


舌が口とつながったままになると授乳が妨げられるという考えは、何世紀にもわたって存在してきました。助産師はかつて、長く鋭い爪を使って赤ちゃんの舌の下の組織を物理的に引き裂いていたそうで、1601年にフランスの王室外科医が生まれたばかりのルイ13世の舌を切開したという記録も残っています。

しかし、この手術に警鐘を鳴らす医師は昔から一定数います。1791年にはドイツの産科医が「親は利益や無知のためにだまされることが多いです」「この施術は乱用されており、何もつながっていない部分が切開されるケースもあります」と記しています。

20世紀に大量生産された粉ミルクが登場すると、母乳育児の人気が低迷し、赤ちゃんの舌小帯短縮症に関する議論はほとんどなくなっていったそうです。しかし、1970年代に母乳育児の人気が再燃すると、舌切開ビジネスが徐々に復活することとなります。

母乳育児で舌小帯短縮症が問題になるのは、乳児が母乳を吸うには舌を使う必要があるためです。1980年代に活躍した授乳コンサルタントのアリソン・ヘーゼルベイカーさんによると、当時診断した赤ちゃんの中には明らかに舌小帯短縮症により授乳が妨げられている乳児もいたそうですが、小児科医はこのような症状をほとんど認識していなかったそうです。そのような状況が、授乳コンサルタントという職業が人気を博す一因となります。なお、ヘーゼルベイカーさんは1993年に赤ちゃんで舌小帯短縮症が確認できるかどうかを評価するためのツールを開発しており、これは記事作成時点でも利用されているそうです。

さらに、2004年にアメリカ小児科学会が赤ちゃんの舌小帯短縮症に関する記事を公開したことで、この症状は広く知られるようになります。しかし、舌小帯短縮症に関する診断が急増していったことを受け、間違った診断も増えていることが指摘されており、この事実を警告するガイドラインも発表されています。

手術の有無にかかわらず母乳育児は時間の経過と共に改善されることが多いため、乳児が母乳を上手く吸えなかった原因が舌小帯短縮症なのか否かを判断することは非常に困難です。しかし、舌切開を行った親は「舌切開のおかげで授乳が楽になった」と信じ込んでしまうため、舌切開ビジネスが人気を博すことは避けられないことなのかもしれません。また、赤ちゃんの舌切開を行うと母親の授乳時の乳首の痛みが軽減されることが研究で示されており、一定の効果が期待できることも確かです。

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in メモ, Posted by logu_ii

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