スタンフォード大学の科学者が「自由意志は存在しない」とする理論の問題点とは?
私たちは自分の思うままに考え、何をしたいか自分で選んで行動できるとする「自由意志」を持っていると信じている人は多くいますが、自由意志の存在は科学的に証明されていません。スタンフォード大学の神経生物学者が2023年に出版した著書では「自由意志は幻想である」と断定されており、その理論が注目を集めています。自由意志の理論において重要なポイントや何が議論の的となっているかについて、倫理の専門家が解説しています。
A Stanford professor says science shows free will doesn’t exist. Here’s why he’s mistaken
https://theconversation.com/a-stanford-professor-says-science-shows-free-will-doesnt-exist-heres-why-hes-mistaken-218525
スタンフォード大学の神経生物学者であるロバート・サポルスキー氏が2023年10月に出版した著書「Determined: A Science of Life Without Free Will(決定論:自由意志のない人生を科学する)」では、決定論に関する科学的研究を要約して解説しています。決定論とは、「あらゆる出来事は、その出来事に先行する出来事のみによって決定している」とする哲学的な考え方。決定論は物理法則による厳密な因果関係を重視しているため、人間の思考や行動も何かの要因に導かれ決定していると考えられ、決定論においては自由意志の存在は否定されます。
そんなサポルスキー氏による科学的な決定論支持について科学者の間で議論が紛糾しており、その理由についてノートルダムオーストラリア大学の倫理社会研究所で研究員を務めるアダム・ビオヴァーキー氏が解説しています。ビオヴァーキー氏によると、サポルスキー氏は「物理法則と同じように人間の選択も、環境や生い立ち、ホルモン、遺伝子、文化やその他制御できない無数の要因による結果として現れているにすぎず、そこに『自由』は介入しない」と考えているとのこと。さらに、サポルスキー氏は「私たちの行動は自由意志ではなく決定論的に決まっているため、誰も自分の行動に対して道徳的な責任を負わない」とも述べており、ビオヴァーキー氏はこれを「かなり過激な立場」であると指摘しています。
「自由意志」と「責任」については、「決定論的に決まっている行動だから責任は発生しない」と考えるサポルスキー氏のような理論や反対に「自由意志で選んだ行動には責任が伴う」という考えがある一方で、「決定論的に選択していることと、自由意志の存在や道徳的責任が伴うことは両立する」と考える「互換主義」という考え方もあります。2020年に行われた広範な哲学的信念に関する調査によると、決定論的立場と自由意志や責任は両立すると考える哲学者は59%いたのに対し、サポルスキー氏と同じ考え方の哲学者は11%のみと記録されました。
自由意志の専門家であるカリフォルニア大学リバーサイド校のジョン・マーティン・フィッシャー氏は、「Determined: A Science of Life Without Free Will」のレビューを執筆した際に、「サポルスキー氏の議論の問題点は、自由意志の概念が正しい理由について、実際に何の議論も提示していないこと」と指摘しています。そもそも「自由意志とは何か」ということは曖昧な命題であり、筋肉と脳の活動を機械で測定する実験で「脳で何をするか決定したと私たちが認識するよりも、筋肉は動く。すなわち、自由意志は存在しない」と科学者が示した際も、自由意志の定義を考えることで実験内容が疑問視されました。
なぜ「自由意志など存在しない」と科学者は主張するのか? - GIGAZINE
サポルスキー氏は本の中で、「自由意志は決定論と両立しないものである」と単純に定義し、その上で「これによって人々の道徳的責任が免除される」と論じたり、私たちの行動が決定されるプロセスについて説明したりしています。一方で、互換主義者は自由意志をもう少し緩やかに考えており、仮に決定論的に行動が決められているとしても、その決められた範囲で私たちは善悪を理解し、道徳的な理由に従って行動していると論じています。
サポルスキー氏の理論と互換主義の理論が食い違っているのは、判断が難しい問題である自由意志を扱っていることが原因です。そのため、サポルスキー氏はまず「自由意志に関する仮定が、なぜ道徳的責任に関連するのか」を前提として示す必要があったとのこと。自由意志と責任に関する議論は哲学者たちが長年問い続けてきたテーマであり、それを無視して都合のいい定義を自由に選択して「ただ科学の問題として」捉えたことが、サポルスキー氏の最大の間違いであったとフィッシャー氏は語っています。
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