Amazonの監視カメラ付きドアベル「Ring」はどのようにして普及していったのか?
出先からWi-Fi経由で訪問者の顔を遠隔で確認できるスマートドアベル「Ring」は、2012年に「DoorBot」と呼ばれるインターフォンメーカーからリリースされました。DoorBotは2014年に「Ring」と社名を変え、2018年にAmazonに買収されました。2019年には警察と提携し、アメリカ全土でRingが玄関先を監視するほどにまで普及しています。DoorBotがどのようにしてRingへと生まれ代わり、浸透していったかをキャロライン・ハスキンズ氏がまとめています。
How Ring Went From ‘Shark Tank’ Reject to America’s Scariest Surveillance Company - VICE
https://www.vice.com/en_us/article/zmjp53/how-ring-went-from-shark-tank-reject-to-americas-scariest-surveillance-company
Ringがどんなものかは以下のムービーで紹介されています。
Ring Video Doorbell - YouTube
Ringは屋内外に設置可能でインターフォンとしても使用できます。
スマートフォンからカメラの様子を確認することができ、Ringの映像をアップロードして共有することもできます。
◆Ringの始まり
Ringの創始者であるジェイミー・シミノフ氏のチームは2012年にRingの前身であるDoorBotを考案しました。 DoorBotは開発当初、ホームセキュリティ製品ではなくスマートホームの便利さを組み込んだ小さなツールで「どうやったらスマートフォンとインターフォンをつなげられるか」というシミノフ氏の思想により、DoorBotは進化していきました。
DoorBotの仕組みや機能は以下の記事から確認できます。
スマホで玄関先に誰が来たかを映像・写真で出先から確認できる「DoorBot」 - GIGAZINE
DoorBotが防犯カメラとして登場した当初、人々から粗末なカメラという印象を持たれてしまい、2014年8月までのAmazonでの評価は低く、320件のレビューで5つ星中平均2.3でした。MacSourceによると、DoorBotのアイデアは素晴らしいが、ビデオの品質は低く、音声は途切れ途切れだったとのこと。
報告された問題は、ビデオ、オーディオ、Wi-Fi接続不良という一貫性がありました。2013年1月頃までに、Ringはこの問題に対して約17万ドル(約1800万円)を調達しましたが、すぐに資金は底を突いてしまいます。
資金難の状況を変えたのは「Shark Tank」というテレビ番組でした。「Shark Tank」は起業家が「サメ」と呼ばれる投資家に事業を売り込むというアメリカで人気の番組で、シミノフ氏は、DoorBotを売り込むために番組に出演し、RingがAmazonに買収される約4年半前の2013年11月に放映されました。「Shark Tankがなければ、私たちは会社として存在しなかったでしょう」とシミノフ氏は述べています。
Remember Jamie Siminoff? Well, he's back, but this time it's a little different! #SharkTank pic.twitter.com/mrDL2GIIG1
— Shark Tank (@ABCSharkTank) 2018年10月4日
「消費者は現在、スマートフォンに対応する製品を自宅に装備するために数十億ドルを費やしています」とシミノフ氏はShark Tankで語り、「しかし、最も普及している技術の1つであるインターフォンは、1880年に発明されて以来進化していません。これまでのところ、スマートフォン用に構築された初めてのビデオ付きインターフォンであるDoorBotを紹介します。DoorBotを使用すると、どこからでも訪問者を見たり、話したりすることができます」と、DoorBotを紹介しました。
結果として、シミノフ氏はShark Tankで投資を得ることはできませんでしたが、後にシミノフ氏は、Shark Tankに出演したことは「おそらく1000万ドルの広告の価値があった」と語ります。2014年7月には、2社から450万ドルの資金を調達することに成功しました。その資金を元に、2014年9月にDoorBotはRingとして再始動しました。
◆Amazonによる買収
Amazonは2018年に約8億3900万ドル(約911億円)でRingを買収しています。
Amazonがスマートホーム端末の新興企業「Ring」を買収 - GIGAZINE
AmazonはRingを買収するまでのおよそ2年間、Ringに多額の投資をしていました。ビジネスデータベースのCrunchBaseによると、Ringが2016年に合計6120万ドル(約66億円)、2017年に1億900万ドル(約118億円)の資金を調達しており、Amazonは両年でRingのトップ投資家だったことが分かります。
Amazonは、Ring買収の目的を「犯罪を減らすというRingの使命を『加速』させること」だと述べています。また、シミノフは「Amazonと共に、世界規模でRingのセキュリティデバイスおよびシステムを共有し、より手頃な価格でアクセスすることで、私たちの使命を劇的に加速させる」とRingプレスリリースおよびAmazonのプレスリリースで述べています。
AmazonがRingを買収した目的は主に2つあります。1つは、AmazonがEchoやAlexa互換のFire TVなど、スマートホーム製品のラインアップを拡大したかったということです。もう1つは、Amazonからの荷物が配達された後、顧客が受け取る前に盗まれてしまった場合、会社に損失が出るため、Amazonは荷物の盗難を阻止・追跡する手段を必要としていました。Amazonは、Ringおよび警察と直接協力して、おとり捜査を通じて荷物盗難への対策に打って出ました。
荷物盗難のおとり捜査は、Amazonで実際に用いられるテープと箱を使用して、餌となるAmazonパッケージを作成し、Ringが装備された玄関先に荷物を置いて行われました。おとり捜査の目標は2つあり、1つはRingのカメラで荷物が盗まれている場面を押さえ、犯人を逮捕することでした。もう1つの目標は、Ringによるおとり捜査をできるだけ多くのメディアで報道させることでした。おとり捜査では犯人の逮捕には至らなかったものの、報道による効果はRingの存在を知らしめるのに十分なものでした。
By monkeybusiness
◆Ringがアメリカ全土に浸透するまで
アメリカにあるボルチモアの治安は決していいとは言えず、 ボルチモア北西部に住むトロイ・ランドール牧師は、近所で麻薬の販売と関連する暴力によって人質にされた経験があると語っています。多くの住民がボルチモアからの移住を望んでいるものの、十分なお金がないためにボルチモアから出られない状態にありました。
「警察は何もしてくれません。彼らは車からも降りず、巡回もしません。薬物の売買もたやすくなってしまいます」とランドール牧師は語っています。
By Chalabala
ボルチモア北西部で暮らす多くの住民は、警察をまったく信用していませんでした。なぜなら、(PDFファイル)2016年の司法省の報告書にある通り、ボルチモア警察は白人居住者と比較して、有色人種に対して正当な理由無く過度な停止、捜索、逮捕、暴力的を行っていたからです。そんなボルチモア北西部で生活を送る中、ランドール牧師は、友人のテリー・ムーア牧師からAmazonのRingを紹介されました。
ランドール牧師は、Ringは「天の恵み」のようだったと語っています。町内会の会長でもあったランドール牧師は、ボルチモア市内にRingを防犯カメラとして設置するよう働きかけました。また、ボルチモア警察が犯罪の監視を怠ったとしても、Ringがあれば住民が自身で監視できると考えたムーア牧師は、Ringに直接連絡しました。Ringは「すぐに助けになりたい」とムーア牧師を受け入れました。「近所の犯罪を減らすこと」をテーマに開発されたRingは「身近に危険を感じている人々や、警察を信頼できない人々に希望を与えたい」と考えていたのです。
Ringの代表者と対面したランドール牧師は、ボルチモア北西部の住民がどんな恐怖を経験していたかを説明しました。代表者は「地域全体にカメラを設置することで、薬物活動を阻止し、犯罪を減らすことができる。他の都市でも同じことをやっている」と説明し、150台のRingを無償で提供すると申し出ました。その代わり、各カメラからの映像を保存するためのクラウドストレージ料金に対して、1台1カ月あたり3ドル、つまり年間5400ドル(約59万円)を支払うことを要求しました。
ランドール牧師とムーア牧師はボルチモア市に助成金を申請し、2018年10月に、クラウドストレージとカメラの設置費用を支払うための1万5000ドル(約162万円)を獲得しました。ただし、Ringがカメラを提供する前に、ボルチモア警察がRingとのパートナーシップ契約に署名する必要があったにもかかわらず、記事作成時点ではボルチモア警察はRingとの契約に未署名です。なお、既に600を超えるアメリカの警察機関がRingとの契約に署名しており、この数は日々増加しています。
By alexstand
警察がRingと提携するにあたり、警察はRingを宣伝し、Ringから得られる情報を承認できるようにする必要があります。その代わりに、警察は令状を取得せずに住民に直接カメラの映像を要求できるようになります。結果、ボルチモアでは契約に至らなかったものの、Ringは納税者により資金提供されたカメラ割引プログラムと警察の協力により、アメリカ全土の監視ネットワークを開拓していきました。
Amazonは、Ringを買収することで、アメリカ全土で民営化された監視ネットワークを構築する会社をも所有するに至りました。このネットワークは、消費者がカメラを自分で購入することで構築されていきます。つまり、Ringは恐怖を売ることでお金を稼ぐマーケティング会社とも言えます。2016年のRingブログでも、「恐怖は売れる」と書かれています。
ボルチモア北西部の住民のような、常に恐怖を感じながら生活している人々にとって、Ringを信頼しない理由はありません。Ringで動画のデータが共有されることに対して、ボルチモア北西部の人々も多少の懸念はあったようです。しかし、ムーア牧師は「人々は恐怖に虐げられており、わらにもすがる思いでいたので、Ringを歓迎していました」と語っています。
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