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イタリアの独裁者ムッソリーニを暗殺するまであと一歩に迫った女性とは?


1920年代~第二次世界大戦時のイタリアで国家ファシスト党を率いて独裁体制を築いたベニート・ムッソリーニは、新たな政治思想だったファシズムを構築し、ナチスを率いたアドルフ・ヒトラーに強い影響を与えたことでも知られています。ムッソリーニは何度か暗殺未遂に遭っていますが、その中でも「最も暗殺成功に近づいた女性」について、スミソニアン博物館のウェブマガジンであるSmithsonian Magazineがまとめています。

The Little-Known Story of Violet Gibson, the Irish Woman Who Shot Mussolini | Smart News | Smithsonian Magazine
https://www.smithsonianmag.com/smart-news/1926-irish-woman-shot-benito-mussolini-and-almost-altered-history-forever-180977286/


ムッソリーニ暗殺まであと一歩のところまで到達したのは、ヴァイオレット・ギブソンというアイルランド人女性でした。ギブソンはアイルランドの首都・ダブリンで、アイルランド大法官を務めた政治家のエドワード・ギブソンの次女として1876年に生まれました。

裕福な上流階級の娘として育ったギブソンはヴィクトリア女王の治世で社交界にデビューしましたが、幼いころから病弱であり、「ヒステリー」の気質があったといわれています。20代半ばでカトリックに改宗したギブソンは、平和主義組織で働くためにパリへ移住したそうです。

パリで暮らすギブソンはやがてムッソリーニの暗殺を企て、当時50歳だった1926年4月27日に実行へ移します。その日のムッソリーニは、ローマで開かれた医学会議で演説を行った後でカンピドリオ広場を散歩しており、ギブソンはそのタイミングでムッソリーニの近くまで接近し、至近距離からリボルバーで発砲しました。


ギブソンはあと一歩でムッソリーニの暗殺に成功していましたが、残念ながら2つの偶然によって暗殺は妨げられたとのこと。1つは、現場付近にムッソリーニに敬意を表して歌う学生グループがおり、ギブソンが1発目を撃ったタイミングでムッソリーニが顔をそちらへ向けたため、弾丸が顔の中央に当たらず鼻先をかすめてしまったという点。もう1つは、ギブソンが2発目を撃つために引き金を引いたものの、不発だったという点です。

残念ながら至近距離で発砲することができたにもかかわらず暗殺は失敗し、ギブソンは周囲にいた人々によって取り押さえられました。怒った民間人によって報復される前に警察がギブソンの身柄を連行し、ムッソリーニは事件からわずか数時間後には、鼻先に包帯を巻いただけで再び人々の前に現れました。

イギリスの歴史家であり、ギブソンの一生についてまとめた「The Woman Who Shot Mussolini(ムッソリーニを撃った女)」を著したストーナー・サンダース氏によると、ムッソリーニは女性によって暗殺されかけたことを非常に恥ずかしく思っていたとのこと。「彼はファシスト政権全体がそうであったようにミソジニストの傾向がありました。彼は女性に、しかも外国人に撃たれたことにショックを受けました」と、サンダース氏は述べています。

by kitchener.lord

事件後にイギリスへ強制送還されたギブソンは、医師によって「正気ではない」との診断が下され、ノーサンプトンの精神病院へ入院させられることとなりました。確かにギブソンは以前から精神疾患の兆候を見せていたものの、これは事件が大ごとになるのを避けたかったギブソンの家族やイギリス政府の思惑があったとみられています。

ギブソンは入院中も自身の釈放を訴える手紙をウィンストン・チャーチルエリザベス2世(現エリザベス女王)に宛てて書きましたが、その手紙が実際に届けられることはありませんでした。その後もギブソンが病院から出ることはなく、1956年に79歳でギブソンは亡くなりました。当時、ギブソンの家族は葬式に出席しなかったと伝えられています。

長年にわたりギブソンの行動は世間から忘れ去られていましたが、近年では再び注目を浴びています。2020年2月、ダブリン市議会はギブソンに敬意を表してギブソンをたたえるプレートを設置する動議を可決し、子ども時代に住んでいた家に設置されることが検討されているそうです。動議では、「献身的な反ファシスト」だったギブソンを国民の目に周知し、アイルランド人女性の歴史や国民の歴史の中で彼女を正当に位置づけるべきだと述べられています。現代に残るギブソンの親戚も、今回の動議には賛成しているとのことです。

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in メモ, Posted by log1h_ik

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