コラム

硫化水素で自殺するための情報をネット上から削除するべきか否か?


警察がついにネット上における硫化水素自殺方法を見つけ次第、削除依頼する方針を固めたわけですが、実際にはどうなっているのでしょうか?

また、硫化水素自殺をやたら宣伝し続けたマスコミに責任はなく、ネットのみに責任があるのでしょうか?

代表的な例として、2ちゃんねるとウェブ魚拓がどのような対応をしているのか、そして現時点で検索結果のトップに出てくるWikipediaで行われている激論、そして本当は一体どうするべきなのかを見てみましょう。
まず、これが警察による今後のネット上における削除依頼方針です。

(PDFファイル)硫化水素ガスの製造を誘引する情報の取扱いについて

硫化水素ガスの製造を誘引したと判断されるためには、硫化水素ガスの製造方法に係る情報に加えて、
○ 製造を誘引する(簡単に作れる等)
○ 利用を誘引する(簡単・確実に死ねる等)
と認められることが必要となる。
なお、化学式等の記述のみであるなど学術目的であると判断されるものは該当しない。

というわけで、2ちゃんねるの場合はこれらの削除依頼に対してどのように対応する予定なのか?現時点では以下のような方針だそうです。

mental:メンヘルサロン[スレッド削除]
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/saku/1185932089/213

☆ 硫化水素自殺のスレは管理人から「法律に触れないので
削除要請されても放置して良い」との裁定をいただいています。

ということなので、削除してくれという依頼があっても基本的には法律に触れないため、「無視」する方針。

次はウェブ魚拓の場合です。以下のページに沖縄県警察本部生活安全部生活保安課サイバー犯罪対策係担当者からの削除依頼メールが公開されています。


【沖縄県警です】硫化水素ガスの製造を誘引するおそれのある情報の削除について(依頼)

これに対しウェブ魚拓側はこのような対応で対処したようです。

沖縄県警察本部生活安全部生活保安課サイバー犯罪対策係
○○様

お世話になります。
ウェブ魚拓を担当している○○と申します。

弊社はこれまで児童ポルノ関連や旧被差別部落関連において
たびたび政府関係機関から要請を受けて削除を行ってきました。
しかし、この件につきましては現時点では要請を受け入れることはできません。

理由は下記の2点です。

(1) 表現の自由に反する

特定の相手に犯罪を教唆する行為は犯罪ですが
不特定多数に犯罪の方法を示すのはそうではありません。
「包丁を使えば人の腹を刺すこともできる」とか「ライターと石油と新聞紙があれば放火できる」
と言っているのと大差ありません。

上記のような例は「有害」な情報ではありますが
日本人にはそれを表現する自由があります。

要請して頂いたような単に「自殺する方法」である有害情報を全て消して世の中が「きれい」になって
それでも自殺が減らなかった場合はどうなるのでしょうか。
今グレーゾーンとされている領域が全部消えてなくなったら、今ホワイトとされているものがグレー扱いされるのではないですか。
今度はテレビ局に「ドラマ等で自殺を肯定的に扱わないように」とか出版界や映画界に「自殺を扱う内容は自粛せよ」と言うのが容易に想像できます。
「自殺が肯定的に表現される芸術作品等」は江戸時代の人形浄瑠璃などでも知られる、よくあるテーマの一つに過ぎません。

添付資料にあった削除要件の
> 製造を誘因する
> 利用を誘因する
といった基準には、法的に十分な根拠がありません。
こういった恣意的な基準で「有害」と規定して排除する態度を警察が取るのであれば
上記の話もあながち夢物語とは言えないでしょう。

(2) 自殺が減るとは考えにくい

人は情報があるから自殺するのではなく、その人その人の事情によって自殺していると考えられます。
極端な話、物心ついた日本人なら誰でも首吊りの方法を知っているのですから。

警察は、「今流行っている硫化水素による自殺を減らす」という目的を達成するためか
あるいは取り組んでいるポーズを単に示すために
このような安易なことを考えたのだと思いますが
場当たり的な方法は社会に悪影響を及ぼすでしょう。
警察の対応を憂慮しています。

よろしくお願いいたします。

主な理由としては「表現の自由」をあげており、やはり削除依頼は拒否しています。

そしてWikipediaにはそのものずばりの「硫化水素」という項目があり、ここのノートで大激論が繰り広げられています。中でも、「悪用可能な情報の取り扱いについて(Nature, Scienceの例など)」の部分は非常に参考になる情報がまとめられています。

詳しい内容は上記リンク先に預けますが、信頼でき再現性のある実験データであることを証明するためには、科学者が詳細な実験方法を論文に提示する必要があるのに、そういった情報がテロリスト等に悪用されかねないという状況、また一方で、それらの危険な病原体に関する研究はバイオテロそのものでなく、バイオテロからの防御にも重要な知見を得るものとして必要になる、という複雑な状況の中で、科学者たちは大きなジレンマを抱えているのが現状なわけです。

こういった時代背景から、2003年初頭にはアメリカ科学アカデミーが、ネイチャーやサイエンスを初めとする主要な科学雑誌の編集者と協同で、声明を出しました(Natureの記事およびScience誌のサマリ。具体的な内容の邦訳については、上述の講義を参照)。かいつまんで言うと、

(1)悪用も可能な科学情報について、それを学術論文に掲載しなければならない必要性を社会に説明し、

(2)その一方で、公開するデメリットだけが極端に大きい項目については、論文査読の過程で採択を却下することで対処することを表明する、という内容のものでした。

この声明は、科学者にとっては結構なインパクトのある声明だったので、(少なくともNatureやScienceを通読するような分野の)科学者だったら小耳に挟んだことくらいはあるものだと思うんですが、まぁその頃にまだ研究者でなかった人なら、知らなくても無理はないのかな、と思わなくもないです。

この際の概要は以下のページにて解説されています。

日本獣医学会 人獣共通感染症(第142回)

我々は、バイオテロの観点から公表された情報の乱用に法的な関心が寄せられることを認識しているが、まったく同じ領域の研究が社会防衛にきわめて重要であることも認識している。我々は発表された論文が引き起こすかもしれない安全・保障の問題に責任をもって対応することになる。

時により編集者が、発表の危険性が科学的恩恵を上回ると結論することもある。このような場合、論文は書き直しが要求されたり、または拒否されることもある。科学情報はセミナー、講演会、ホームページなどでも伝えられる。雑誌および科学界は、研究者が研究結果を公衆の恩恵を最大にし乱用の危険性を最小限に抑えるのに重要な役割を担っている。

つまり、情報の公開によって、メリットよりもデメリットが上回ることが明らかであれば掲載はしない方針である、というわけ。

問題はこの「メリットよりもデメリットが上回ること」という点であり、当然ながら独断と偏見による思いこみではなく、客観的な調査による明確な数値で示し、その結果で判断するべきでしょう。

また、あくまでも推測ですが、硫化水素による自殺が増えた原因はテレビや新聞による報道の結果であり、以下のような流れが発生していると考えられます。

・第1段階「新しい自殺手段の存在を宣伝する」
テレビや新聞が硫化水素自殺を報道する際、「自殺方法はネットで検索した」「ネットで調べればすぐにわかる」というような表現を多用する

・第2段階「自殺方法の詳細」
自殺方法に興味のある人間(自殺志願者)がネットで検索するなどして調べる

・第3段階「自殺を決行する」
テレビや新聞で言われていた方法をネットで調べ、知り、自殺する

・第4段階「自殺ループの発生」
テレビや新聞が再度、「自殺方法はネットで検索した」「ネットで調べればすぐにわかる」というような表現を多用して興味本位の報道を行い、さらに第1段階から繰り返される

つまり、新しい自殺手段が入手可能であることを大々的に宣伝しているにもかかわらず、自殺を考慮中の人が視聴者や読者に多数いることを前提とした報道がなされていないのが問題というわけ。

そのため、「「自殺を予防する自殺事例報道のあり方について」のWHO勧告」では以下のように示されています。

1)やるべきこと
・自殺に代わる手段(alternative)を強調する。
・ヘルプラインや地域の支援機関を紹介する。
・自殺が未遂に終わった場合の身体的ダメージ(脳障害、麻痺等)について記述する。

2)避けるべきこと
・写真や遺書を公表しない。
・使用された自殺手段の詳細を報道しない。
・自殺の理由を単純化して報道しない。
・自殺の美化やセンセーショナルな報道を避ける。
・宗教的、文化的固定観念を用いて報道しない。

これらのことに気をつけて報道した結果、事例が古いのですが、1984年~1987年のオーストリアのウィーンでは半年間で80%も自殺が減少したとのこと。日本では「自殺を予防するような報道」というのがほとんど皆無であるため、例えば「自殺予防総合対策センター」のことを最後に付け加えるだけでも、かなりの効果が見込めるかもしれません。このことは内閣府の自殺対策ホームページでも指摘されており、世論調査の結果も以下のように公表されています。

4.マスコミへの自主的な取組への期待について

(1)報道への取組の期待
 新聞やテレビなどマスコミが自殺について報道する場合,報道の仕方によっては自殺予防に効果があるといわれています。特に,どのような報道が自殺予防に効果があると思うか聞いたところ,「悩み事の相談先に関する情報を提供する」を挙げた者の割合が52.3%と最も高く,以下「問題を抱えたときの解決方法について報道する」(46.7%),「自殺方法を詳しく報道しない」(37.6%),「自殺のサインや対応方法に関する情報を提供する」(35.8%)などの順となっている。(3つまでの複数回答,上位4項目)

なお、上記のWHO勧告について記載しているライフリンクの代表者がこれら一連の硫化水素自殺報道に関して、当然ながら自身のブログで苦言を呈しており、さらに具体的な対策も示しています。

ライフリンク代表日記:「坑道のカナリア」の声を聞け ~「硫化水素自殺」報道に思うこと~

考えられるのは、緊急避難的な対策と根本的な問題に迫るための長期的な対策だろう。

緊急避難的な対策については、大きく2点。
ひとつは、報道の仕方をあらためること。WHOの「自殺報道ガイドライン」を参考にして、自殺対策に資するような報道に変えていくことである。

もうひとつは、ネットでの対策。「自殺」「硫化水素」と検索したときに、相談窓口のHPが先に検索されるような仕掛けにすること。加えて、2ちゃんや自殺掲示板などに、相談窓口のHPアドレスをカウンター的に打ち込んでいくこと。そうやって、自殺の方向に向かう情報ばかりが集まっている状態を、生きる方向に向かう情報を増やしていくことで「中和」させるべきだろう。

また長期的な対策も、2点。
ひとつは、教育の中で「悩みを打ち明ける訓練」「死にたいという気持ちになったときそれを伝える訓練」をすること。
自殺予防教育というと、すぐに「命の大切さを教えよう」ということになりがちなのだが、子どもたちだって「命が大切なこと」くらいはすでに分かっているわけで、問題はその「大切な命」を守れなくなってきたときに助けを求める方法を教えてあげることなのだと私は思う。

またもうひとつは、「生きるに値する魅力的な社会にしていく」ということだ。そのためにも、社会がもっと「死から学ぶ」ための仕組みを整えるべきだろう。当事者の声が施策に反映されるような仕組みを作っていく必要があるのだと思う。

つまり、「臭いものに蓋をする」ことが重要なのではない、というわけ。

実際、硫化水素自殺ばかり報道されていますが、日本では年間約3万人が自殺しており、平均して毎日約90人ほどが自殺しているという計算になります。

このことは警察庁生活安全局地域課がまとめたデータが存在しており、「(PDFファイル)平成18年中における自殺の概要資料[PDF]」によると、以下のようになっています。

・平成18年中における自殺者の総数:
32,155人(前年比397人減少)

・自殺者の性別:
男性が22,813人で全体の70.9%

・自殺者の年齢:
「60歳以上」(11,120人、34.6%)
「50歳代」(7,246人、22.5%)
「40歳代」(5,008人、15.6%)
「30歳代」(4,497人、14.0%)

・自殺者の職業:
「無職者」(15,412人、47.9%)
「被雇用者」(8,163人、25.4%)
「自営者」(3,567人、11.1%)
「主婦・主夫」(2,658人、8.3%)

・自殺者の原因・動機別状況(遺書ありのみの場合):
「健康問題」(4,341人、41.5%)
「経済・生活問題」(3,010人、28.8%)
「家庭問題」(1,043人、10.0%)
「勤務問題」(709人、6.8%)

最後に、自殺する前に相談できる連絡先やその前に見ておいた方がいいページは以下の通りです。

硫化水素自殺を考えているあなたへ

日本いのちの電話連盟 - 全国いのちの電話

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in コラム, Posted by darkhorse

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