一体なぜ「馬力」という単語は広まったのか?
車を買おうとスペックをアレコレ調べると出くわす表記が「馬力」です。馬力はその名の通り馬一頭が発揮できる仕事率に由来する単位ですが、乗用や農耕用の家畜として馬が広く使われていた時代ならともかく、馬をほとんど見なくなった現代でも使い続けられています。馬力という単語は一体なぜ広く使われるようになったのかという理由について、サイエンス系ニュースサイトのLive Scienceが解説しています。
Why do we still measure things in horsepower? | Live Science
https://www.livescience.com/what-is-horsepower
馬力という単語を生み出したのは、国際単位系における仕事率の単位「ワット(W)」の由来となったスコットランドの発明家のジェームズ・ワットです。ワットは1765年に蒸気機関を発明した際、単位時間あたりの仕事量を数値で表わす必要があると考えました。ワットが目を付けたのが馬で、個人的な観察から得られた「平均的な荷馬は馬用の石臼を1時間に144回転のペースでひける」という推定から、ワットは「平均的な荷馬が1分かけて1フィート持ち上げられる重さは3万2572ポンド(1分かけて1メートル動かせる重さは約1万4774.41kg)」と算定しました。そして、3万2572ポンドを四捨五入して、3万3000ポンド(約1万4968.55kg)とし、「3万3000ポンドを1分かけて1メートル持ち上げられる仕事量」を1馬力と定義しました。
By Martinvl
ワットは馬力の定義について各種数値を大ざっぱに見積もったとされており、「馬力」という単位はちゃんとした科学的議論を経て定義されたものだとは言えません。また、自分で定めた馬力という単位を自分が開発した蒸気エンジンの優位性を示すために用いたことから、マーケティングキャンペーンのために「馬の仕事量」という概念を勝手に作り上げたとも言えます。
この馬力という単語について、言語学的な見地から解説しているのがイギリス・ウィンチェスター大学の英語学科上級講師のエリック・レイシー氏。レイシー氏によると、馬力のような定義が曖昧な用語が時代をこえて使われる理由を考える際には、人が用いる単語は「その人自身」と「その人と他人の交流」という2つの要素が影響するとのこと。
人には基本的に問題のある意味や否定的な意味を持つ単語を避け、新しい意味や発音がカッコいい単語を好む傾向があります。馬力という単語が広まった19世紀初頭には馬は最も普及した産業用動力で、馬力という新たな概念が古くありふれたものを指すと同時に新しいものの到来を予感させてくれるものだったため、大衆にまで用いられるほど広く普及したのだろうとレイシー氏は語りました。
とはいえ、この見解はあくまでレイシー氏が組み立てた仮説なので、真実とはかけ離れている可能性はあります。この点についてレイシー氏は「一体どの単語が人々の心に残り続けるのかを正確に予測できれば、広告業界で大もうけできるでしょう!これは言語学の聖杯ですよ」とコメントしています。
ちなみに、前述のように馬力は馬一頭が継続的に発揮できる仕事率で、馬が瞬間的に発揮できる仕事率は15馬力ほどだと言われています。一方、人間はツール・ド・フランスに参加する自転車競技者ならば15秒間だけなら1.2馬力を出力可能で、1分間だけなら0.9馬力を出力可能です。この点から「馬力という単語を人力に置き換えるべきでは?」という意見について、レイシー氏は「実際に何を指し示す単位なのかがわかりやすくなるので、言語学者としては大満足ですね」とコメントしています。
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