世界トップクラスの中国系がん研究者がスパイ容疑をかけられ辞職、トランプ政権下の中国排斥論が背景に
by mohamed hassan
世界トップクラスのがん専門病院であるテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターの所長で、がん研究者のウー・ジーフェン氏が、FBIとアメリカ国立衛生研究所(NIH)からの3カ月にわたる取り調べを経て、2019年1月にがんセンターの所長を辞任したと報じられています。Bloombergによると、ウー氏が辞任した背景には硬化する米中関係があり、アメリカ国内の中国系研究者に対して同様の圧力がかかるのではないかという懸念が広がっているとのことです。
The U.S. Is Purging Chinese Americans From Top Cancer Research - Bloomberg
https://www.bloomberg.com/news/features/2019-06-13/the-u-s-is-purging-chinese-americans-from-top-cancer-research
上海医科大学で医学博士号を取得したウー氏は1991年に渡米。後にアメリカ国籍を取得し、がんの研究を続けました。ウー氏はアジアやアメリカの何十万人ものがん患者から得られたデータを使ってコホート研究を行ったことで知られていて、生活習慣とがんの発症リスクについて多くの論文を発表。世界でもトップクラスのがん研究者として知られています。以下の写真で一番左に立つ女性がウー氏です。
A friend told me “an attitude of gratitude helps you sleep at night.” Indeed it makes me more aware of the joys in my life. Grateful my son had a great freshmen year @Yale and daughter will attend @RiceUniversity. Excited for her prom tonight! Take a step back, be grateful! pic.twitter.com/l8IQHGASbd
— Xifeng Wu (@XWu_MDACC) 2018年5月18日
2013年にウィスコンシン医科大学の中国人研究者が「実験室段階のがん治療薬のデータを盗んだ」と経済スパイ容疑で逮捕されたことをきっかけに、2014年頃からMDアンダーソンがんセンター内でも中国人科学者の疑惑がささやかれるようになったとのこと。2017年の夏頃からMDアンダーソンがんセンターにFBIの捜査のメスが入り、研究員は過去5年にわたるメールを全て提出させられました。さらにFBIは、MDアンダーソンがんセンターにすべてのネットワークアカウントを提出し検索させるよう要求しました。
MDアンダーソンがんセンターの所長を務めていたウー氏は、主に渡米する前のおよそ3年にわたる中国での研究活動と人間関係について取り調べられ、ウー氏が中国の複数の医療機関で顧問を務めていたこと、そしてNIHへの研究助成金申請書類を機密情報であるにも関わらず研究助手に開示したことが問題視されました。Bloombergによると、取り調べの報告書には「ウー氏が機密情報を不適切に共有した」「ウー氏は腫瘍学の二重スパイだ」という文言が含まれていたそうです。また、アメリカ国立衛生研究所の主任副部長を務めるローレンス・タバク氏は「特許取得済みの資料は知的財産を生み出す元となるものです。要するに、ウー氏がしていることは他人のアイデアを盗むことなのです」と報告書で述べていたとのこと。
しかし、ウー氏と中国の科学者の関係は学術会議やシンポジウムで築かれたものであり、海外の科学者と密接に関わりを持つことは、元来オープンな雰囲気を持つMDアンダーソンがんセンターでも奨励されていました。また、がんの研究者は積極的に他国の研究者と最新のデータを共有するのが一般的であり、ベイラー医科大学の研究部長であるアダム・クスパ氏は「がん研究者はもはや国際的な境界線を気にしてはいません」と述べています。
by Steven Saing
FBIからの容疑に対して、ウー氏は「確かに顧問や名誉職は引き受けたが、肩書だけで給料はもらっていない」「助成金申請書類を助手に開示したのは所長としての作業負担を減らすため」と弁明。しかし、MDアンダーソンがんセンターの法令順守責任者であるマックス・ウェーバー氏は「MDアンダーソンがんセンターの倫理方針に違反している」と結論付け、報告書内ではウー氏に不利な推論を展開したそうです。結果として、ウー氏は2019年1月にMDアンダーソンがんセンターの所長を辞任し、夫と子どもをアメリカに残して中国・上海の大学で学部長に就任しました。
Bloombergによると、FBIが中国系アメリカ人へ経済スパイ容疑をかけるケースは近年増加しているとのこと。1997年から2009年まで経済スパイとして起訴された被告の17%が中国人あるいは中国系アメリカ人だったそうですが、海外メディアのCardozo Law Reviewによれば、その割合は2009年から2015年の間で52%にまで増えたそうです。これには、FBI内部で中国人排斥論が強まっていることが背景にあるとBloombergは指摘。
また、中国は2018年12月から「世界各地の最前線で活躍する中国人の研究者や技術者を選んで中国の科学技術の発展に貢献させる」という千人計画を推進していますが、この千人計画は特許や機密情報などの知的財産を奪うものだとして、アメリカでは大きな反発を招いています。特にFBIは千人計画のリストに基づいて捜査しているといわれていて、FBI長官のクリストファー・レイ氏は2019年4月、外交評議会の中で「中国はあらゆる分野のビジネス、大学、組織から可能な限り革新的な発見や技術を盗むために社会的アプローチを先導してきた」と語っています。実際、ウー氏はこの千人計画への招へいメールを2度も受け取っていたとのこと。ただし、ウー氏は千人計画の誘いに対してその都度断りの返事を送り返したことも記録に残っています。
by Iecs
中国系アメリカ人にとっては、アメリカで中国排斥論が進められていることは恐怖でしかありません。2019年3月にシカゴ大学で開催された「中国系アメリカ人が直面している新しい現実」というパネルディスカッションで、元連邦政府職員であるナンシー・チェン氏は「最も恐れているのは、この政治情勢が歴史を繰り返すことです。かつて第二次世界大戦中に日系アメリカ人が排斥されたように、中国系アメリカ人も排斥されてしまう可能性があります。恐怖と心配は別物です」と語っています。
世界におけるがん患者は年々増加傾向にあり、2018年9月に行われた世界保健機関(WHO)の報告によると、世界全体で見ると6人に1人の割合でがんを患うといわれています。「2022年までにがんの治療法を見つける」というアメリカ国立がん研究所の「がんムーンショット」計画には10億ドル(約1100億円)もの予算が投入されていて、「がんは国境を知らない」をキャッチフレーズに推進されています。
Bloombergは「中国周辺には国境があったようです」と皮肉を述べ、「過度の中国排斥は基礎科学、すなわち新しい治療の基礎となる基礎研究を妨げます。がんの治療法を見つけるための研究者の戦いは、中国との経済冷戦にすっかり巻き込まれてしまっています」と批判しました。
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