「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグロー監督に50年前の戦慄の一夜を描く最新作「デトロイト」についてインタビュー
イラクを舞台に爆弾処理班の姿を描いた「ハート・ロッカー」で女性初のアカデミー賞監督賞を受賞し、ビン・ラディン殺害作戦の過程を描いた「ゼロ・ダーク・サーティ」が作品賞をはじめとする5部門にノミネートされたキャスリン・ビグロー監督の最新作「デトロイト」が2018年1月26日(金)から公開となります。
この作品が描くのは死者43人・傷者1189人・逮捕者7200人を出したアメリカ最大規模の「デトロイト暴動」の中で起きた「アルジェ・モーテル事件」。今回もリアル、かつ骨太な内容となっていますが、ビグロー監督がどのようにしてこの作品を作り上げたのか、質問する機会をもらったので、聞きたいことをぶつけてみました。
質問に答えてくれたキャスリン・ビグロー監督
Photo/Carolyn Cole/Contour by Getty Images
Q:
実話に挑み、実在の人物も何人か登場しますが、ご留意されたのはどんなことでしたか?
キャスリン・ビグロー監督(以下、ビグロー):
今回のように、現実のストーリーを語る場合には、語り手として歴史とそれに関わった人々――生存者にも亡くなった人たちにも――、自ら責任を持つ心構えが必要です。
Q:
実際にアルジェ・モーテルの事件の被害者となった3人(メルヴィン・ディスミュークス、ラリー・リード、ジュリー・アン・ハイセル)はコンサルタントとして制作に参加していますね?
ビグロー:
この映画の製作準備の中で最も貴重な体験は、不幸な事件を経験しながらも生き抜いてきた人々との時間を過ごせたことです。彼らのおかげで、事件当夜の状況を細部に至るまで解明することができました。50年経った今も、彼らの多くは事件の話になると動揺を隠せないことは明らかでした。それは当然のことです。
Q:
今回も徹底してリアルな臨場感を追求されたと伺っています。オーディションから即興的な演技を求められたとのことですが?
ビグロー:
キャスティング用のシナリオは脚本を模したもので、状況に応じて臨機応変に対応しなければならない部分を残してありました。俳優たちの機敏な対応や想像力の高さを確認するためです。また、流動的な状況でどれだけ彼らがリラックスして演じているかを評価することができました。この方法で、私はキャストを選定したのです。今回出演が決定した俳優は皆、例外なく深みのある演技力を備え、豊かで複雑な感情を、スクリーンを通して伝えることができる人たちでした。
Q:
凶悪な警官を演じたウィル・ポールターは泣きながら演技を続けたと聞いていますが……。
ビグロー:
キャストたちが、演じる時に抱く感情には気に掛けていました。特にウィルにとっては、役柄としても精神的につらいものだったはずです。
Q:
事実とフィクションのバランスを取るに当たって、難しかった点は?
ビグロー:
事実にフィクションを加える場合、批判の的になることは避けられません。『ハート・ロッカー』の場合はイラク、『ゼロ・ダーク・サーティ』の場合はオサマ・ビンラディンの捜索が実際に起こった事ではあるものの、私の映画はフィクションであり、ドキュメンタリーではないと分かります。『デトロイト』について言えば、1967年7月について30時間のミニシリーズという形で作ることも可能なはずです。映画にするということは、事実を凝縮し物語を作り上げることが必要になります。しっかりとリサーチをして事実を知り、その中から正確な判断によって物語を作り上げていくことが必要です。この事件の場合、たくさんの記録が残っていました。だから事実を埋めるための大きな工作、でっちあげをする必要はなかったのです。
Q:
3作品連続で政治的な作品が続きましたが、またアクション映画を撮りたいとお考えですか?
ビグロー:
この分野で仕事をする機会をもらった自分は幸運だったと思います。ただアクション映画のジャンルについていえば、もっと内容の濃いアクション映画が出てきてほしいですね。現在の私にとって、映画で社会的な話題性のあるテーマについて取り組むことに切実さを感じます。大切なことだと思います。映画のような媒体をとおして大きな観客に触れることができるのは、少なくともその機会をもらえるのは、映画監督として嬉しい事です。映画が成功するかしないかに関わらず、そのテーマの話題性を広げるという点で有意義なことだし、責任のあることだと思いますから。ジャーナリストにしても同様です。ある種の責任が自分の仕事にかかってくる。事実を確認する必要もあるし、書いていることがどれほど信頼性があるのかを確認することも必要。また、そこに自分の角度というものを加える点も大切だと思います。
Q:
映画『デトロイト』の可能性をどのようにお考えですか?
ビグロー:
芸術(映画)の目的が変化を求めて闘うことなら、そして人々がこの国(アメリカ)の人種問題に声を上げる用意があるなら、私たちは映画を作る者として、喜んでそれに応えていきます。この映画が、少しでも人種に関する対話を促すための役に立つこと、そしてこの国で長きにわたって根強く残っている傷を癒すことができることを願ってやみません。
G:
事件の記録や当時の証言などをもとにしているとのことですが、一体どれぐらいの期間調べ続け、どれぐらいの分量の資料をもとにして構成したのですか?
ビグロー:
リサーチのために写真やドキュメンタリー映像をたくさん探しました。それらのフッテージは、素晴らしかった。写真も、1000枚近くが集まっていました。それらは、セットをできるだけ正確に作る上で、とても役立ちました。あの夜を体験した生存者を探すのはとても難しいことでした。リサーチをしているときに、マーク(本作の脚本・製作に携わったマーク・ボウル)は何人か、私もふたりくらいの生存者を見つけ出しました。私はこの出来事について知りませんでした。デトロイトでも、もちろん知っている人たちもいるけれども、みんなが知っているというわけではなかったんです。それは私にとってもショッキングで、驚きでした。一方で、当時、これに関する記事もたくさん出ています。「Detroit Free Press」の記者4人が、当時、ピューリッツアー賞を取っています。だから、誰も知らなかったというわけではないんです。でも、みんなが知っているわけではありませんでした、悲しいですが。ここには、大きな人生の「学び」があるのに。
G:
特に「およそ50年近くにわたり事件が起きた夜のことを口にしようとはしなかった」というラリー・リード氏は、どういう経緯で協力してくれることになったのですか?
ビグロー:
私が聞いたところによると、彼は50年間、あのことについて話さなかったそうです。彼は、あの夜のせいで、本当にぼろぼろになってしまった。あまりにも辛い出来事だったから。彼はあの夜、肉体的に大きな傷を負いました。傷は回復したけれど、完全ではありませんでした。今もまだ痛みがあります。そのことについて語るというのは、つまり、その状況をもう一度生きるということ。だけど、彼はとても強かった。ジュリーも、メルヴィンも。彼らは、この話が語られるべきだと強く信じていた。これは、あまり広く知られていない話ですし、この話を知ってもらうことは彼らにとって大切なことでした。それは、感情的で、辛く、同時に浄化作用のある体験になりました。
1月26日公開映画『デトロイト』特別映像“ラリー・リードについて” - YouTube
G:
ビグロー監督は、何がきっかけで今回のモデルとなったデトロイトの事件を知り、映画化することを決断したのですか?
ビグロー:
マーク・ボウルが提案してきました。私はこの話を知らなくて、マークのオフィスの人が、マークに提案したんだったと思います。初期の段階で、私たち2人でこの話を発見して行った感じ。これはとても恐ろしい話だと思いました。警察の人は有罪にならなかったんです。でも、その50年前の話を見ていて、とても現代に通じる話だと思いました。
G:
時代背景や土地が違ってもかなり普遍的なことをテーマにしていると感じましたが、監督が今作で一番表現したかったものが詰め込まれているなと結果的に感じたシーンはどこでしょうか。
ビグロー:
たくさんあるけれど、最後にラリーがゴスペルを歌うシーンはその1つです。あのシーンは、芸術的精神は、何があっても生き残るんだということを示しています。彼にあんなひどい夜を経験させたとしても、アーティストとしての精神は死ななかったんです。あのせいで、彼の人生が永遠に変わったとしても。私にとって、それはとても大きな意味を持つことでした。これは大きな悲劇です。まるで戦争犯罪です。なのに、その償いはなされていません。彼ら(被害者)は無視されてしまいました。「重要ではない」とされてしまいました。今日だって、警察官は無罪になっています(注:ここ数年、無実の黒人を白人警察官が殺した事件で、警察官が無罪になるというケースが複数起きました)。あの時もそうだったし、今もそうなんですよ。どうすればこれを変えられるのか?責任を取るというシステムに、どうやって変えていけばいいのか。
「ハート・ロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティ」と直近2作でわかるように、ビグロー監督は圧倒的臨場感で観客を作品世界へと放り込みますが、本作でもインタビュー内にあったように、キャストすらも追い込まれるほどの撮影が行われ、その迫力はダイレクトに伝わってきます。アメリカ史上でも最大規模という「デトロイト暴動」を背景にして起きた、当事者たちの口が重くなる「アルジェ・モーテル事件」。そこで何が起きていたのか、ぜひ劇場で確かめてみてください。
1月26日公開『デトロイト』日本版オリジナル 第二弾予告 - YouTube
『デトロイト』 1月26日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
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