人間が手足を切断されても再生できるようになるには「ウーパールーパー」を救うことがカギとなる
by Ruben Undheim
「ウーパールーパー」として知られるメキシコサンショウウオは、手足を切断されても時間がたてば骨・関節・筋肉の配列までまったく元通りに再生されるという、驚異の再生能力を持っています。研究対象となることも多いウーパールーパーですが、野生の個体数が激減することで、近年めざましい進歩を遂げている再生医療の存続が危ぶまれています。
The Race to Save the Axolotl | JSTOR Daily
https://daily.jstor.org/the-race-to-save-the-axolotl/
メキシコのシンボルであるウーパールーパーは、水槽の中で比較的簡単に育てられるため世界中でペットとして愛される生き物です。日本の一部のレストランではから揚げとして提供されることもあり、手足や心臓の一部を切断しても再生するという不思議な特徴から、何千ものウーパールーパーが研究対象にもなってきました。一方で、メキシコでは開発による生息地の破壊や水質汚染などによって生息数激減しています。メキシコのソチミルコ湖周辺において、1998年の調査では1平方キロメートルあたり6000匹も存在したというウーパールーパーは、2015年は1平方キロメートルあたりでわずか35匹しか発見されなかったとのこと。
ウーパールーパーの奇妙さは、1800年代には既に注目されており、ドイツの博物学者であり探検家でもあるアレクサンダー・フォン・フンボルト氏は1804年にアルコールに入れた2匹のウーパールーパーをパリに送っています。多くのサンショウウオは性的に成熟するにつれ陸上生物としての特徴を備えますが、一方でウーパールーパーは成長しても羽毛のようなえらをつけたまま水中にとどまります。このため、古生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールド氏はウーパールーパーのことを「性的に成熟したおたまじゃくし」と表現しました。
by only alice
1863年には探検家によって34匹のウーパールーパーがパリの自然史博物館に送られ、動物学者のオーギュスト・デュメリル氏がそれらを繁殖させて、ヨーロッパの研究機関や研究者に手渡しました。これをきっかけに、数百年にわたって世界中の研究機関でウーパールーパーが育てられるようになります。
研究者らが特に注目したのは、ウーパールーパーの持つ治癒力・再生能力でした。ウーパールーパーは手足を切断されても再生することができ、しかも複数回切断されても元々あった手足と同じ機能を再現することが可能です。このとき、ウーパールーパーの細胞は再生させるべき構造を「知って」おり、肩から切断が行われた時は腕全体を、肘から切断された時は前腕と手を、手首を切断された時は手だけを再生します。さらに、ウーパールーパーは頭部を移植されても拒絶反応なく受け入れることもわかっています。
ウーパールーパーの再生能力はどのように機能しているのか、そしてなぜほ乳類はウーパールーパーのような再生能力を持てないのかは、大きな謎として存在しています。人間が傷を負った場合、マクロファージが活躍し即座に傷跡が作られ組織の再生は行われません。一方で、ウーパールーパーの体ではマクロファージが死んだ細胞を取り込むのに加え、幼胚の細胞集団である「芽体」が切断された腕や心臓を再生するのに一役買うというのが、これまでの研究で判明しています。
人間やマウスの場合はウーパールーパーのような再生能力が低く、しかも年を経るにつれ再生能力が落ちていきます。ウーパールーパーの研究を続けることで、もしかすると人間の再生能力を覚醒させることも可能かもしれませんが、それには多くの月日を必要とします。そして、研究室で繁殖されるウーパールーパーは近親交配の割合が高くなるため、野生のウーパールーパーの数が減少することは、今後の研究において大きな課題となります。
by Mathias Arlund
近親交配の度合いを表す「近交係数」において、一卵性双生児が100、赤の他人が0とした時に、ラボの生物が健全に成長するための最大数値は12.5であるといわれています。近親婚を繰り返した末に遺伝子系の疾患を持った子どもが生まれ一族の断絶へとつながったハプスブルク家は近交係数が20だったといわれていますが、ウーパールーパーの近交係数はそれのさらに上をいく35にも達しています。
近親交配が行われると遺伝子に多様性が生まれないため、病気などが突如として研究所や系統保存センターに広まり、多くの個体の命が失われる可能性があります。問題を解決するには野生のウーパールーパーの遺伝子を持ってくる必要がありますが、野生の個体が減少している2018年現在、再生の研究そのものが存続の危機にさらされているというわけです。
一方で、近年は、遺伝子編集技術「CRISPR」を使うことで、ウーパールーパーの研究が大きな進歩を遂げています。これまで、ウーパールーパーの研究者は、ウーパールーパーの特定の遺伝子について他の生物のように編集を行うことに成功していなかったのですが、再生生物学者のエリー・タナカ氏らの研究チームはCRISPRによって特定の細胞をマークし再生がどのように行われるのかを観察できるようになったとのこと。ウーパールーパーのゲノムはヒトゲノムの10倍以上にあたる320億塩基対であることが2018年2月に研究として発表されています。
ソチミルコ湖においてウーパールーパーの数が激減しているのは、水質汚染などのほか、外来種の魚が放たれたことも関係しています。1970年代から80年代にかけて、国連は地域のタンパク源を増やすためにティラピアとコイという2種の魚を持ち込みました。これらの魚がウーパールーパーの子どもを食べてしまったとのこと。
by WorldFish
生態学者のルイス・サンブラーノ氏はウーパールーパーの生息している地域をマッピングし、地域の漁師たちに繰り返し魚を捕ってもらうことで、ウーパールーパーが自力で数を増やせるようにする計画を立てています。ラボで増加したウーパールーパーを放流するというアイデアもありますが、サンブラーノ氏は「すでにウーパールーパーが生息している場所に避難所を作った方が効果的」だと主張。しかし、環境汚染の方はというと、なかなか解決の糸口が見つけられずにいます。メキシコシティでは嵐が起こると廃棄物処理場からアンモニアや重金属、有毒化学物質を含んだ汚水がソチミルコ湖へと流れ出ます。ウーパールーパーの皮膚は浸透性が高く汚水に対して敏感であるため、多くの研究者がウーパールーパーの数を増やそうと取り組んでいるものの、2018年現在では減少するウーパールーパーの数を増加傾向にすることは叶っていないとのことです。
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