「コロンブスが梅毒をヨーロッパに持ち込んだ」という定説は誤りだった可能性
性感染症で知られる梅毒は15世紀にヨーロッパで急に感染拡大したといわれており、梅毒の原因となる梅毒トレポネーマをヨーロッパに持ち込んだのは、アメリカ大陸を発見したスペインの探検家であるコロンブスだというのが定説となっています。しかし、当時の感染者の遺体から検出されたDNAから、この定説が誤りだった可能性が高いことが判明しました。
Ancient Bacterial Genomes Reveal a High Diversity of Treponema pallidum Strains in Early Modern Europe: Current Biology
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982220310836
Medieval DNA suggests Columbus didn’t trigger syphilis epidemic in Europe | Science | AAAS
https://www.sciencemag.org/news/2020/08/medieval-dna-suggests-columbus-didn-t-trigger-syphilis-epidemic-europe
梅毒がヨーロッパで記録上初めて大流行したのは1495年で、イタリア・ナポリを包囲するフランス軍の間で発生した梅毒は、瞬く間にヨーロッパ中に拡散し、一説によれば500万人もの死者を出したといわれています。この梅毒の大流行より3年前に、コロンブスがアメリカからスペインに帰還しています。
コロンブスがアメリカ大陸を発見する前から、ネイティブアメリカンの間では梅毒が広まっていたといわれており、コロンブスの到着以前に亡くなったネイティブアメリカンの遺骨には、梅毒の1症状である骨病変が認められるものも存在しています。そのため、「アメリカ大陸からヨーロッパに梅毒の病原菌を持ち込んだのはコロンブスの探検隊である」という説が有力視されていました。
研究チームはフィンランド、エストニア、オランダの遺跡から、同時期に梅毒感染したことが疑われる9つの遺骨を調査。サンプルを粉砕し、梅毒トレポネーマのDNAが含まれていないかを分析しました。
そして、研究チームは4つのサンプルからトレポネーマDNAの回収に成功。その配列を現代の梅毒トレポネーマ株のDNAと比較し、さらに分子時計技術を用いて菌株の年代を測定しました。
研究チームの一員でマックスプランク人類史研究所の考古学者であるヨハネス・クラウス氏は「細菌は少量しか存在せず、急速に分解してしまうため、分析はかなり難しいものでした。5年前であれば、誰しもが分析は不可能だと言っていたでしょう」と語っています。
分析の結果、遺骨から採取された菌株は、現代では熱帯地方にしか存在しないものや、現代にはすでに存在していない未知のものなど多岐にわたることがわかりました。さらに、遺骨から採取された菌株の一部は1400年代初期から中期までに限定されるものだったことが明らかになりました。これは、コロンブスがアメリカ大陸と接触する前にヨーロッパに梅毒が存在していた可能性を強く示す証拠になると研究チームは報告しています。
クラウス氏は、コロンブスが帰ってきた15世紀末の遺骨から採取された菌株が多様的なのは、当時すでに梅毒トレポネーマがヨーロッパに伝わって感染が広がっていたことによる可能性が高いと指摘しています。「コロンブスがさまざまな梅毒トレポネーマをごっそり持ち込んだか、あるいはコロンブスが帰ってくる前から梅毒トレポネーマがヨーロッパに入り込んでいて多様性を獲得したのか、そのどちらかです」と、クラウス氏は論じています。
一方で、ミシシッピ州立大学の生物考古学者で、古代トレポネーマの研究者であるモリー・ザッカーマン氏は「菌株の年代測定の精度によって変わるため、コロンブスが持ち込んだという説が完全に否定されたわけではありません」と述べ、通説がひっくり返されたかどうかは微妙と判断しています。
クラウス氏も、サンプルの年代測定の精度をより正確なものとしたいとコメント。当時のヨーロッパとアメリカ大陸のトレポネーマDNAを比較し、より多くのサンプルを分析することで、コロンブスがアメリカ大陸から帰ってくる前に存在した梅毒トレポネーマ株がどれなのかを特定することが次の課題としています。
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