ネットエンジェル 第一話「大学入試センター試験予想問題」
アーア モーダメ! ダメ ダメ ダメ
手を出したらダメ
全てはこの手が
このパソが……
ボクの青春を
ボクの未来を……飲み込んじゃった
ボクの時間をかえして……
ああ、このままだと 今年もダメだろうなぁ
友達は、2回生になるんだろうな
ボクは、二浪……
このまま行けば ボクはニートになるのかな?
あーあ もう ダメだ
本当に ダメだ
このまま どうなってしまうのだろう
センター試験まで、あと1週間
なーんも 勉強しないでパソばかりしていたから、
去年の今頃より、無能になっているしな。
勉強するふりしてパソ
予備校サボって ネットカフェ
模擬テストサボって 漫画喫茶
予備校行っても、ケータイでゲーム
テキスト代、テスト代 と言っては、朝からお金をちょろまかし
妹のカナには、大借金、これがサラ金だったら、今頃首くくっていたかもな。
その内、その内と自分をだまし、ごまかし、今日に至るか。
浦島太郎って、こんな気分かなぁ。
パソから目を上げたら、一年経っていて、あっという間にセンターの日に……。
この一年早かったなぁ。
でも、思いおこせば、ウインドウズ95から、始まって長いなが~~い道のりだったなぁ。
でも、時は、高速で過ぎていった感じ。
アル中が酒におぼれる様に、
ヤク中がヤクに引き寄せられる様に、
ニコチン中毒が、タバコなしでは、イライラしっぱなし、
ボクは、パソ中に、パソなしの生活なんて考えられなかった。
ボクは、パソの中に生きていたんだ。
アル中が酒の通ではない様に、ボクは、パソ中だけれど、
特にすごいスキルがあるわけではないし……
ただ、ただ、ネット中をサーフィンしたり、ダウンロードしたり、
アニメを見たり、2ちゃんねるに書き込んだり、祭に熱狂したり、
無料のものは何でも手を出し、ゲームも、さほど
上達したわけではないけれど、そこそこに、楽しんだ
パソと向かっていれば、イヤな事は忘れられた。
自分が誰かって事も、忘れられた。
何もかも忘れて、楽しかった。
いつも、頭のどこかに一抹の不安はあったけれど。
この一年で、一生分のウソを、親についたみたい。
それが、センター1週間前に、パソの竜宮城から帰還したボク。
茫然自失のボクが、ここにいる。
センター試験は、マークシートだから、ちょっと勉強すれば
軽いものと思っていたけれど……
ぜーんぜん、なーんもしなかったから、気が重い、気が沈む、
ウツになりそう。ウツの穴の中にまっさかさまに落ちていく感じ。
チクショウーーッ!!
よ~し、ググッテやる。
『○○年度、センター試験、予想問題、神、助けて、後ナシ』
エイッ!
ざまあみろ、まいったか、グーグルめ。
エッ…??? 何…ナ…ニ…ナンダッテ??
ネットエンジェルで~す
私が助けてあげる
あなたの希望を、下に書き込んで下さいネ
グタイ的に
チクショウーーッ! バカにしやがって。
こいつ、誰だ、サギ師か?
ヨシ、何でもいい、おぼれる者、ワラをもつかむ、いれてやるよ。
今年のセンター入試の問題(英語、国語、数ⅡB、生物、世界史)を教えてくれ
サーサ 教えてくれよなぁ~
”困った時のエンジェルだのみ”かよ。
私は、神ではない、私は、Angelです。
Angelは全能ではありません。
そこで、youに協力を。
手に入る限りの情報を入力して下さい。
すぐにはじめないと、あなたに残された時間は、限りなく少なくなっています。
Let's go!
1週間しかないヨナ……
情報って何だ?まさか、予想問題を入力せよってんじゃないよな……
そうだ、そうだよ、過去問を入れてやるか。
ヨシッ!どこの誰だか知らないけれど、絶対、教えてもらうからな。
協力してやっから、責任とってもらうからな。
過去問を入れるって大変だぞ、ボクの手元には10年間の過去問の本があるけれど……
これ、全部ポチポチやってられないし……そうだ、スキャナーで取り込もう……
ボク、スキャナー持ってない。チクショー。金は、一円もないし、
今年の正月は、お年玉もらえなかったしなぁ、ほしかったなぁ。
妹には、あいそつかしされているし、これ以上、借金出来そうにないし。
……
仕方ない、ヨシ、”背に腹は代えられぬ”
おやじのスキャナーを貸りるとするか……
待てよ、おやじの奴、一度、ボクが、おやじのパソをさわったのに怒って、
部屋にカギをかけてやがったな。
さて、ここが、頭の使い所というもの。
二階の窓から入れないかなぁ…
タカシは、重い腰をヨッコイショと上げて、庭の方へ、
ここんところ、ずっと使われていない小汚いハシゴを、ヨイショ、
ヨイショと父親の二階の窓にかけたのです。毎日、パソのマウス以上、重いものは、
極力さわるのをひかえていたタカシにとってこれは、予想外の重労働であった。
すでに、息があがって、腕なんか、少々、ケイレンしかかっているのです。
それでも、久しぶりに何かをしているという充実感が、ものぐさタカシを動かしている様です。
「何だか このハシゴ グラグラするよなぁ。
コエーーッ!
今更、引き返せないよ」
と、そこへ、妹のカナが、物音を聞きつけてやって来たのであります。
「お兄ちゃん 何してるの?」
「うるさい、あっちへ行け」
「ママを呼んで来ようかなぁ」
「ダメッ!ママなんか呼ぶな、誰も呼ぶな」
「ねぇ、何してるの、その部屋、パパの部屋じゃないの。一体、何してんのよ、お兄ちゃん」
「うるさい、あっちへ行けったら 行けっ。あっ……何をする、やめろ、こらぁ……やめ…ろ…!」
お兄ちゃんに冷たくされた妹のカナは、ちょっとゆさぶりをかけてやれとばかりに、ハシゴをユサユサ。
古い、ガタのきたハシゴは、タカシの体重をささえきれずに、…バキッ
ドスーーン
「ウーン」
「お兄ちゃん、大丈夫、死んだの、ごめん、グズン、シクシク、殺すつもりはなかったの。メーメー」
「ボク、まだ死んでない、死にそう。あっーー!イテー、触るなったら。
ああ……ろっ骨が5、6本折れているみたいな感じ。
カナ、お前のせいだ。イテテテテ…
傷害罪で、いや、殺人未遂で警察に訴えてやる」
「お兄たん、許して…、カナ、カンゴクへ行きたくない。
でも…。お兄たんも、パパの部屋へ不法侵入しようとしていたし、カナをおどして脅迫罪じゃないの、グスン」
「うるせぇーー。オレは、まだ、何にもしてないんだヨ。
おメエは、立派に犯罪を、やらかしたんだヨ。オレは被害者なのヨ。
お兄ちゃんが、おまわりさんに、カクカクシガジカと、事のてん末を
訴え出てもいいっていうのかヨ。
おメェ、ムショってとこはな、一言や二言では言えネェ、ツラーーい所よ」
カナの頭の中は、走馬灯の如くに、色んな場面がグルグル表れては消え、
消えては表われ、まっこと、悪夢を見ている如くであります。
「お兄たん、何でも、言う通りにするから、おまわりさんには、内しょにしてね、ネッ、ネッ」
「お前が、そう言うんだったら、まぁ、考えがないでもないんだなぁ。
実は、お兄ちゃん、センター試験の勉強の為に、ちょっとスキャナーがいるんだよ。
パパに言ったら、あーだの こーだのって、ウルサイだろ。もう時間がないんだよ。
もし、パパが気持ちよく貸してくれなかったら、それだけで、もう気分が落ち込んで、
きっと大学入試、また、落っこちちゃうじゃない?
それでなくても、おマエのせいで、ハシゴから落っこちたし。
カナも知ってるだろ、受験生に、「オチル」は、禁句ってことを。
最高のコンディションでなくちゃ。
で、カナちゃんなら、きっと、パパはスキャナー、貸してくれると思うよ。
今日は出張でいないから、明日の晩、パパが帰ってきたら、カナは何としてもスキャナー借りてくるんだぞ」
「何て言えばいいのよ。それより、スキャナーなんて、何に使うのよ」
「お前、あれこれ、センサクすんなら、おマワリさ~~~ん」
「やめて、やめて、スキャナーかりてくるから、夜、パパが帰ってきたら、絶対、貸りてくるから」
「ヨシッ、ヨ~~~シ、それでいいんだ、カナはいい子だ」
「………………ウン。」
タカシは打ち身の痛さも忘れて、一人でほくそえむのであります。
「そうだ、スキャナーが、手に入るまでに、過去問の本のトジを切って、はずして、スキャンしやすくしておこっと」
タカシは重いセンター入試の過去問を一枚ずつ切り離し始めた。が、何と、美しい本であることか。
全くの手付かずの状態のまま今日迄来たのだから。
「過去問って、たくさんあるんだなぁ、そう言えば、クラブの先輩からもらったのもあるし、
先輩も、あんまり、使ってないなぁ。だから、一浪するんだよな。
これって、意外にめんどう。こういう単純作業、ボクには向かないのよね、ホント。カッターでズバっといこうか」
「タカシィーーーー~~~」(なんとなく「カカシィ~~」に聞こえる)
下からお母さんの呼ぶ声。タカシはドキッ、なぜかドキッ。
「タカシィーー、おやつよ、一服したら? 根をつめて、身体をこわしたら、何にもならないわよ。
一浪したんですもの、今年は何が何でも、大丈夫よ。あせらないで……おやつでもいただきましょ」
「ママーーッ、最後が大事なんだ、お願い、もう、ほっておいてくれない」
「あら、そお~~~~~」
こうして、タカシは、問題集をバラバラにし、分類し、つみ重ね、
いつになく、労働の喜びに、うちふるえているのであります。
頭の片すみにあった、一抹の不安も、きれいサッパリ消えてしまっているのです。
すばらしい。その日は心地よい肉体疲労で、ぐっすり眠りました。
やがて、あくる日の夕方、夕食の複合的ニオイがただよってくる頃、パパさんが帰ってきます。
ガラッ、
「ただいまぁ」
「パパァ、おかえりなさい。」
カナはひきつった笑顔を顔面に張りつけて、パパの後を、チョコチョコついて、パパの部屋の中へ入って行きます。
「あのね、あのね、カナ、学校の課題でさぁ、家のパソコンを研究しましょうって課題が出たのよ。
でね、皆、パソコンのことばかりだと思うの。でも、個性派のカナとしては、スキャナーを研究しようと思うの。
説明書や、なんやかんや初め買った時についていたもの、ぜーんぶ、借してほしいんだけれど。
ぜーったい、いじくってこわさないから。ねえ、おねがい、パパア~~」
この「パパァ~」という声のイントネーションに、パパはコロっとまるめこまれるのであります。
心の片すみに、なんだかウソクサイと赤信号がピカ、ピカしているのに。
パパはこの「パパァ~」は、恐ろしい呪われた遺伝子ではないかと秘かに思っているのです。
ママがおねだりする時も、この「パパァ~」のジャブとパンチを絶え間なくくり出してくるのであります。
パパはいつも完全ノックアウトです。ただ、親のひいき目か、カナのほうが、人知を超えたヒビキがあるのではないかと、
最近、とみに思う様になったのですが。
「いいよぉ、カナちゃん。スキャナー使えるの? ここで、すれば? パソコンがないとダメだよ。パパが教えてあげる」
「いいの。パパのパソさわってこわしたら、大変でしょ。ずっと前、お兄ちゃん、しかられて、泣いてたもん。
パパって、ちょっとジキルとハイド的なんだもの。お兄ちゃんのパソ使わしてもらうの、お昼に約束したの。
お兄ちゃん、勉強してるから、もうパソ、使わないんだって。 それに、お兄ちゃんのボロパソだと、こわしても大したことないし。
ネッ ネッ これ持ってくわよ、ネェ~パパァ~」
何という才能でしょう!カナは人を説得する天才?
パパの心の片すみの赤ランプは、いつの間にか、黄色から青に変わるのであります。
「仕方ないなぁ~。でも、いつでも、わからない事があったら、パパにきいてくれていいんだよ、カナ」
「ハァ~~イ ありがと パパァ~~」
こうして、天才少女は、まんまとスキャナーと、付属のものをせしめ、大物を釣りあげた釣り天狗、
鼻高々でお兄ちゃんの部屋へ急ぐのでした。
「お兄たん、借りて来たよ。パパなんてちょろいもんよ。」
「お前、末恐ろしいと言うか、楽しみと言うか、カナを見ていると女恐怖症になりそうだよ。
まぁ、何はともあれ、助かったよ、ありがとよ、カナ。
これで、お前もムショ暮らしともおさらばってもんよ。
さあて、スキャンするか、ソフトは?あるある、お前本当にぬかりないなあ。」
部屋の中を、キョロキョロ見ていたカナは、バラバラになった本とパソコンの画面を見て、女の直感で、タカシは何やら、
よからぬ事をしているのではないかと疑い始めます。
「お兄たん、あの本、あんなにバラして、何スンのよ」
「センターの予想問題をつくるのさ。」
「そんな事、出来るの?」
「まぁな、そのつもりさ。オレの最後の一大プロジェクトさ。初めてかな?まぁ、イチかバチかの大がけなんヨ」
「ヘェーッ。いつものお兄たんらしくないのね。入試前で頭、どうにかなったの?
あれっ!それはそうと、パソ、電源入れっぱなしだったの、このキモイエンジェルって何?」
「ああ、それ、えーそれは、ちょっと困った時の神だのみちゅうか、エンジェルだのみなんよ、気分の問題。
さーさ、もう、あっちへ行けよなぁ」
「な~~~んか、怪しいなぁ。カナ、ピヨ~~~ンとくるんだわ」
「うるさい、オレは忙しいんだよ。グダグダ言ってると、ムショへ放り込むゾ」
「何さ、恩知らず。プンプンプン」
妹のカナが出て行ってから、バラバラになった問題を一枚一枚スキャンするのです。単純作業しつつ、
タカシは、やっと、あれこれ、考える余裕が出来ました。
『こんなに、一生懸命やったの、ゲーム以外ではなかったなぁ。でもよ、入試の一週間前に、
こんな事、やっていていいんかね。みんな、今頃何してんのかなぁ……
それはそうと、このNET Angelって、どうして消えないんだ。
何か一生懸命取り込んでいる様だけど、それより、ビックリすんのは、
さっき、カナにスキャナーわたされた時、コードが足にひっかかって、パソの電源がぬけてしまったんだよなぁ。
これは、デスクトップ型だから、電池ないし、一瞬、消えると思ったのに、何ともないんだよな。
一体、どうなってんだ。それからすぐに電源入れたんだよなぁ。
カナが、パソの画面、あんまりジロジロ見るから、一端、消そうかと思って、やってみたけれど、ビクとも動かない。
これって、一種の超常現象カナ?ホント、クソ怪しいこと限りない。まぁ、すべてが信じがたいんだから、アレコレ、
センサクしても始まらないか。まぁ、ここまで来たら、とにかくやるぞ。
ダメモトだし、今更、勉強しても焼け石に水』
ああでもなければ、こうでもないと、混乱した頭で、わけのわからない事を考えているうちに、
パソの画面が急に変わってパンパカパーンと音楽が聞こえてきました。
ハーイ
NET Angelでーす。お待ちどうさま。
予想問題出来ましたよ。
ダウンロードでもプリントアウトでもして下さい。
早くしてね。
「すげえ、ホントに作ってくれたんだ、感謝感激雨アラレ。
ヨーシ、まずダウンロードしてから、プリントアウトしよっと。こんなに、紙ないよな。紙、買ってこなくちゃな。
フン フン …ヨーシ、ヨーシ…」
その日も、そうやって、日は暮れてゆきます。
そして、朝。ガバっと飛び起きて、
「あれは夢かな。違う、まだAngelはいる」
……エッ、答はどこにあんの?
タカシの声が聞こえるかの様に、画面に文字が表われます。
『youは予想問題を欲しいと書き込んだけれど、解答まで欲しいとは、書かなかったわヨ。ザンネン!!
じゃ、ガンバッテ バイバ~~イ ホントにバイバイ』
タカシは唖然として声も出ず、頭の中がマッ白。我に帰るのに15分位かかったかなぁ。
「ウッ ウッ ど、どうすんのよ。こんな問題、オレ解けないよ。おれっちの友達、みんな、アホとパアだし…。
……
そ、そうだ、2ちゃんねるのお受験板か、何か、問題解いてくれる所が、確かにあったはず。
ずっと前、カナに算数の宿題、きかれて、恥かきそうになった時、助けてもらったっけ。
ホント、インターネットって、思いようによっては、神だよな。
オーマイゴッド、ヘルプミー、ヘルプミーっと。
「これ、今年のセンター入試の予想問題だよ~ん。解答がないから、誰か解いて下さい」
と書き込んだら、その後、誹謗、中傷の嵐。タカシは、気分が悪くなってきた。こんなに悪人が多いのかと思う。
今の若いモンはなっとらんと思う。仕方がないので、一問一問相談するしかない。自分でさがせる答は、
なんとか、探すしかありません。
<光陰矢のごとし>……3日目、4日目、5日目、
解答は遅々として進みません。現国、古典、数学はボロボロ。
英語はと言えば、タカシは、翻訳ソフトなんか思いもよらないから、辞書で単語を引くが、どの意味かわからない。
さっぱりわからない。文法なんてのが、ちんぷんかんぷんだから、長文になると、まるで、ナゾナゾを解いてる様を呈してきます。
世界史と生物も、半分位、質問が何の事かよく解らない始末です。初めて聞く言葉ばかり。
「オレッチ、ホント、ナーンモ勉強しなかったなあ。
本、まっさら、ピカピカ。入試が終わったら、この本、ネットオークションにかけよっと。
入試通ればだがな。なんか、自信ないなぁ。これが、ホントの入試だとしても……」
ウダウダ言っている間に入試当日
タカシにとっては、入試当日といより、もうこれ以上答を探さなくてもよい日、地獄の日々からの解放の日でもありました。
とは言っても、その他の事に全く、思いが至らなかったのです。
「タカシィー 今年はなんとしても受かってね。
大丈夫よ、あんなに最後の最後までガンバッタンだものね。
ママ、お家で、仏だんの前に座って、一生懸命お祈りするからね」
「タカシ、ガンバレヨ。お前は最後までよくやった。
本当によくやったよ。受験票は持ったか、ちゃんと名前を書けよ。ウンウン」
「お兄タン、カナ、Angelにお祈りしてます」
『ギクッ 何、エンジェルだと、ムム…』
タカシはエンジェルにかけた、最後の一週間が、脳裏をヒューンとかけめぐったけれど、口から出た言葉は――
「いってきます」
玄関を出ると、今日もどんより曇ったグレイッシュな空。
タカシは、大きくため息をつきました。「ハァーーーー~~~」
その時、な、なんと、雲間より一筋、いや、二筋、三筋と太陽の光が雲を裂くように、輝いたのです。
これ、いわゆる「天使の梯子」と言われるものです。
が、教養のないタカシは、知る由もありません。
会場に着くと、目の前にあるは、ただただ現実、現実、現実。
Angelなんて、入り込む余地なんか全くない。ゼロです。
ガ~ン。
タカシは、夢から、まっさかさまに現実へ、受験会場という現実へ落っこちて来た様な錯覚に陥ります。
何か、こう、急に、目の焦点があったという感じ。
やがて、問題用紙が配られてきます。
チラ、チラ、チラチラ………ギョ ギョ のギョーーーー
当たり、アタリ、大アタリ、ミーンナ大アタリ。
タカシは、大声で叫びそうになりましたが、グッとこらえて、答の解らない問題に臨みました。
タカシは、思いました。後悔しました。
『ああ、どうして、恥も外聞もなく、秀才君達の所へ頭を下げて聞きに行かなかったのか』と。
次から、次と教科が変わって出てくる問題、すべて、大当たり。
後悔という字の後光につつまれて、タカシは、トボトボ帰ってゆきました。
3割も解けたかどうか……。
そんなタカシの耳に、帰って行く受験生達の間に、あちこちで、なんだか、騒ぎが起きている。
「オレもみたよ」「あれ、もれたんだヨ」「不公平」「私、全然そんなの知らなかったわ」「誰がもらしたんだ」
タカシは、「えっ、問題がもれたって?」と他人事の様に聞いていましたが、その内、
「ネット上に出てたんだって」
「オレ、ネット上で、予想問題探してたら、バァーっと、すごい量で出てきただろ。ウソだと思ったんヨ」
ここに至って、やっとタカシは、この騒ぎの発信元は自分なんだと自覚したのであります。
『エッ、これって、何かヤバクない?ボクって解るカナ?カナは気づくカナ?』
あれこれ思い煩いながら、やっと家の見える所にまで、やって来て、
家の前が人だらけになっているのを見て、ギョッとタカシはします。
これは、ヤバイ事になっているんだとタカシは確信するのです。急に、足もとの地球が消えたように感じ、
のどがしめつけられ、心臓の音が耳の中で聞こえてくるし、手がふるえてきます。
逃げようと思っても身体が言う事を聞かないのであります。
その内、何だか、数人がタカシのほうへ、突進してくるではありませんか。
そして、その手にはマイク。
鬼の首でもとった如く、まっことにうれしそうな顔をしたオッサンが、タカシにマイクをグイとつきつけ、
『君が○○君だね。センター試験の問題を、どこで手に入れたのですか、今日のセンター試験の出来はいかがでした?』
「いや、アノ、ボ、ボクは、その……違うんです、誤解です。NET Angelに……」
その時、横手より、いかついオッサンの集団が、ヌッっとあらわれタカシの腕をグッっとつかみ、
「ちょっと、署まで、御同行を、話はそこで」
「エッーー。な、なんで、ママァーー、タスケテ、ママァーー。」
ママァーという絶叫は、20余mの距離を飛び越えて、タカシのママの耳に届いたのであります。
母は子の叫び声に、いくら離れていようと答えるものなのです。
中には、そうでない母親も、ままいるようではありますが、タカシのママは、その範ちゅうにありました。
タカシはラッキーです。
玄関で、オロオロしていたママの耳に、人間とも思えぬ、タカシの叫び声、SOS、「ママ、タスケテーー」
ママは、瞬時に反応しました。ハキモノもはかず、はだしで玄関を飛び出すと、あまたのレポーター達を突き飛ばし、
こけつまろびつ、「タカシィ~~」と、こちらも、高音領域の絶叫を発しつつ、我が子のもとへ、突進したのであります。
その間、数秒、オリンピック金メダルものかも?
刑事たちのど真ん中に、立ちはだかります。
「うちのタカシを、どうしようというの。ワ、ワ、ワタシ、ユルシマセン!!」
タカシを、ムンズと抱きかかえ、ハンニャの形相で、にらみつける様に。一同、絶句。
「お、落ち着いてください。保護者の方ですか?私はこういう者です」
と警察手帳を、怒り狂ったママの目の前に提示しました。
やや、老眼のかかったママは、首をグイとひいて、一応確認します。
「それで、一体、タカシが、何をしたと言うのです」
「お母さんですね。実は、センター入試問題の漏洩の件で、お宅のタカシ君に、事情を聞きたいと思いまして、帰られるのを待っておりました所、
ちょうど、タカシ君が、帰ってこられた様で、ちょっと署まで、と思い、いえいえ、保護者の方にも、了解していただいて、ご一緒で、ハイハイ、
お母さん、解りますか?」
ママは、まだ頭は混乱状態で、いまいちですが、ここは、一発言ってやらなければ、ナメられてはいけない。
「お母さんお母さんと馴れ馴れしくお呼びになっていますけど、ワタクシ、貴方のお母さんではありません!」
「エッ、あ、あぁ……失礼致しました。エート、エート、ちょっとお待ちを……」
ごそごそ、ばっちい手帳をつばをつけながら、頁をめくります。
やっとの事で、ママの名前を探し出します。
「あっ、失礼致しました。カタダ タタ…失礼、カ タ ダ タ カ コ さん、でしたね」
ママは、まいったかと言う様な顔をして「フン」と言いましたが、次に何を言えば……とオタオタしているちょうどその時、
やっと、パパが、ハァハァ言いながら、会社から早退して駆けつけてきてくれました。
「ママ、タカシ、大丈夫か?パパが帰ってきたからには、何があっても、もう心配はいらん。
まぁ、こんな所で、立ち話もなんですから、家の方へ、別にタイホ状が出ているわけでもないんでしょ。
走ってきたので、のども渇いたし……
話せばわかる単なる誤解ですよ。なぁ、タカシ」
パパは、タカシの顔を覗き込んで、一瞬、自信がグラッっと傾きましたが、きっと、突然の事で、
頭の中が、真っ白になっているだけだろうと考える事にしました。
なんとか、自宅応接間に、刑事達を引っぱり込み、センター試験問題の漏洩のてん末を、詳しく刑事から聞いたパパとママは、
「ああ、やれやれ、やっぱり、人間違いだ」と確信し、お互い、目と目をあわせ、にっこり微笑むのであります。
が、タカシは、キョトキョトしているし、カナは、タカシをジーッと見つめているし、
この雰囲気に、いち早く、気づいた刑事の一人は、タカシに質問を始めた。
「ネット上にセンターの予想問題を書き込んだのは、君かね?」
「ハイ」
ママと、パパは、「エーーーーーーッ!」
「タカシィーーーーーーーー!!!!!!!」
この時点で、ママとパパの頭から、理性の灯は消し飛んだのであります。
唯一人、カナだけは、理性の炎を燃やし続けました。
「刑事さん、聞いて。私は妹のカナです。お兄ちゃんは気が小さくて、その上弱い。今は、3才児位の反応しかできません。
ママとパパは何も知りません。今は、パニック状態で、論外です。
今、この状況下で、冷静にお話できるのは、カナ一人です。カナは、小学5年生で、11歳です。
でも、自分で言うのも何ですが、とーっても、とーってもかしこい子です。
ここまで、よろしいかしら。
私が、ずっとおにいちゃんを観察してきた事を、言いますと、お兄ちゃんは、一浪ですが、全く、ぜーんぜん勉強してなくって、
パソコン中毒にかかっていました。でも、ママとパパを、うまく、まるめ込む位の知恵はあります。
でも、センターが、迫った一週間前になって、やっと現実に目覚めたのよ。そして、グーグルに、SOSを、やったようです。
そうすると、誰かのサイトに行きついて、センターの予想問題を作ってやるからって、言われたらしい。
ただ、今までのセンターの問題をスキャンしろと言われたらしく、問題集を一枚一枚バラして、パパのスキャナーで、とり込んで、送ったらしいの。
そしたら、少し経って、予想問題が、パァーと出てきたの。お兄ちゃん、喜んでたわ。
カナもうれしかった。ところがね、答がなかったの。お兄ちゃん、勉強してないから、解けるはずがない
それでよ、ネットに、SOS出して、問題解いてくれって書き込みしまくったの。
たーだ、きっと、お兄ちゃんも、それが本物だとは、アンマリ思ってたわけじゃないでしょ。
そうでなきゃ、ネット中に書きこみまくったりするわけないでしょ。
二階のお兄ちゃんのお部屋に行ってみて、カナの言った通りだってわかるはず。
カナのお家は、ローンだって残っているし、パパのお給料だって、しれているんだって。
こんなビンボーな家の子が、センター問題をヤミで買えるわけないでしょ。
刑事さん達、探すところを間違えてんのよ。お兄タンは、アホな被害者よ、わかった?
じゃ、今からカナの後についてきてね」
一同、ゾロゾロとカナの後に続きます。
まず、刑事さん達、パパ、ママ、そして、お兄タン。
そのものすごい、惨状に、皆、呆然とします。
だって、センターのバラバラにされた過去問と、印刷されたプリント、スナック菓子の袋と、カップラーメンの食べカス、コップ、
それに、敷きっぱなしのフトン、デスクトップ型のパソコン、スキャナー、印刷機、本棚には、マンガの本と、パソコンの本、
そして、お勉強の本が少しばかり。
この後、タカシのこの一年の全実態が明らかとなり、白日の下にさらされます。
予備校に行っていたのは、ほんの1ヶ月半位、昼ゴハン代を、せっせと貯めて、パソ代へ、
そのうち、模擬試験代と偽って、お金をもらい、ママのサイフから、小銭をかすめ、それでも足りなくなると、カナに拝み倒して借金。
毎月出かけていたのは、ネットカフェと、パソコン専門店と、本屋、町の図書館でのアニメ鑑賞、それと空き缶を集めて、小遣いに。
勉強の方は、高三の時よりも、もっとアホになっていた様です。
「タカシィーーーーーッ!」ママの絶叫が響き渡ります。
「ええ、その後、いろいろあったわ。でも、カナの言う事、90%信じてもらえて、タカシお兄タン、何とか、無罪放免。
たーだ、お兄タンの言う、ネットエンジェルが、影も形もないんだもの。未だに、皆、しっくりこないみたい。
お兄タンは、毎日、ネットエンジェルがどうとか、こうとか、ブツブツ言ってるわ。パパとママは、毎日責任のなすりあい。
時々、エスカレートして、ののしりあいになって、行きつく所まで行く、とママは泣きわめき、パパは怒鳴りまくって、自分の部屋にこもってしまう。
カナ、本当に、たまらないわ。ネットエンジェルって、どこにいるのよ。全責任は、あんたにあるのよ……」
<第二話へ、つづく>
※この読み物はフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切何の関係もありません。
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