サイエンス

新型コロナウイルスが結合する受容体の「おとり」を作って細胞への感染を防ぐ試み


新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染が続いており、2020年8月10日には全世界の累計感染者数が2000万人を超えたと報じられました。アメリカの研究チームは「SARS-CoV-2が結合する受容体を模したおとり」を開発して、SARS-CoV-2の感染を防ぐ方法を模索しています。

Engineering human ACE2 to optimize binding to the spike protein of SARS coronavirus 2 | Science
https://science.sciencemag.org/content/early/2020/08/03/science.abc0870

Decoys could trick COVID-19, keep humans safe from infection | Live Science
https://www.livescience.com/decoy-ace2-receptor-for-covid19.html

SARS-CoV-2はウイルスの表面に「スパイクタンパク質」と呼ばれる突起が存在しており、このスパイクタンパク質がヒトの細胞にあるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)という受容体と結合することで、ウイルスが細胞に感染します。ヒトに感染する際にSARS-CoV-2がターゲットとするACE2受容体は、鼻腔や肺といった呼吸器、そして腸などに多く存在することがわかっています。

新型コロナウイルスが感染時のターゲットにする人体細胞を特定したという研究結果 - GIGAZINE


アメリカのイリノイ大学アメリカ陸軍感染症医学研究所、医療系スタートアップのOrthogonal Biologicsの研究者からなるチームは、ACE2受容体を模した「おとり」を作成し、SARS-CoV-2の感染を防ぐ試みについて研究しています。研究チームが新たに公開した論文では、実験皿の上で研究チームが開発したACE2受容体のおとりとSARS-CoV-2が結合し、一度おとりと結合したSARS-CoV-2は霊長類の細胞と結合しなかったと報告されています。

もしACE2受容体のおとりが人体の中で、実験皿で培養された細胞と同様に機能することが確認された場合、おとりを使った新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬やSARS-CoV-2の感染予防薬の開発につながる可能性があります。抗ウイルス薬としておとり受容体を開発する試みは以前から行われており、2008年のレポートでは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の治療薬として免疫系細胞に発現するCD4のおとりを作り、HIVと結合させる試みについて報告されています。

しかし、CD4のおとりは研究室内で増殖させたHIV株とは効果的に結合したものの、実際の患者から分離されたHIV株とはうまく結合しませんでした。また、ライノウイルス口蹄疫ウイルスA型肝炎ウイルスSARSコロナウイルス(SARS-CoV)を標的とした実験でも、おとり受容体はうまく機能しなかったそうです。記事作成時点では、免疫性疾患や炎症性疾患の治療薬として承認された受容体のおとりはいくつか存在していますが、抗ウイルス薬としておとり受容体が承認されたことはありません。

記事作成時点では、ACE2受容体のおとりも依然として研究の初期段階であり、もしSARS-CoV-2の治療薬として承認されれば、抗ウイルス薬として承認された初のおとり受容体となります。イリノイ大学の生化学准教授であるErik Procko氏は、「これが成功すれば、何か新しいものになるでしょう」と述べました。


Procko氏は、おとり受容体が抗ウイルス薬として承認される上で重要な2つの課題があると指摘しています。課題の1つ目は、「おとり受容体が天然の受容体の働きを妨げてはならない」というもの。ACE2受容体は体内で血液量や血圧を制御する働きを持っているため、動物実験や臨床試験でおとり受容体の安全性を確かめる必要があります。SARS-CoV-2はACE2受容体と結合してACE2受容体が果たす役割を妨害するため、ACE2受容体のおとりは天然の受容体をSARS-CoV-2から守り、機能を維持する効果も潜在的に有しているとのこと。

2つ目は、「おとり受容体は標的となるウイルスと高い親和性を持つ必要がある」という点。研究チームはACE2受容体のおとりを開発する上で何千通りものアミノ酸やタンパク質の組み合わせをテストし、「sACE2.v2.4」と呼ばれるおとり受容体が最もSARS-CoV-2と結合しやすいことを突き止めました。sACE2.v2.4は天然のACE2受容体とわずかにタンパク質配列が違うものの、両者のタンパク質配列の違いは全体の1%未満だそうです。

おとり受容体は異なる形でSARS-CoV-2と結合する複数の抗体と混ぜる形で、注射またはミストの吸入によって体内に送られる可能性が高いとのこと。SARS-CoV-2は突然変異を繰り返しているため、特定の抗体がSARS-CoV-2に効かなくなる可能性があります。その一方で、細胞へ侵入するために利用する受容体が変異によって変わる可能性は低く、長期的にはACE2受容体を模したおとり受容体の信頼性が高くなると研究チームは指摘しています。


Apeiron Biologicsという医療系企業も、ACE2受容体のおとりを使ってSARS-CoV-2の感染を防ぐ試みを模索しています。Aperion Biologicsが開発したおとり受容体は、Procko氏の研究チームが開発したものよりも天然のACE2受容体に近く、SARS-CoV-2と結合しやすくなるように操作されていませんが、ヒトに投与しても重大な副作用はないとの(PDFファイル)研究結果が報告されています。

Procko氏の研究チームが開発したおとり受容体とAperion Biologicsが開発したものは違いますが、Aperion Biologicsが報告した初期の結果は、ACE2受容体のおとりがヒトにとって安全であるとの希望をもたらすと、Procko氏は主張しています。すでに研究チームはSARS-CoV-2に感染したマウスを使った動物実験を始めているそうで、毒性はまだ観察されていないとのことです。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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