宗教とは「妄想」なのか?
作家のロバート・パーシグは「1人の人間が妄想に苦しむ時、それは狂気と呼ばれるが、多くの人が妄想に苦しむ時、それは宗教と呼ばれる」と説き、進化生物学者のリチャード・ドーキンス氏も、自著「神は妄想である」の中で、これを強く支持しています。このように、しばしば境目が曖昧だとされる宗教と妄想をどのように定義づければいいのかについて、科学系ニュースサイト・Live Scienceが論じています。
Is belief in God a delusion? | Live Science
https://www.livescience.com/is-belief-in-god-a-delusion.html
アメリカで新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう中、オハイオ州の教会では「1カ所に集まらないように」との警告を無視して集会が強行されました。CNNの取材を受けたある女性信者は、インタビューに対し「私はイエス・キリストの血の加護を受けているので、ウイルスには感染しない」と話したとのことです。
このような宗教の弊害について、アメリカの心理学者であるスティーブン・ピンカー氏はFacebookで「死後の世界に関する信仰は悪質な妄想であり、今ある人生を切り捨てさせ、より長く、安全かつ幸せに生きられるような行動を妨げるものです」と警告を鳴らしました。
Belief in an afterlife is a malignant delusion, since it devalues actual lives and discourages action that would make...
Steven Pinkerさんの投稿 2020年5月21日木曜日
精神医学の分野でしばしば「バイブル」として扱われているアメリカ精神医学会(APA)の「(PDFファイル)精神障害の診断と統計マニュアル」は妄想について、次のように定義しています。
妄想とは、相反する証拠を示しても変えることができない固定的な信念である。(中略)明らかに不可解で、その文化圏の成員には理解できないものであり、通常の生活経験に由来しない場合は、奇異な妄想に分類される。奇異な妄想の例としては、外部の力によって自分の内臓が取り除かれ、傷跡や痕跡を残さずに他人の内臓と入れ替えられたと考えることが挙げられる。奇異ではない妄想の例としては、確たる証拠がないにもかかわらず、自分は警察に監視されていると思い込んでいることが挙げられる。
このAPAの定義で問題となるのは、「妄想を多くの人が訴える」というケースの扱いです。例えば、ある男性が突然「自分のペニスが盗まれてしまった」と主張し始めた場合、ほぼ間違いなく奇異な妄想だと言えます。しかし、ヨーロッパやシンガポール、中国、アフリカなどでは、数十人の集団が口々に性器を盗まれたと訴える「ペニスパニック」がしばしば発生したとの記録が残っています。
このような去勢に対する土着の恐怖症は「コロ」と呼ばれ、日本人にとってのパリ症候群のような文化依存症候群に起因する妄想性障害だとされていますが、もしコロが「多くの人が共通認識として受け入れること」により「奇異な妄想」でなくなるのであれば、前述のペニスパニックも妄想とは言えないことになってしまいます。
この問題は宗教にも当てはまります。仏教やキリスト教など、現代でも広く信じられている宗教には開祖といえる人物がいますが、もし「広く信じられていること」が妄想と宗教を隔てる要件だとすると、信者を獲得する前の宗教は全て開祖の妄想ということになってしまいます。
妄想の定義がはらんでいるこうした問題について、Live Scienceは「結局のところ、世界のほとんどの人々を病気扱いしてしまう『妄想の定義』は、臨床的には無価値です」と論じています。一方、宗教には社会的な絆を深めたり、精神的な慰めや励ましをもたらしたりする効果があるのも事実です。
「それでは、健全な宗教的信仰と妄想を区別するのは一体何なのか?」という疑問に対し、Live Scienceは「その信念が地域社会の絆を深めているかどうかという点に尽きるかもしれません」と回答。なんからの信念が社会的な関係をこじれさせて、社会生活を機能不全にしてしまうものなのであれば、それは「妄想」だといえるのではないかとの見方を示しました。
また、Live Scienceは「何が健全な宗教的信念で、何が病的な宗教的信念かという問題にけりがつくことはなさそうです。ここで強調したいのは、宗教を悪者にしたいわけでも、擁護したいわけでもないことです。宗教にはいい側面もありますが、ピンカー氏が『悪質』だと指摘したような側面もあります。残念なことに、多くの人が共有する悪質な信念は、少数の人が共有する信念よりはるかに危険なのです」と結論付けました。
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