公衆電話を無料Wi-Fiスタンドに変えるプロジェクトでGoogleが街を支配する
by Chris Ford
ニューヨーク市が取り組むLinkNYCというプロジェクトは、街にある使われなくなった公衆電話をWi-Fiを提供するキオスクに変えるというもので、2016年7月までには計500個のキオスク設置が予定されており、数年以内には7500個にまで拡大される予定。スマートシティの第一歩とも言えるプロジェクトには賛同の声も多いのですが、一方で都市がたった1つの大企業「Google」によって支配される可能性も指摘されています。
Google Is Transforming NYC's Payphones Into a 'Personalized Propaganda Engine' | Village Voice
http://www.villagevoice.com/news/google-is-transforming-nycs-payphones-into-a-personalized-propaganda-engine-8822938
キオスクはWi-Fiスポットとして機能するだけでなく、USBチャージャーも用意されており、ニューヨーク市長のビル・デブラシオ氏は「これは世界で最も巨大で高速なネットワークであり、しかも充電は無料です。私がニューヨーカーたちについて知っていることの1つは、彼らが完全に無料の充電を好むということです」と市の取り組みについて説明しています。
ここで注意すべきなのは、このネットワークは市が作ったのはなく、「CityBridge」という民間企業のコンソーシアムが作っているということ。コンソーシアムには半導体の開発を行う「クアルコム」や、テクノロジー&デザインのコンサルト会社「Control Group」、広告会社「Titan」など、さまざまな企業が名を連ねています。
一方で、2015年にGoogleは都市生活を改善するための新会社「Sidewalk Labs」を立ち上げました。そしてSidewalk Labsは設立の9日後に、Control GroupとTitanという2つの企業を合併して新会社「Intersection」を設立することを発表。つまり、市長が「市の取り組み」として紹介するLinkNYCは結局のところ、Googleの支配下にあるわけです。
LinkNYCプロジェクトの契約では「個人を特定できるデータの商用利用」が禁止されているものの、実際のところ、キオスクはWi-Fiの提供だけにとどまらず、周囲で人がどのように動いているのか、どのような雑音を発生させているのかや、大気の状態などを収集しており、プライバシーの観点から、多くの専門家が懸念しています。高速なインターネットを提供するキオスクを利用するためにはサービスへの加入が必要ですが、いったんサービスに加入し情報を登録すれば、キオスクのWi-Fiに接続することでユーザーがどこにいるかもGoogleに把握されてしまうというわけです。
by nydiscovery7
一方で、プライバシーの観点とは別の懸念も存在します。Village Voiceが取材を進めるにつれ明らかになってきたSidewalk Labsの目的は、各地にコンピューター化されたトラフィックの管理システムを設置することであり、この勢いが拡大すれば、公共事業がGoogleに奪われ、都市がGoogleの技術に依存する形になる危険性があると指摘されています。
記事作成時点ではGoogleの試みはニューヨーク市に限定されたものですが、プロジェクトが成功すれば、他の都市や国に対しても同様の提案をGoogleは行っていくはず。実際に、元ブルームバーグCEOのマイケル・ブルームバーグ氏が市長だった頃にニューヨーク市の経済発展担当副市長を務めたダン・ドクトロフ氏によると「LinkNYCは他の市にサービスを広げていく最初の一歩だ」とのことで、ネットワークの構築は今後開発していくスマートアプリケーションの根幹として機能し、さらなるサービスやプロダクトも開発される予定です。
では民間企業としてのGoogleが求めることはというと、「収益」になります。Googleの収入の大部分は広告収入で、より優れた広告をユーザーに表示するための情報収集に関して「プライバシーを侵害している」とアメリカやヨーロッパで罰金刑に処せられたことも少なくありません。このことを受けて、2015年には、これまで掲げてきた行動規範の「Don’t be Evil(邪悪になるな)」を、法律に従うことを強調した「Do the Right Thing(正しいことをやれ)」に変更しているほどです。利益を追求する民間企業がLinkNYCプロジェクトのような形で市に関わることで、お金と引き替えに市民のプライバシーを売り渡すような形になる可能性があるとして、Googleが提唱する「スマート・シティ」の考えに反対する人も少なくありません。
GoogleのCEOであるラリー・ペイジ氏はSidewalk Labsについて「Googleのコアとなるビジネスとは全く違うものだ」とGoogle+に書いていますが、ドクトロフ氏はLinkNYCで収益を上げる方法として「広告収入」を挙げています。Wi-Fiを提供するキオスクに搭載されたディスプレイが、通行人でありサービスのユーザーである人々のプロフィールに合わせた広告を表示するようになっていて、「個人情報を収集して広告で収入を得る」という、これまでのGoogleと寸分違わぬ方法が取られているわけです。ただし今回の取り組みは個人のPC内ではなく街全体で行われるため、開発を行うSidewalk LabsのエンジニアにもLinkNYCに対して恐怖を感じている人がいるとのこと。
人々のプライバシーを侵したとして、Googleが問題となることは過去にも多くありました。2008年から、Googleはストリートビューに使用するための写真を撮影する車「Googleストリートビューカー」を走らせていますが、2010年には世界各地でGoogleストリートビューカーが無線LANの通信内容を傍受していたことが大きく報道されました。この時も、Googleのエンジニアらは情報収集に反対していたそうです。
日本を含む世界各国でGoogleストリートビューカーが街中の無線LANの通信内容を傍受して保存していたことが判明 - GIGAZINE
Village Voiceによると、CityBridge・Sidewalk Labs・ニューヨーク市は「ユーザーはサービスの使用において捨てメールアドレスを使うだろう」と想定しており、LinkNYCを利用してもユーザー個人は特定されず、データは匿名で扱われると考えているとのこと。また、CityBridgeはプライバシー・ポリシーにて情報の使用が制限されることを記述しています。
しかし、モバイル端末の使用に関して、人々が日常的にプライバシー保護に気を遣っている可能性は低く、アプリを最新の状態にしていない人も多くいることから、これらの匿名情報が悪意のある人によって非匿名化される可能性も大いに考えられます。さらに、CityBridgeのプライバシー・ポリシーに関して「彼らは『繊細な情報は入手したらすぐに廃棄します』と約束することもできるのに、そうせずに『我々はよいデータ・個人データを保持し続けます』と書いている」とインターネット・プライバシーを専攻する法学教授のPaul Ohm氏は語りました。
2014年にLinkNYCに関するCityBridgeの提案が協議された際に、弁護士のレティーシャ・ジェームス氏は、この提案がニューヨーク市民の市民的自由を奪う危険な独占権を生み出しかねないとして意義を唱えました。最終的に議会はLinkNYCを認めましたが、LinkNYCプロジェクトが進められている今でもジェームス氏は「ビッグデータの時代に、政府や企業にはニューヨーカーのプライバシーを守る大きな責任が伴います」と語っています。
Village Voiceの取材に対し、LinkNYCのゼネラル・マネージャーであるJen Hensley氏は「ニューヨーク市とCityBridgeはお客様第一のプライバシーポリシーを作成しており、個人情報を販売することはありません。また、ユーザーが端末でブラウジングした個人的なデータをLinkNYCが収集することもありません。集めたデータをニューヨーク市警や法的機関とシェアする場合には令状といった法的な手続きを必要とします」と答えています。しかし、上記の内容における「個人的なデータ」「個人情報」の定義が厳密に定義されていない限り、解釈のしかたで何とでもなります。また、CityBridgeの広報は「 LinkNYCはこの種のシステムとしては初の試みであり、プライバシー・ポリシーはネットワークが動きだす前に書かれています。現在、プライバシー・ポリシーは現実の状態をふまえて再評価中です」と説明しており、プライバシー・ポリシーが全てを現実の事態を完全に網羅していないと認めつつも、いつかアップデートされる日がくることを信じてほしい、という姿勢のようです。
さらに、LinkNYCについては、Bluetoothビーコンを開発する「Gimbal」など、他のテクノロジー企業も関わっています。Gimbalビーコンは近距離無線装置で、このビーコンが置かれた場所の近くを専用アプリを搭載したスマートフォンが通ると、Bluetooth経由で端末の日付・時間・位置情報を記録したり、ビーコン側から情報をスマートフォンに送信したりが可能となります。これらの機能を使用すれば、携帯電話の持ち主が「いつ・どこにいたのか」が詳細に追跡可能となり、さらには「マクドナルドの近くに立ち寄ったユーザーにマクドナルドの広告を配信する」のような効果的な広告配信方法も可能となります。
2014年にGimbalは実際に街中の公衆電話にGimbalビーコンを設置し広告を表示していましたが、このときの広告会社はSidewalk Labsに吸収された会社の1つである「Titan」です。
街中の公衆電話に誰がいつどこにいたかを記録できるBluetoothビーコンが大量に仕掛けられていたことが判明 - GIGAZINE
新聞を発行しているVillage Voiceが2016年初頭に、街にある新聞を入れておくための赤い箱にBluetoothビーコンを設置すれば、トラッキング情報を得られるのではないか?と思いGimbalに連絡した際、Gimbalから「サードパーティーアプリやブランドの情報を新聞と一緒にシェアすることができれば、ディスカウントがききます」という提案があったとのこと。Village Voiceビジネス部の代表は「新聞を入れるための箱を広告のプラットフォームとして使用することは市条例を破るのでは?」と尋ねたそうですが、Gimbalは「制約の範囲内で行うことができます」と説明。GimbalやそのパートナーはGoogleやFacebookに比べると影響力の小さな企業ですが、CityBridge広報によるとGimbalビーコンはLinkNYCのキオスクに搭載されており、普段はオフ状態ですが、いったん起動すればプロジェクトの収益を集める新たな方法として機能するとのこと。
LinkNYCプロジェクトに関しては「民間企業が収益を求めて動くのは格別驚くべきことではないが、市が『ニューヨーク市を守る』という保証なしにCityBridgeに特権を与えたことだ」とも指摘されています。
もちろん、「アンチウイルスソフトの使われていないネットカフェを利用するよりも、GoogleやQualcommといった大手企業が関わったネットワークを使う方が安全」とする意見もありますが、一方で電子フロンティア財団の弁護士であるLee Tien氏は「あなが商品にお金を払わない時、あなた自身が商品となるのです」と語っており、「彼らは、あなたの情報をいかに集めて、いかに利益を得るかということについて、いつも考えています」コメント。また、人々は想像以上の情報をGoogleに提供しており、この情報を元に広告を表示することによって、Googleは本人の気づかない間に人々の意志決定に関わっている、と投資家のLinda Holliday氏は忠告しています。
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