宇宙で作るウイスキーと地球で作るウイスキーにはどんな差が生まれるのか
by Guillermo Melgarejo
アードベッグ蒸留所の作るモルトウイスキー「アードベッグ」を使って、ここ数年かけて行われてきた微小重力(無重力)環境下でのウイスキー作りについての報告書が発表されました。
THE IMPACT OF MICRO-GRAVITY ON THE RELEASE OF OAK EXTRACTIVES INTO SPIRIT
(PDFファイル)http://www.ardbeg.com/CDN/ardbeg-media/ardbeg/supernova/ARD9109SupernovaWhitePaperA4.pdf
Ardbeg reveals results of 'space whisky' experiment - BBC News
http://www.bbc.com/news/uk-scotland-scotland-business-34168471
国際宇宙ステーション(ISS)での宇宙実験を手がけているナノラックスの誘いに応じて、アードベッグ蒸留所が「ウイスキーの熟成に重力は影響を与えるのか」を調べる実験に参画し、ウイスキー・アードベッグを打ち上げたのは2011年10月のこと。2012年から始められた実験で、地上とISSという異なる重力下でアードベッグがどう熟成されるかが観察され、2014年9月にアードベッグは無事地球に帰還しました。
宇宙に樽を打ち上げるわけにはいかないので、実験ではNanoRacksの「MixStix」というチューブ状の容器が用いられました。容器内には6mlのアードベッグと、樽の代わりに1mm×1mm×6cmにカットされたオーク材が入れられています。
アードベッグ蒸留所による結論は「地上で熟成したウイスキーと宇宙で熟成したウイスキーは、顕著に異なる」でした。
まず、アルコールなど主な揮発性有機化合物の数値については、地上と宇宙では有意な差は現れませんでした。下記の数値の単位はmg/lです。
分析物 | ISSのサンプル | 地上のサンプル |
---|---|---|
アセトアルデヒド | 54.7 | 53.8 |
酢酸エチル | 151.4 | 155.4 |
アセタール | 88.9 | 89.2 |
1-プロパノール | 253.2 | 242.7 |
イソブチルアルコール | 470.1 | 450.7 |
酢酸イソアミル | 10.5 | 11.8 |
ブタノール | 6.5 | 6.3 |
2-メチル-1-ブタノール+3-メチル-1-ブタノール | 1236.3 | 1169.1 |
2-メチル-1-ブタノール | 312.8 | 295.6 |
3-メチル-1-ブタノール | 923.5 | 873.5 |
1-ペンタノール | 250.7 | 250.7 |
高級アルコールの合計 | 1959.6 | 1862.5 |
(2-メチル-1-ブタノール+3-メチル-1-ブタノール)/イソブチルアルコール | 2.6 | 2.6 |
3-メチル-1-ブタノール/2-メチル-1-ブタノール | 3 | 3 |
フルフラール | 47.1 | 67.8 |
しかし、木材抽出物の数値では数値が増加する物質と、逆に減少する物質がみられました。これは、微小重力下のオーク材がウィスキーの液中により多く浸かることで、成分の抽出レベルに変化が生じるためだと考えられています。
分析物 | ISSのサンプル | 地上のサンプル |
---|---|---|
没食子酸 | 3.4 | 2.8 |
エラグ酸 | 57.6 | 41.5 |
コニフェリルアルデヒド | 11.3 | 14.9 |
バニリン | 39.1 | 69.1 |
バニリン酸 | 17.2 | 30.4 |
シナピルアルデヒド | 31.6 | 47.7 |
シリンガアルデヒド | 150.9 | 259.8 |
シリング酸 | 59.2 | 94.4 |
スコポレチン | 1.7 | 2.2 |
ヒドロキシメチルフルフラール | 25.2 | 48.2 |
数値として表れている通り、味と香りも、地上のサンプルが古いアードベッグを思わせる甘みと酸味のある香りと主に木質の味なのに対して、ISSのサンプルは防腐剤やゴム、スモークフィッシュのような香りと、燻した果実や香辛料・ベーコンのような味だったとのこと。
アードベッグ蒸留所でウイスキー作りと蒸留に携わるビル・ラムズデン博士は「宇宙から帰って来たサンプルを嗅ぎ味わったとき、アードベッグのスモーキーなところやフェノール類の性質がもっと強くなったことを感じました。この風味は、私もこれまでに味わったことがありません」と感想を述べた上で、「アードベッグが複雑な性質を備えていることはわかっていましたが、ウイスキーにはさらなる側面が潜在的に存在することを、この結果は示しています」と、実験の成果を語りました。
ちなみに、アードベッグ蒸留所が「宇宙でのウイスキー作り」に着目した一方で、スコッチウイスキーの名門であるバランタインはOpen Space Agency(OSA)と共同で、宇宙で使うためのウイスキーグラスを開発しています。
Space Glass — Medium
https://medium.com/space-glass
これがそのプロジェクトの始動ムービー。
Space Glass Project: The Beginning - YouTube
バランタインの第5代マスターブレンダーであるサンディ・ヒスロップ氏。
OSAのジェームズ・パー氏
いかにして微小重力環境下で液体を扱うかが難題。パー氏は「『宇宙での素敵な1杯』を実現するための挑戦は、ロケットデザイナーと同じように難しい」と表現。
しかし、目的の実現のため、話し合いを重ねてSpace Glass Projectは進められました。
いくつものデザインが3Dプリンターで作られていきます。
続いては、微小重力テストのムービーです。
Space Glass Project: The Microgravity Test - YouTube
いざグラスのデザインが完成したら、今度は本当に宇宙に持っていって使えるのかというテストが行われます。
微小重力環境でのテストが行えるZARM: Drop Towerのトーベン・カネマン氏。
タワー内部はこんな感じ
グラスに液体が注がれます
そして微小重力での液体の様子をチェック。左側は凸型の皿、右側は凹型の皿です。
このグラスから液体がこぼれることはありませんでした。
金属パーツ部分が吸い口になっていて、グラスの内側を伝う管を通してウイスキーを吸い上げて飲む仕組みです。
製品化されたわけではないのですが、このグラスがどのように使われるのかというイメージ映像が作られています。
Ballantine's Space Glass - YouTube
アームがグラスを掴んでいます。
グラスが置かれているのはなにやら大がかりな装置の中央。
離れたところに座った人たちが、その装置を見つめています。
続いて、アームはウイスキーの瓶を掴み……
ウイスキーをグラスに注いでいるようです。
微小環境下らしく、グラスの中央にウイスキーの球ができています。
注ぎ終わると、装置はグラスを人に向かって投げます。
受け取り、ウイスキーを味わう人々。
窓の外には……
見たこともない光景が広がります。
こうして宇宙に進出した人類がウイスキーを楽しむのはいつの日か……。
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