サイエンス

体内時計の「リセットスイッチ」を京都大学が発見、時差ぼけや生活習慣病の改善へも

By squishband

ヒトをはじめとした多くの生き物のバイオリズムは、何億年という長い進化の過程で形成されてきた「体内時計」によってコントロールされています。その仕組みの詳細は長い間わかっていませんでしたが、その謎に京都大学の研究チームが挑み、頭部にある視交叉上核から発現されるホルモンの一種であるアルギニンバゾプレッシンとその受容体のはたらきによるものであることを明らかにしました。研究結果からは体内時計をコントロールできることがわかっており、時差ぼけや労働環境の変化による生活習慣病への応用が期待できるとされています。研究結果は日本時間10月4日付けで米科学誌「Science」に掲載されました。

時差ボケしないマウスの開発に成功-シフトワーカーの時差症候群治療薬の開発に期待- — 京都大学
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2013_1/131004_1.htm


多くの生物の体内時計はおよそ24時間10分を周期としており、それにもとづく概日リズムによって「起きる・寝る・食べる(食欲)」などの活動パターンや生理的現象がコントロールされています。生命の生存のために重要な役割を果たしてきたこの体内時計ですが、ジェット機による地球規模の移動や生活パターンの多様化など、現代社会特有の変化には当然対応しておらず、「時差ぼけ」を代表とする現代ならではの問題が生じているのも事実です。

今回の研究では、左右の目と脳を結ぶ視神経が交差する視交叉の周辺に存在する「視交叉上核」と呼ばれる神経細胞の塊から分泌されるホルモンであるアルギニンバゾプレッシン(以下AVP)が、この体内リズムの仕組みに大きな役割を果たしていることを突きとめました。

◆「正常マウス」と「時差消失マウス」
研究チームでは、視交叉上核の神経細胞から発現されるAVPとその受容体であるV1aおよびV1bに着目し、そのはたらきを明らかにしました。実験には正常なマウスと、V1aおよびV1b受容体を欠損させた「時差消失マウス」の2種類が用いられ、飼育環境の明るさの周期を人工的に8時間ずらして時差を起こす実験を行ったところ、時差消失マウスは明暗環境の変化にも素早く反応することが発見されました。

これがその実験結果。正常マウスは時差への順応に約10日間を要したのに対し、時差消失マウスは瞬時に順応して時差が完全に消失したことが示されています。


また、視交叉上核で概日リズムを作るもととなる「時計遺伝子」の発現リズムの回復も、正常マウスでは8日間を要したのに対し、時差消失マウスではわずか3日後と非常に素早い反応でした。


同時に、末梢臓器である肝臓や腎臓の時計遺伝子の発現リズムや体温のリズムも、時差消失マウスは正常マウスよりも早く回復したことも明らかになっています。

◆AVP受容体機能をコントロールして体内リズム・時差ぼけを操作する
以上の結果などから研究チームは、AVPのV1aとV1b受容体を介する視交叉上核のAVP細胞間の局所神経回路が、安定した概日時計システムの維持に寄与している、と考えました。つまり、この神経回路のおかげで正常マウスは外界の明暗環境の変化に左右されず、自身の体内時計を正確に刻み続けることができる、というのです。時差消失マウスが素早い順応を見せた理由はこの局所神経回路が欠損しているためであり、逆説的にいえば、この仕組みを利用することで体内時計を意図的に操作できるのではないか、との考えにいたりました。

そこで次に研究チームは、V1aとV1b受容体の拮抗薬を正常マウスの視交叉上核に直接投与したところ、時差を顕著に軽減させることに成功しました。


AVPとV1aおよびV1b受容体が体内時計のリズム確立に大きな役割を持っていることから、逆にこの仕組みを意図的に操作することにより体内時計のリズムを変えて時差ぼけを軽減することができる、というのが研究チームの結論となっています。また、今回はマウスの実験ですが、ヒトの体にも同様の視交叉上核は存在し、またその中のAVPニューロン系は主要ニューロン系として存在しますので、同様の仕組みがヒトにもあることが想定される、とのこと。研究チームではこの結果を海外旅行にともなう時差だけでなく、睡眠障害や生活習慣病といったシフトワーカーの病態の新たな治療薬の開発につながるものとして期待しています。

英国医学研究局のMichael Hastings博士は英BBCに対して「素晴らしい研究で、この分野において非常に刺激的な内容です。これまでの時差ぼけ対策から大きく進んだものです」と語る一方、「バゾプレッシン受容体は腎臓の機能に密接な関連性を持っているため、新たに開発される薬は腎臓への悪影響を及ばさないように細心の注意をはらう必要がある」とも注意を促しています。

まだ研究が深まりだしたこの分野ですが、たとえば体内時計の反応に時間差が生じ、脳と内臓の体内時計が一致しないというような事態も想定されるため、さらに詳細な実験と検証が必要とされるところです。

By vaXzine

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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