IBMの人工知能「Watson(ワトソン)」による医療診断システムは「実用に耐えうるものではない」という主張
by ibmphoto24
IBMが開発した人工知能システム「Watson(ワトソン)」は、2011年にアメリカで行われたクイズ大会「Jeopardy!」に出場し、人間の参加者よりも多くの賞金を獲得して世界的な注目を浴びました。そんなワトソンを利用した医療診断システムをIBMは開発しており、これまでに多額の投資を行ってきましたが、「ワトソンの診断システムは実用的なレベルにはほど遠い」という主張が専門家らによってなされています。
Playing Doctor with Watson: Medical Applications Expose Current Limits of AI - SPIEGEL ONLINE
http://www.spiegel.de/international/world/playing-doctor-with-watson-medical-applications-expose-current-limits-of-ai-a-1221543.html
IBMは多額の資金を投入して開発したワトソンを、医療分野に応用しようと試みています。世界の医療業界は数兆ドル(約数百兆円)もの巨大なマーケットであり、人間がさまざまな病気を克服したいという希望を持ち続ける限り、今後も成長し続ける見込みもあります。医療分野は毎日のように新たな研究成果が発表されるため、医療知識の量は3年ごとに2倍になるともいわれており、人間の医者では追い切れない最新の医療トレンドを蓄積できる人工知能を医療分野に応用しようとする試みは、理にかなっていると感じられます。
病気の診断にワトソンを利用するプロジェクトは、ドイツのギーセン大学とマークブルク大学の付属病院で行われていました。IBMはワトソンの医療診断システムの優秀さを証明しようとしましたが、実際にはワトソンの病気診断システムが期待されていたほど優秀でないことが判明してしまいました。たとえば、来院した患者が胸の痛みを訴えている場合、通常の医師であれば心臓発作や狭心症、大動脈の破裂などをまず最初に疑います。ところが、ワトソンは胸の痛みという症状の背後には、珍しい感染症があるという不可解な診断を下したとのこと。
Rhön-Klinikum AGというマークブルク大学付属病院を傘下に持つ医療機関でCEOを務めるシュテファン・ホルツィンガー氏は、マークブルク大学で行われていたワトソンの臨床テストを見学し、「ワトソンに専門的な医学的理解があるとは思えず、このプロジェクトを継続するのはラスベガスのショーに投資するのと変わらない」と感じたそうです。
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結局、ホルツィンガー氏はワトソンを実際の患者の診察に応用する前の段階で、IBMとのプロジェクトを打ち切ると2017年に決定しました。ところが、IBMは単なる打ち切りに終わった大学病院におけるプロジェクトを、まるで「成功したテスト」であるかのように宣伝していると、ホルツィンガー氏は述べています。
マークブルク大学でワトソンが直面した大きな問題には、言語の認識もあったとされています。ワトソンは患者の病気を診断する時に、医者が患者から得た情報をまとめた文書やカルテ、検査結果などをスキャンし、病気の手がかりとなる情報を得ていたとのこと。ところが、ワトソンは文章の複雑な言い回しをうまく理解することができず、正確な診断結果を下すことができなかったそうです。たとえば、医者が使う「~という可能性を排除することはできない」という否定寄りの微妙なフレーズの解釈は、ワトソンにとって非常に難しいものだったとのこと。
加えて、医師も患者の診断結果を非常に簡略化して書く傾向にあり、「HR 75, SR, known BAV」と書けば「平常時の心拍数が75、大動脈二尖弁あり」ということを意味しますが、ワトソンはソフトウェアにこれらの略語を学習させるまで、文章の意味を理解することができません。一度学習させればワトソンも略語を理解することができますが、ワトソンに医師のカルテを理解させるためには、膨大な数の略語をソフトウェアに登録する必要があります。
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もちろん、ワトソン以外の人工知能による医療診断が完璧だというわけではなく、Isabel Healthcare platformやPhenomizerといった医療診断システムも、完璧な診断結果を得られるわけではありません。ワトソンが診断を誤ってしまうことも仕方のないことではありますが、IBMはワトソンを「他のどの医療診断システムよりも優れている」と主張しており、ドイツの大学病院における失敗はIBMにとって喜ばしいものではないとのこと。
IBMは「がんの治療にワトソンが大きく役立つ」とも宣伝しており、多くの人々はスーパーコンピューターの力により、従来より素早い診断と治療が可能になると希望を抱いていました。特に、がんの治療にとって遺伝子治療の重要性が大きくなるにつれて、大量の遺伝子情報を処理できるワトソンの能力が発揮されるものと考えられていました。
がん治療に関するあらゆる知識や情報をワトソンは蓄積しており、患者のプロフィールとクラウド上に保存された膨大なデータを照合することで、ワトソンが的確な治療法を提供できるとIBMは語っています。ところが、ニューヨークのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターで実際にワトソンを使用したことのある医師は、「ワトソンは一般的な教科書に記載された治療法すら特定できない」と語っています。この医師によれば、ワトソンよりもインターンで来た優秀な医学生のほうが、適切ながんの治療法を提供できるとのこと。
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ベンチャーキャピタリストのチャマス・パリハピティヤ氏は、ワトソンの医療診断システムを「あれはジョークに過ぎません」と語り、GoogleやAmazonのほうが人工知能においては先を進んでいるとしています。パリハピティヤ氏を含む多くの金融関係者がワトソンの性能に疑問を持っており、すでに数十億ドル(約数千億円)をワトソンに費やしてきたIBMにとっては、ワトソンにつぎ込んだ資金が無駄になってしまうのは最悪のシナリオです。
多くの否定的な見方にもかかわらず、IBMはクラウドベースの人工知能システムであるワトソンは成功に向かっているとしています。「ワトソンのがん治療システムは全世界の230を超える医療機関で使用されており、ワトソンを導入した医療機関は1年間で80近く増加しています」とIBMは述べ、ワトソンの医療診断システムに対する医師の肯定的な評価も増えていると主張しました。IBMは今後数年間で、さらに数十億ドル(数千億円)もの追加投資をヘルスケア部門に行うとしています。
ワトソンが人間の医師を超えるのにあと何年かかるのかわかりませんが、IBMが「ワトソンが人間の医師よりも優秀だ」という証明を行った後になって、ようやくワトソンの医療現場における推進が始まるとみられています。それでも、人間の医師が病院内から消えてしまうことは考えにくいとのこと。なぜなら、人工知能が患者に寄り添って丁寧な対話を行い、難しい治療に必要不可欠な患者と医師との間における信頼を得ることはできないからです。
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ワトソンの病気診断システムには多くの問題があるとされていますが、人工知能を医療に利用する試みの中には、成功を収めているものも多数存在しています。たとえば、DeepMindのAIは目の病気を人間の医者と同程度の精度で診断可能であり、人工知能を利用して線維筋痛症の診断を脳のスキャン画像から行う試みなどが、一定の成功を収めている模様。一方で、これらの成功例は病気の画像診断に人工知能の画像処理システムを利用したものであり、問診等から病気の診断を行うワトソンの医療診断システムとは違ったアプローチになっています。
また、Appleがヘルスモニタリング用のチップを開発するために新たな人材を募集するなど、名だたるIT企業は医療分野への進出に意欲を燃やしています。
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