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原因不明の症状や痛みを精神的な治療によって快方へと導く試みが進行中

by Gerd Altmann

体に痛みや不調があって病院で医師の診察を受けても「原因は不明」とされ、病院を何件も回るようなケースの中には、「精神的な要因」が原因である場合もあるそうです。そんな原因不明の症状について、カナダの医師が精神に働きかけて症状を緩和する治療を行っています。

Their pain is real – and for patients with mystery illnesses, help is coming from an unexpected source - The Globe and Mail
https://www.theglobeandmail.com/life/health-and-fitness/article-their-pain-is-real-and-for-patients-with-mystery-illnesses-help-is/

カナダ東部・ノバスコシア州の州都であるハリファックスで、精神科医のアラン・アバス博士は非常に革新的な治療を行っています。その治療法とはIntensive Short-Term Dynamic Psychotherapy(徹底・短期的な動的精神療法/ISTDP)と呼ばれるもので、専門の訓練を受けた治療者が症状を訴える患者とじっくり話し合うというもの。

ISTDP治療を説明するビデオの中で映し出されるのは、「杖をつき足を引きずっていた患者が、アバス氏としばらく対話を行った後に、杖を使わずに歩きだす」といった様子。また1カ月言葉を発することができなかった患者が対話治療を受けてほんの90分後になると自分の言葉で話し出す様子も映し出されています。アバス氏はこれら事例について「周囲からするとインチキや詐欺のように見えるでしょうが、これは奇跡などではなく、科学的な治療です」と語っています。


アバス氏らが治療しようとしているのは、医療システム中で最も高額の保険料が使用される長期的な症状に苦しむ患者たち。家庭医にかかる患者のうち50%、専門医にかかる患者の15%が偏頭痛や腰痛、腹痛といった一般的な症状を訴えていますが、その医学的原因が特定できていないとのこと。これらの原因不明の症状を訴える患者たちは最悪の場合、繰り返し病院の診断を受ける度に「原因不明」と告げられ、長期的な障害を抱えたまま仕事や日常生活に支障を来すこともあります。

原因不明の症状を訴える患者に対し、「彼らは実際に起きていない症状を訴える詐欺師だ」という見方をする人もいますが、アバス氏は彼らの痛みは本物だとしています。そして、これらの症状の原因や悪化の理由が心理的なものだと考えているとのこと。


アバス氏はマギル大学で学んでいた1990年の秋、ISTDPのパイオニアであるアビブ・ダバンロ氏の講演を聞きました。「1、2時間のインタビューで患者の治療ができるかもしれないという事実に、私はショックを受けました」とアバス氏は語っています。この分野は非常に重要なものだと確信したアバス氏はダバンロ氏に連絡を取り、ISTDPについて10年間も研究を行ったそうです。

この治療法は、「抑圧された否定的な感情の表れである『身体的な症状』は、症状の引き金となった感情を思い出したり解放したりすることによって緩和できる」という考えにもとづいています。ISTDPでは患者が持つ怒りや罪悪感などに対処するために会話を行い、治療者はセッションの様子をビデオに録画して、同僚や患者自身とビデオを見直してセッションを振り返ることもあるとのこと。

「Intensive(激しい)」という名前の通り、ISTDPは非常に激しい対話を行います。決して親身になって患者に寄り添うタイプの会話ではなく、治療者は患者が話す間もゆっくりとイスに座らず、常に質問したり挑戦的な発言をしたりして対話を行います。アバス氏はこの対話を「厳しいコーチング」「積極的にイライラさせるプロセス」と呼んでおり、時には「あなたは母親に怒って殺したいと思ったことがありますか?」「どうやって殺したいと思いましたか?」「母親を殺したいと思ったことについて、今のあなたはどう思いますか?」といったきわどい質問を投げかけます。

アバス氏がISTDPの治療を行ったケースでは、実に95%もの事例で子どものころの経験が心の奥深くに刻まれ、成人になって頭痛や胃の痛みといったさまざまな症状として発現しているとのこと。虐待や育児放棄、親の死や離婚など原因となる出来事はさまざまですが、いずれも当人の心に有害な影響を与えています。また、中には配偶者に浮気を隠しているなど近年のストレスが理由となることもあり、昇進や人生の転機といった必ずしもネガティブではない出来事が原因であるケースもあるそうです。


アバス氏の診療所では、まず患者が1回来院してISTDPによる治療が有効かどうかを見極めるとのこと。通常、ISTDPにたどり着く患者は多くの病院で診察を受けた後であり、症状に対する医学的な原因が認められないことがほとんどですが、まれに肺炎や胆石といった原因が見過ごされていた事例もあるそうです。そういった場合は患者に他の診察機関を勧め、医学的原因を治療する方向に軌道修正を行います。

ISTDPによる治療がスタートすると、アバス氏をはじめとする治療者による対話セッションを根気強く繰り返すことになります。重篤な症状を抱えた人の中には60回ものセッションを繰り返したケースもあったそうですが、平均して7回ほどの治療セッションが続くとのこと。

アバス氏は比喩として、「私は患者がドアを開けるのを待っています」と述べています。患者の家族についてのわだかまりや過去のつらい出来事について質問したり話を振ったりして、患者が恐れや罪悪感を感じる素振りを見せることをアバス氏は期待します。患者自身は過去の出来事に対する執着や暗い感情を否定しようとすることが多いものの、多くの患者は自身の精神に大きな負担をかけている原因に触れたり話したりすることで、症状が緩和するそうです。


2年前にアバス氏によるISTDP治療を受けたコンピューターサイエンティストのマシュー・イスナー氏は、かつてトゥレット障害に似た症状に悩まされ、6種類もの薬を服用していたとのこと。頻繁に鼻を鳴らしたり顔をけいれんさせたりしていたイスナー氏でしたが、アバス氏との合計20回におよぶセッションによって症状は快方へ向かい、今では投薬をやめて通常の生活に戻っています。

また、キム・ホーズ氏という女性はある時、職場で偶然にも多量の化学物質にさらされてしまいました。それが原因で化学物質や特定の環境に対して過敏になり、家から出ることもままならない状態だったとのこと。しかし、アバス氏との45回にも及ぶセッションを経て自由に外を出歩ける状態となり、今ではISTDP治療の広報担当者を務めて電車で各地に出向いているそうです。「ISTDPによる治療を受けるまで、私は一生この障害を抱えていくのだと思っていました」とホーズ氏は語りました。


ISTDPを高く評価する人がいる一方で、ISTDPに対して批判的な見方をする人も少なくありません。心理学者のアラン・カーベリング氏は、「ISTDPは患者にとってストレスフルで奇妙な状況を作り出しています」と語り、あまりにも早急に患者の心に変化を生み出そうとする試みは危険だとしています。ISTDPは非常に攻撃的で短期的なセッションにもとづいて治療を行うため、長期的で患者主導の精神分析を行う人々からすると危険なものだという見方がされやすいとのこと。

また、アバス氏自身もISTDPに対する「攻撃的だ」という懸念について認めています。実際、1990年にダバンロ氏がISTDPを実戦したビデオを見たアバス氏は、「ダバンロ氏が患者を攻撃している」と感じたそうです。ISTDPでは患者のデリケートな部分に対して治療者が積極的にプッシュすることが推奨されているため、傍から見れば患者を非難したり苦しめているように見えることもあります。

さらにアバス氏はISTDPが他の多くの治療法と同様、万能ではないということも認めています。医学的原因の見当たらない症状を訴える患者の誰もがISTDPを受け、改善に向かうというわけではありません。当然ながら症状が改善しない患者も多くいます。「精神的原因だけでは、全ての患者の症状を説明できません。しかし、丸薬による治療よりもISTDPが有効な場合もあることは確かです」とアバス氏は述べました。

by Nathan Cowley

すでにノバスコシア州ではISTDPについて広範なパイロットプロジェクトが行われており、アバス氏はこれまで原因不明で何度も繰り返し病院を訪れた患者にISTDP治療を施すことで、政府が負担する大幅な医療費が節約できるとしています。2015年に発表された調査結果によると、原因不明の症状で診察を繰り返している患者に対してISTDP治療を施すと、医療保険から支出される医療費が削減できる上、患者が社会復帰したことによるメリットもあるとのこと。

ノバスコシア州の医療施設であるQEIIヘルスサイエンスセンターに勤めるサミュエル・キャンベル医師は、数年前からISTDPによる治療が有効だと思われる患者に精神科医との面談を勧めています。キャンベル氏は心理的な要因が症状をもたらしている可能性がある患者に対し、ストレスが体調に与える働きについて説明を行い、精神医学的な診察という方法があることを紹介してISTDP治療を勧めるとのこと。実際にキャンベル氏は、アバス氏をはじめとするISTDP治療者を紹介することで自分の仕事が効率化されていると感じています。

一方で、「あなたの痛みは精神的な理由によるものかもしれません」と告げられることに対して嫌悪感を抱く患者も多く、キャンベル氏は患者に対して懇切丁寧に精神が身体に影響することを説明してますが、それでも精神科医との面談を勧めるとキャンベル氏に対し怒る患者も少なくありません。「私が精神科医との面談を勧めたある患者は、インターネットに皮肉を書いて私のことをバカだと言っています」とキャンベル氏は語りました。

今のところISTDPのパイロットプロジェクトは順調であり、当初3年の予定だった州のプロジェクトは4年へと期間が延長され、ISTDP治療を行うスタッフを追加で雇うこともできました。今後はより多くのISTDP治療者を採用し、州全体で家庭医や専門医からISTDPへのアクセスを向上させる計画もあるとのこと。プログラムの実施には年間180万ドル(約2億円)かかると見込まれていますが、アバス氏はISTDP治療のルートが整備されることで少なくとも500万ドル(約5億6000万円)が節約されると計算しています。

by rawpixel.com

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in メモ, Posted by log1h_ik

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