貧困が子どもの発達に影響するということが初めて研究によって示される
以前から、貧困は子どもの脳の発達に影響があり家庭環境が貧しいと子どもの脳は「貧困脳」になる、ということが研究により指摘されていました。観察研究では何度も指摘されてきた貧困と子どもの脳の発達の関係について、2022年1月に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された論文では、貧困が子どもの脳の変化をどのように促進するかについての直接的な実験的証拠が初めて発見されました。そこでは、「低所得の母親に毎月お金を与えることで、乳児の脳の発達が変化する」ということが示されています。
The impact of a poverty reduction intervention on infant brain activity | PNAS
https://www.pnas.org/content/119/5/e2115649119
Baby First Years Findings | January | 2022 | Newsroom | Teachers College, Columbia University
https://www.tc.columbia.edu/articles/2022/january/baby-first-years-findings/
コロンビア大学の神経科学者キンバリー・ノーブル氏は、貧困が脳に強い影響を与えることは明らかであるとしつつも、「しかしこれまで、貧困自体が子どもの発達に違いをもたらすのか、それとも貧困の中で育つ他の要因と関連しているのかを判断することはできませんでした」と説明していました。
家庭環境が貧しいと子どもの脳は「貧困脳」になる - GIGAZINE
同様に、論文の共著者であるデューク大学のリサ・ジェネティアン氏は「非常に幼い子供に関して、子供が現金の送金によってどのように影響を受けるかについて、世界的な証拠は多くありません」と述べています。 そこで研究チームは、「乳児を育てる母親たちに異なる金額を毎月支給し、支給額によって乳児の脳の発達に影響が出るかどうかを調べる」という実験を行いました。
この研究は、子どもの発達を客観的に捉えるのが非常に困難で費用がかかるため、前例がない調査だったとのこと。一方で、この研究によって「児童税額控除などの貧困対策が、どのような子どもへの投資となるか明らかにできる」と考えられるため、具体的な証拠の発見が期待されていたともジェネティアン氏は語っています。
2018年に新しく始まった「乳児の脳活動に対する貧困介入の影響」の研究では、まずアメリカ国内の出産直後の母親1000人を募集し、全員にデビッドカードを配布しました。このデビッドカードでは、母親1000人を毎月333ドル(約3万8000円)を受け取れるグループと、毎月20ドル(約2300円)のみのグループに分け、補助金が支払われます。この支払いは出生後から4歳4カ月に達するまで続きます。
新型コロナウイルスの影響もあり、1000組の参加者のうち435組が対面テストに回答し、子どもの脳活動または脳波の違いが記録されました。結果を分析したところ、高額な現金を受け取ったグループの乳児は、低い額だったグループの乳児と比較して、「高周波数帯域」で高い脳波のパワーを示したと研究チームは報告しています。
以下の画像は、高額な現金が支給されたグループ(左)とより低額の現金が支給されたグループ(右)で、子どもの頭皮全体のヒートマップを比較したものです。一番上の「シータ波」ではあまり違いが見えませんが、高周波数帯域に分類される「アルファ波」「ベータ波」「ガンマ波」では高額な現金を受け取ったグループの方が暖かい色(脳波のパワーが強い)になっていることが分かります。「高周波数帯域」は成熟にともなって力が上がると言われる脳波のパターンで、研究では高い金額を受け取ったグループの子どもは「高度な教育を受けさせた時と近い数値」を記録したと研究チームは述べています。
論文では、「あくまでこれらは一般的なパターンであり、貧困に直面している全ての子どもが脳波で発達の遅れを示すわけではありません。また、今回の研究は収入と幼児期の認知発達を結びつける相関的な証拠にもかかわらず、貧困が人生の早い段階で発達の違いを引き起こすかどうかは不明です」と述べています。今後の研究として、家計支出の具体的な内容、母親の労働市場への参加、育児の内容、家庭でのストレスなど、現金を受け取ることで発生する潜在的なメカニズムを明らかにし、より具体的な成果を獲得していくことが目指されています。
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