ネイティブアメリカンにキリスト教を広めるためにスペイン人は「太陽」を利用した
By Leo Reynolds
15世紀半ばから17世紀半ばまで続いた大航海時代の終わりごろ、当時のスペイン帝国は北米大陸およびカリブ海、太平洋などにまたがるヌエバ・エスパーニャと呼ばれる領土を有しており、先住民族に対するキリスト教の布教を進めてきました。その中でスペインは、天文学を教会の建築に取り入れることで、太陽信仰を行っていた先住民族に対してキリスト教をうまく浸透させるという手法を採っていました。
A sacred light in the darkness: Winter solstice illuminations at Spanish missions
https://theconversation.com/a-sacred-light-in-the-darkness-winter-solstice-illuminations-at-spanish-missions-70250
カリフォルニア州立大学モントレーベイ校の考古学者であるルーベン・G・メンドーサ博士は、カリフォルニアおよびメキシコ、そして中央アメリカに至る地域に点在するキリスト教の伝道所を現地調査し、建物建築に隠されていた秘密を明らかにしました。そこには、当時すでに太陽の動きを正確に把握していた天文学の知識と宗教を融合することで、人々の信仰心をかき立てるためのテクニックが盛り込まれています。
1769年から1823年にかけて、現在のカリフォルニアには21の伝道所が建設されました。これは、現在のメキシコシティに拠点を置いていたイエズス会宣教師団によって進められたもので、現地に住んでいたネイティブアメリカンをカトリック教徒に改宗させ、ひいてはスペイン帝国による支配を進めるために行われたプロジェクトの一部です。それぞれの伝道所は基本的に自給自足の運営が求められ、居住区画や保管庫、キッチンスペース、作業場、そしてもちろん教会施設などの複数の建物などで構成されていました。
伝道所の建設にはすでに改宗したネイティブアメリカンの労力が投入され、スペイン人宣教師の指導の下で作業が行われたとのこと。建設後は宣教師によるコミュニティ指導が行われ、場合によってはスペイン語ではなく現地の言葉が用いられることもあったそうです。
そのようにして建設された伝道所の多くは、夏至や冬至、春分の日や秋分の日、または特定の宗教に関する日になると、太陽光が建物に開けられた小窓から差し込み、教会で最も神聖な場所である聖職台などを照らすようになっています。
カリフォルニア州にある、サン・ホアン・バティスタ伝道所に差し込む太陽光の様子。2007年の冬至の日に撮影されたもので、教会の中央にある通路を太陽光が貫き、聖職台を明るく照らす様子からは神々しいものが感じられます。
メンドーサ氏は、カリフォルニア州にある多くの伝道所で同様の現象が起きることを知りました。その多さから決して偶然ではないことを確信したメンドーサ氏は、それぞれの伝道所に関する詳細な調査を実施。建物の配置や礼拝堂が向いている方位、そしてその土地ごとの夏至や冬至などの日に太陽が通る軌道を計算することで、合計で21ある伝道所のうち14カ所で夏至・冬至、または春分・秋分の日に教会内部に日光の筋が差し込むように設計されていることを突き止めました。
サン・ホアン・バティスタ伝道所の構造を示す図によると、向かって右側に位置している礼拝堂は、建物全体に対して90度ではなく、やや角度をもって作られていることがわかります。この絶妙な角度により、サン・ホアン・バティスタ伝道所では冬至の日に太陽が聖職台を照らすようになっているというわけです。メキシコ人宣教者は、教会にこのような仕組みを取り入れることで、太陽を崇拝していたネイティブアメリカンの信仰心とイエス・キリストとを結びつけ、次々とカトリック教徒へ改宗することにつなげていきました。
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