新型コロナワクチンの大規模接種を行う上で重要な過去の教訓とは?
2020年に世界中で猛威を振るった新型コロナウイルスのワクチンとして、ファイザーとBioNTechが開発した「BNT162b2」、Modernaが開発した「mRNA-1273」という2つのワクチンに注目が集まっています。すでにアメリカやヨーロッパでワクチンの接種がスタートしている中、ノースイースタン大学のバート・スペクター准教授が「過去の大規模なワクチン接種の事例から得られる教訓」について述べています。
The great polio vaccine mess and the lessons it holds about federal coordination for today's COVID-19 vaccination effort
https://theconversation.com/the-great-polio-vaccine-mess-and-the-lessons-it-holds-about-federal-coordination-for-todays-covid-19-vaccination-effort-152806
◆ポリオワクチンの大規模接種に関する問題
ウイルス性感染症の急性灰白髄炎(ポリオ)は一部の人に発熱・頭痛・腹痛・おう吐といったインフルエンザのような症状を引き起こし、脳や脊髄が影響を受けて下肢や呼吸筋にマヒが現れるケースや、最悪の場合は死に至るケースもあります。長年にわたってポリオは人類の脅威でしたが、1950年代にアメリカの医学者であるジョナス・ソーク氏が不活性化した(死んだ)ポリオウイルスを使ったポリオワクチンを開発しました。
アメリカ政府がソーク氏のポリオワクチンを認可した後、非営利団体であるNational Foundation for Infantile Paralysis(現在のMarch of Dimes)が製薬会社と900万ドル(記事作成時点の価値で約90億円)規模の契約を結び、アメリカ国内に住む全ての小学1年生と2年生にワクチンを接種するプログラムを1955年にスタートしました。3カ月で3000万人にポリオワクチンを接種することが目的とされ、スペクター氏も1955年の春にワクチン接種を受けたそうです。
ところが最初の投与が行われてから2週間後、公衆衛生当局は「ポリオワクチンを接種された6人の子どもがポリオに感染した」と発表し、一部のワクチンが誤ってポリオの感染を引き起こしていることが発覚。集団接種プログラムは最初の接種から1カ月もしないうちに停止されることとなりました。その後の調査で、カリフォルニア州のカッター社がポリオウイルスの不活性化が不十分なワクチンを製造していたことがわかり、最終的に200人の子どもにマヒの症状が現れて10人が死亡したとのこと。
一連の事態によってアメリカ国内のポリオワクチンに対する信頼感は低下し、1955年6月の(PDFファイル)調査では約半数の親が「今後は子どもにポリオワクチンを接種させない」と回答。ポリオワクチンは合計で3回の接種を必要とするため、この信頼感の低下は大きな問題でした。また、1958年には「国民の無関心」を理由にワクチンの製造を停止する製薬会社も登場するなど、1960年にアルバート・サビン氏が開発した新たなポリオワクチンが導入されるまで国民の信頼は戻らなかったとスペクター氏は述べています。
◆ポリオワクチンの事例から得られる教訓
スペクター氏は、「ポリオワクチンの物語は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの配布に関するいくつかの教訓を提供します」と述べ、以下の教訓を挙げています。
・救命医療製品は連邦政府による調整が必要
1955年のポリオワクチン配布は非営利団体を通して行われ、連邦政府はワクチン接種への積極的な関与を避けていました。当時、保健教育福祉省長官を務めていたOveta Culp Hobby氏は「政府により管理される医学」への懸念を持っており、ワクチンの接種は民間の手に委ねるべきだと考えていたとのこと。その結果、安全性のチェックがワクチンを製造する民間研究所に任されることとなり、連邦政府がカッター社のワクチンが持つ問題を認識できなかったとスペクター氏は述べています。
・ワクチンの配布プロセスには国民の信頼が大事
1955年のポリオワクチン接種が始まった当初、人々はワクチンについて注射の刺し傷以外の恐れを持っていませんでした。ところが接種を受けた子どもがポリオを発症した後、政府当局者による下手な説明や対応の遅れによって生産と流通のプロセス全体が混乱し、国民のワクチンに対する信頼感が低下しました。ワクチンに対する信頼感の低下は、十分な効果を得るために2回の接種が必要な新型コロナウイルスのワクチンでも大きな問題となり得るため、スペクター氏は連邦政府が国民の信頼感を構築しつつ、効果的なワクチン配布プログラムを実施することが重要だと主張しました。
なお、新型コロナウイルスのワクチン接種は間違いなく大きな進展ではあるものの、ワクチンの登場によってCOVID-19の脅威が完全に消えるわけではありません。Modernaのステファン・バンセルCEOは、「新型コロナウイルスがなくなることはありません」と述べており、今後も継続的に新型コロナウイルスを注視して対応する必要があると主張。また、新型コロナウイルスを封じ込めるにはワクチン接種だけではなく、感染者の隔離や検疫、感染者の追跡、公衆衛生当局と国民のコミュニケーションなど、ローテクな戦略も重要だとする意見もあります。
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