映画「フロリダ・プロジェクト」は何がすごいのか?映画オタクが事細かに解説するとこうなる
2017年10月に公開された「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」は映画の批評サイト「Rotten Tomatoes」で高得点がつけられ、批評家から絶賛されたにも関わらず、アカデミー賞の作品賞にノミネートされませんでした。フォーブスで記事を書きYouTubeチャンネルに200万人以上の登録者を持つクリエイター&作家のEvan Puschak氏は「フロリダ・プロジェクトはアカデミー賞にノミネートされるべきだった」として、映画の秀逸さを熱く語っています。
The Florida Project Should've Been Nominated - YouTube
アカデミー賞の「受賞作品」には不可思議なものが選ばれることが多々ありますが、少なくとも「ノミネート作品」については7000人のアカデミー会員が多様な映画の中から素晴らしい作品をピックアップできるので重要なものであるとPuschakさん。そんなPuschakさんは、「フロリダ・プロジェクト」が作品賞にノミネートされなかったことを非常に残念に思っているそうです。
「フロリダ・プロジェクトは間違いなく2017年で最も素晴らしかった映画の1つだ」とPuschakさん。
この映画はフロリダのディズニー・ワールド近郊にあるモーテルで暮らす子どもたちと、その親の物語となっています。子どもたちとその親はホームレスほど困窮していませんが、定住できる家を持つほどの豊かさはありません。
貧困状態にある人々は映画に暗いトーンを与えますが……
この映画の天才的な点は、映画が全編通して子どもの視点で描かれるということ。子どもたちは状況をよくすることはできませんが、世界の全てを「遊び場」に変えることができます。
フロリダ・プロジェクトは1920年代から始まったテレビシリーズ「The Little Rascals」に影響を受けています。
The Little Rascalsは世界恐慌時の子どもたちをテーマにしたコメディ映画。子どもたちは貧困状態にありますが、作中ではその点には全く触れられず、「子ども時代の持つ楽観主義」に焦点が当てられました。
フロリダ・プロジェクトはThe Little Rascalsよりも深い部分を描こうとする意志が感じられるものの、楽観主義や、物事を明るい目線で見ることが描かれています。
Puschakさんによると、フロリダ・プロジェクトを監督したショーン・ベイカー氏は「物語作り」を非常に批判的な目で見ているとのこと。ベイカー氏は、全編iPhoneで撮影した「タンジェリン」を監督した人物です。
私たちは通常、見ているものをそのまま取り入れるのではなく、「間接的な」方法で取り入れます。フロリダ・プロジェクトの中には「隠れたホームレスはアメリカにたくさん存在する」というメッセージが存在しますが、このメッセージは直接発せられるものではありません。
その特殊な「描き方」は以下から。まず映画は「子どもの視点」で描かれるため、しばしば大人は足のみのスタイルになります。これは「ピーナッツ」と同じ。
子どもがその場にいない時でもローアングルで映し出されます。
これは、見る人に「子どもの頃、世界はどれほど大きかったのか?」という記憶や……
「空はどんな風に見えていたのか?」ということを思い出させるとのこと。
大人は毎日の食事代にも苦労している状態であり、教会の炊き出しに参加することも。このような人々の生活に関する重要な情報を見る人に与える時は、大人の視線に合わせたアングルになりますが……
しばらくすると主人公のムーニーの視点の高さに戻ります。このような複数の視点を組み合わせることで、視聴者は「そこで何が起こっているのか」を理解できます。ベイカー氏は「炊き出しがどんなものなのか」ということそのものを描きたいのではなく、「ムーニーにとってそれらがいかに当たり前のことなのか」を描こうとしているのです。この点が非常に見事とのこと。
映画における重要なシーンは、このようにほぼ全てが「子どもの視点」で描かれます。例えばムーニーの母親が生活のために売春を始めるシーンは以下のような感じ。ムーニーがお風呂に入っていると……
ガチャッと部屋の扉が開く音がひびき、姿は見えないものの、誰かが入ってきたことがわかります。母親が男性とやりとりしている様子が声だけで聞こえ、状況が直接描かれるわけではありませんが、ムーニーの体験を通して母親が売春を行っていることがわかるわけです。
これが「間接的に物語が語られる」ことの意味。
ディズニーランド近郊の寂れた町の様子は、カラフルな建物や子どもたちのイマジネーション豊かな冒険を通して描かれ……
「職がないことの苦しみ」は見知らぬ人々や近隣住民の親切を通して描かれます。
そして、ムーニーと母親のヘイリーという2人のキャラクターは、互いの目を通して描かれます。
そのため、ヘイリーは、ムーニーの目から見た「優しく愛に満ちた母親」という面と……
「怠慢で自己中心的な母親」という2つの側面で描かれることになります。
ヘイリーの持つ自己中心的な面がムーニーと共通していることは、ムーニーの行動から見て取れます。
一方で、観客はヘイリーに、ムーニーと同じ「無邪気さ」を感じ取ります。
これらが繰り返されることで、映画は映画を越えた「より大きな真実」を描きだすことに成功しているとのこと。
つまり、2人は不況の影響を受けて資本主義の底辺で暮らしており、苦難の連続でそこから何十年も抜け出せなくなっている人々の典型パターンなのです。
ヘイリーが「無邪気なムーニー」と同じように描かれることで、ヘイリーの無邪気さが浮き彫りになります。ヘイリーたちの暮らしの責任は、もちろんヘイリー自身にもありますが、ムーニーを通してヘイリーの無邪気さが描かれることで、映画は個人を越えた「貧困に対する社会の責任」を見事に描き出しているとのこと。この映画以上に、このような形で貧困を描ききった作品は存在しないとPuschakさんは語っています。
だからといって、この映画が「トロイの木馬」的に悲しい物語を仕込んでいるわけではなく、映画自体は明るく、「悲しみ」は必ず「楽しさ」と表裏一体で描かれています。ベイカー氏はどちらか一方だけを描くという方法をとっていません。
なぜなら、ベイカー氏は「悲しみと喜びは同じ物」だと理解しているためだとPuschakさんは語っています。このような映画の製作こそがアカデミー賞の作品賞にノミネートされることを通して促進されるべきであり、「この映画が選ばれなかったのは恥ずべきことだが、スノッブの考えることはよくわからないから」とPuschakさんは語りました。
なお、フロリダ・プロジェクトの予告編は以下から見ることができます。
The Florida Project | Official Trailer HD | A24 - YouTube
フロリダ・プロジェクトの日本公開は2018年5月12日からの予定となっています。
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