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約81億円をかけて作られた「世界で最も静かな部屋」とは?


スイスの都市チューリッヒの郊外には、ほんのわずかな音や振動をもシャットアウトする「世界で最も静かな部屋」が存在します。この部屋は「Binnig and Rohrer Nanotechnology Center(BRNC)」と呼ばれる施設の中にあり、2011年にIBM Researchが総額6000万ユーロ(約81億6000万円)という巨額の資金を投じて建設されました。IBMは一体なぜ外部の世界から完全に断絶された施設を作る必要があったのか、施設はどのようにして完全な無音空間を作り出しているのか、Ars Technicaが現地を訪れてレポートしています。

Inside the world’s quietest room | Ars Technica
http://arstechnica.com/science/2015/07/inside-the-quietest-room-in-the-world/

◆なぜIBMは「ノイズフリー・ラボ」を必要とするのか
IBMの研究施設BRNCではチューリッヒ工科大学と共同で主にナノレベルの研究が行われています。IBMが設備費用2000万ユーロ(約27億2000万円)を含む6000万ユーロ(約81億6000万円)もの費用をかけて、これほどまでに厳重な設備を必要とした理由は、IBMとチューリッヒ工科大学の研究にあります。研究は「単一の原子を拾い上げて別の分子の末端へ移動させる」というような、使用する機器に信じられないほどの精度が要求される内容とのこと。

室内に設置されているスピン偏極走査型電子顕微鏡(スピンSEM)や走査型トンネル顕微鏡(STM)のような大型の精密実験装置は、正しいデータを得るために外部からの干渉を可能な限り少なくする必要があります。各装置にはメーカーが設置環境の条件を指定した「推奨仕様」が定められ、その基準を下回ることが必要とされているのですが、この部屋はその基準をさらに下回ることで、これまで可能とされてきたものよりも解像度の高い画像や実験結果を得ることを狙いとしています。


当初、IBMのスピンSEMは同研究所の1階にあるコンクリート製の床の上に設置されていましたが、地下のノイズフリー・ラボに移動してからは、2倍から3倍の解像度で画像やデータを得られるようになったとのこと。「完璧に近い条件下でどのような結果が出るか」という目的のために作られたノイズフリー・ラボは、期待通りの効果を発揮しているわけです。

◆あらゆる外的要因からシャットアウトされた6つの部屋
この研究所の地下には6つのノイズフリー・ラボが作られており、室内はあらゆるノイズ・音波・物理的振動・電磁波から遮断されています。部屋によって設備や行われる実験が異なり、ある部屋ではラマン顕微鏡で「分子の指紋をとる」ような作業が行われ、別室では巨大な透過型電子顕微鏡(TEM)で光の変わりに電子ビームを使って0.09ナノメートルという極めて小さなサイズの対象物を観察しているとのこと。

6つのノイズフリー・ラボは岩盤の上に直接建設されており、周囲の道路・地下鉄からの物理的振動を著しく減少させています。各部屋の壁はニッケルと鉄の合金でできており、隣の部屋からを含むほとんどの外部電磁場を防ぐことができるとのこと。外には携帯電話の電波塔・架空送電線・地下鉄といったナノスケール実験に多大な影響を与える外的要因がありますが、全ての部屋はそれらの外的要因の影響がごくわずかになるよう制御されています。人間でさえ100ワットの熱量を発生させているため、実験中は部屋から退出する必要があるほど。

◆実際のノイズフリー・ラボはこんな感じ
研究所のキャンパスを通ると……


1階エントランスホールに続きます。


地下に降りたところで、実験ごとに使い分けるノイズフリー・ラボが全部で6室あります。


ラマン顕微鏡が設置されている部屋はこんな感じ。全ての室内の壁には吸音材が貼り付けられています。


ラマン顕微鏡にクローズアップ。


TEMが設置されている部屋。


1室の断面図を見ると、普通の建築物とは全く異なる構造であることがわかります。


バキュームポンプや電気変圧器などの補助設備は、影響がない位置に遠ざけて設置されています。


以下の写真は研究所の設備写真を解説したもの。左側がノイズフリー・ラボで、天井からは電磁場・湿度・温度センサーがぶら下がっており、部屋を取り囲む壁には、地磁気などの残留磁場を除去するためにX軸・Y軸・Z軸の3方向をカバーするようにヘルムホルツコイルが設置されています。右上が補助設備室、右下がノイズフリー・ラボの地下に設置されている振動除去システム。


ノイズフリー・ラボのコンセプトを図解するとこんな感じ。研究者が入るスペースと実験装置を設置するスペースは別構造となっており、実験装置を置く土台は重さ30トンから60トンとかなりの重量級に作られています。この重い土台を、さらに岩盤上に設置したアクティブ制御のエアサスペンションで浮かせることで、地面から伝わる大型トラックなどの振動をリアルタイムにシャットアウトするようになっているというわけです。


なお、Ars Technicaの記事中には研究所を取材しているムービーがあり、ノイズフリー・ラボに入った様子を見ることができます。ムービーでも部屋に入った瞬間に「静寂」が感じられる瞬間も体感できるので、一度見て損はありません。

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in ハードウェア, Posted by darkhorse_log

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