サイエンス

科学研究における不正行為はどうすればなくなるのか?


科学研究の世界では刺激的な研究結果や学術誌に掲載された論文の数が重視される傾向が強いため、成果を求めて研究や論文執筆の過程で不正を行ってしまう研究者も少なくないそうです。「科学研究における不正行為に対処するにはどうすればいいのか?」という問題について、サイエンスジャーナリストのDalmeet Singh Chawla氏がまとめています。

It’s Time to Get Serious About Research Fraud
https://undark.org/2020/07/23/cracking-down-on-research-fraud/

2016年、カナダの内分泌学者であるソフィー・ジャマル氏が、「ニトログリセリンが骨粗しょう症の治療に役立つ」とする研究で不正を行ったとして、政府からの資金提供を停止されるなどの処分を受けました。2018年には医師免許をはく奪されたジャマル氏でしたが、2020年に「不正行為は長期的な精神障害の結果だった」とする証拠を提出し、精神障害の治療を続ける限り内分泌学者や医師としての仕事を行うことを許可されたとのこと。

ジャマル氏の例のように大きなスキャンダルとなった事例はそれほど多くないものの、科学研究における不正を行ったにもかかわらず、その後も研究を続けている研究者は少なくないそうです。ヨーロッパの8つの大学に所属する1100人以上の研究者を対象にアンケートを行った2020年の(PDFファイル)研究では、多くの「研究上の不正」が公に報告されておらず、特に若手研究者は他の研究者の不正を告発しにくい傾向があることがわかっています。


科学研究における不正に関する問題の一部には、「一体なにが『科学研究における不正』に該当するのか」が明確になっていないという点が挙げられます。たとえば科学研究における不正行為を監視する米国研究公正局(ORI)は、「研究の提案・実施・査読・結果に関する偽造や歪曲、剽窃行為」を研究上の不正と定義していますが、他の団体や国では全く別の定義を採用しているか、そもそも明確な定義を持っていないとのこと。研究者の中には研究過程における不正の他に、「重要な情報をあえて公に報告しない」ことも研究上の不正だと主張する人もいます。

また、多くの一般的な不正行為は明確な不正行為というよりも、むしろ「疑わしい研究行為(QRP)」に分類されるとChawla氏は述べています。QRPには、統計的な有意性を得られるまでデータをいじる「P値ハッキング」、自分に都合のいいデータを選択的に報告する「チェリー・ピッキング」、実験を行った後で得られたデータを基に仮説を立てる「HARKing」などが含まれます。さらに、学術誌が「従来の研究を再現できなかった」という否定的な論文よりも、「従来の研究を再現できた」といった肯定的な論文を優先して掲載する出版社側のバイアスもQRPの一種だとのこと。

2020年6月に発表された調査結果では、実際には研究にほとんど寄与していない研究者を共著者に加えるギフトオーサーシップが、アメリカにおいて最も一般的な研究不正であることが判明。また、実際には研究に寄与した研究者をわざと共著者から外すことも広く行われているそうです。

QRPの問題点は以前から指摘されているものの、多くの研究者や機関、団体、出版社、資金提供者においてQRPは「グレーゾーン」の認識にとどまっているとChawla氏は指摘。できるだけ多くの論文を発表することや目立つ学術誌での掲載実績が、昇進や助成金のチャンスを高める上で重要な科学界では、多くの研究者にQRPを行って実績を作り出すモチベーションがあるといえます。


Chawla氏は科学界に広がっている不正に対処するため、学術誌の出版社・大学・研究機関・資金提供者を含む国際的なコミュニティで、「一体なにが研究上の不正行為に該当するのか」という構成要件を明確に定める必要があると主張しています。何が問題になるのかを定めることで、初めて問題の告発や研究者に下す罰を決定できるとのこと。調査官は不正行為が人命に与えた影響や不正な研究に費やされた公的資金の額、不正の背後にある動機などを考慮して、研究者に対する罰を下すべきだとChawla氏は述べています。

また、若手研究者は自分よりも立場が上の研究者を告発することによる結果を恐れ、告発を控えてしまう傾向があるとのことで、大学は内部告発者を保護するべきだとChawla氏は指摘。また、大学や研究機関は自身の評判に傷が付くことを恐れ、不正の報告を受けても握りつぶすか軽い処罰で済ませてしまい、結果的に不正を行った研究者がその後も不正な研究を発表し続けることを許してしまう可能性があります。そのため、研究の不正を監視・追及する機関は大学や研究機関から独立し、十分な制裁を科す能力を持つ政府機関が好ましいとのこと。

イギリスでは2020年夏に「research integrity committee(研究公正委員会)」を設立する予定となっているほか、欧州分子生物学機構(EMBO)も2020年7月に発表した(PDFファイル)レポートで、ヨーロッパ全体における研究の公正性を調査するためのオプションについて概説しました。こうした取り組みが、科学界から研究不正をなくすために重要だとChawla氏は述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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