多言語を勉強することで「脳力」が鍛えられ、認知症防止にもつながると判明
By Tobias Mikkelsen
母語ともう一つの外国語を使えるバイリンガルや、さらに多くの言語をあやつるマルチリンガルになるためには、言語そのものに加えてその背景にある考え方にも目を向けることが重要であり、母国語の枠を超えた文化レベルの理解が大事であると言われています。近年の研究結果からは、多言語を勉強する行動にはそのような理解の深まりに加えて、思考能力などの「脳力」の向上や老化に伴う脳の機能低下を抑制する効果があることが明らかになってきています。
For a Better Brain, Learn Another Language - The Atlantic
http://www.theatlantic.com/health/archive/2014/10/more-languages-better-brain/381193/?single_page=true
誰かと話をして別れた後に「あ、アレを言っておけばよかった」と思い出したり、「あんなことを言うんじゃなかった……」という、いまさらどうしようもない後悔の念に襲われた経験が誰しもあるはず。こんな微妙な空気を含む感情をフランス語では「l'esprit de l'escalier(レスプリ・デ・レスカリエ)」と表現します。直訳すると「escalator wit(階段のウィット)」という意味を持つフレーズですが、その由来は「部屋を出て階段を降りている時にふと『あ~、これを言っておけばよかった!』と思い出すが、いまさらもうどうしようもない」という状況を言葉にしたもので、いかにもフランス語らしい発想といえそう。
By Brooke
フランス語話者にとってはまさに「言い得て妙」な表現なわけですが、英語の世界には実はそのような状況や感情を表す表現はないそうです。日本語には「後の祭り」という言葉がありますが、これも少し違うものが含まれているのかも。
また、ストレスなどでつい食べ過ぎてしまい、その後に憂鬱な気持ちになってしまうことを、ドイツ語では「Kummerspeck」という単語で表現。これを訳すと「grief bacon(悲しみのベーコン)」という意味になるのですが、やはり英語にはこれに相当する単語が存在していません。
さらに、日本語で育ってきた人なら一度は聞いたり使ったりしたことがある「恋の予感」という言葉も、「love at first sight(ひと目ぼれ)」とはまた違った感情であり、日本語以外の文化ではなかなか理解できないものだとのこと。ボサノバ音楽の重要なキーワードになっているポルトガル語の「サウダージ」も、本当の感情というものは、ポルトガル語話者以外の人にはなかなか理解しきれないものといえるでしょう。
By Valeria P.
このように、言語というのはその文化に流れる思想や思考のフレームワークに深く根ざしたものであるために、別の言葉で置き換えるだけで100%全てが伝わるものではありません。カリフォルニア大学バークレー校で認知科学・言語学を研究するジョージ・レイコフ教授は「アメリカ人がフランス語の『savoir faire』(サヴォワ・フェール:’臨機応変の才’’機転’の意)をそのまま拝借しているのは、これがアメリカの文化の中に含まれていないためであり、それが故にその単語は我々の言語の中で発達してこなかったのです」と言葉と言語の関係を説明し、「他の言語を操るということは、異なった枠組み、比喩方法を学ぶことであり、その言語の文化そのものを学ぶということです」と語っています。
しかし、他言語を操ることによるメリットは多文化の理解だけではないということが明らかになってきています。カナダ・ヨーク大学の研究では、多言語をあやつる子どもは算数、読解、語彙力のテストでよい成績を残す傾向にあることが判明しています。また、恐らくは言葉の文法を理解するプロセスの中で鍛えられたためか、一覧や配列の記憶能力が高いこと、そして不必要な情報を振り分けて本当に必要な情報だけを抜き出す能力に優れる傾向があることがわかっています。
By Crispin Blackall
さらに、多言語話者は決断能力に優れていることや、条件づけやフレーミング技術による思考の誘導への耐性が高いこと、そして現金とクレジットカードのお金をきちんと認識して上手に使う能力に優れていることがわかってきています。このような現象がみられる原因としては、一説によると、自分の母国語とは異なる言語を話すことである種の「心理的距離感」が生まれ、感情に左右されにくい論理的な思考能力が発達するに至った、と考えられています。
他言語習得によるメリットはこれにとどまりません。母国語以外の第二言語を勉強している人は、例えそれが成人以降に学び始めたものであっても、年老いた時に起こる認知能力の低下が少ないという統計結果が出ていたり、スコットランド・エディンバラ大学のトーマス・バック博士による研究では、認知症やアルツハイマー病の発生を4年半遅らせる効果があることが明らかにされています。
By Miguel Pires da Rosa
バック博士は論文の中で、認知能力低下を防止する効果は教育レベルの高さや知識力よりも、第二言語を学んでいるという事実のほうが影響を及ぼしていることを明らかにしており、「認知力の低下を遅らせるのは高い記憶力ではなく、言葉の細部に注意を向ける能力によるものです」と語っています。
また、多言語話者は特定のシーンを見つけたりリストから特定の名前を見つけるような「視覚タスク」に優れること、そしてマルチタスク作業に秀でている傾向があり、これは他言語を学ぶ時に母国語との間をメンタル的に行ったり来たりすることで養われた能力であると考えられています。
これらのように、母国語以外の言語を学ぶことには脳の能力を高めて老化をも抑える効果が見られることがわかっています。なお、効果を期待するためには必ずしも多言語をマスターするレベルに達する必要はなく、「外国語を勉強しよう」という気持ちを持ち、理解しようと努力を行うことが脳によい影響を与えるとのことでした。
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