航空機の「ブラックボックス」は事故の原因をどうやって解明するのか?
多くの乗客を乗せて飛ぶ旅客機には、ほぼ例外なく機体の操作や実際の動きを記録するブラックボックスが搭載されています。ブラックボックスは機体の状態を常に記録しており、万が一の事故が起こった場合にもそれ以前の機体がどのような状況だったのかを知ることができるようになっているのですが、その実際の様子を解説したムービーが公開されています。
Airplane black boxes, explained - YouTube
2001年11月12日、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港(JFK空港)を離陸した直後のアメリカン航空587便(エアバスA200型機)がニューヨーク郊外のクイーンズ地区に墜落するアメリカン航空587便墜落事故が発生しました。
この事故は、ニューヨークの貿易センタービルに2機の旅客機が激突した「世界同時多発テロ」のわずか2か月後に発生したことから、「また航空機テロ事件が起こったのか」とアメリカ国内を騒然とさせました。
事故後、墜落機から外れた垂直尾翼が海中から発見されたのですが、このことが事故の原因を突き止める大きなヒントになりました。
空港を離陸したアメリカン航空587便は左に旋回し、高度を上げるところでしたが、その途中に機体のコントロールを失い、クイーンズ地区の住宅地に墜落。しかし、垂直尾翼はその手前にあるジャマイカ湾に落下していたことから、機体と垂直尾翼は地面に激突する前に分離していたことが疑われました。
なお、この事故で乗員乗客260人が全員死亡したほか、墜落現場の住民5人が事故に巻き込まれて死亡し、1人が怪我を負いました。
事故後、原因を解明するためにアメリカ国家運輸安全委員会(NTSB)による調査が行われ、報告書がまとめられています。
その中で大きな役割を果たしたのが、ブラックボックスに収められていた数々のデータでした。
これが航空機に搭載されている「ブラックボックス」の一例。大きく分けて2つの機材で構成され、その名前とはうらはらに実際には鮮やかなオレンジ色に塗られていますが、これは事故発生時のことを考えて、現場で発見しやすい色が選ばれているため。ブラックボックスという名称は、厳密に保護・封印されて外部からアクセスがほとんどできない状態から名付けられたものといわれています。
ブラックボックスが運用されるようになったきっかけは、イギリスのデ・ハビランド社が製造した「世界初のジェット旅客機」であるDH.106 コメットが起こした墜落事故でした。コメットは、運用開始から2年の間に連続5件もの空中分解による墜落事故を起こし、非常に大きな衝撃を航空業界に与えました。
この連続墜落事故は、当時はまだあまり考慮されていなかった「金属疲労」が原因となって引き起こされたものでした。そして調査の中で、事故発生時にどのような操作や行動がとられ、機体がどのように動いたのかなどを記録する装置の必要性が唱えられるようになりました。
その結果、フライト時のさまざまな状況を記録する「ブラックボックス」が開発されるに至りました。
ブラックボックスも年代とともにさまざまな進化を繰り返しています。初期のフライトレコーダーは、金属製の薄い帯状のシートに、複数の情報を書き込むものだったとのこと。
そして次に登場したのが、磁気テープを用いた記録方式。
そして現在の主流は、半導体メモリを用いたデータ保存方式。
ブラックボックスは「コクピットボイスレコーダー(CVR)」と「フライトデータレコーダー(FDR)」によって構成されています。
このうち、コクピットボイスレコーダーは機内の主な音声を記録する装置。現在広く使われているCVRは、事故発生時から2時間前までの音声を記録することが可能です。
このレコーダーは、2人のパイロットが話す内容と、コクピット室内の音声などを4つのチャンネルに記録するもので、後から個別に再生することで事態の把握ができるようになっています。
アメリカン航空587便で記録されていたコクピット内部の会話には、事故の直前に「少し乱気流が?」と機長が話している様子が残されています。
この乱気流は、アメリカン航空587便の直前に離陸した日本航空47便(JFK発・成田行き)によって起こされた後方乱気流と呼ばれるものでした。47便は大型機のボーイング747「ジャンボ」だったこと、そして離陸速度で速度が低かっため、発生した後方乱気流も大きなものとなっていました。しかし、前を行く航空機が巻き起こした後方乱気流に遭遇することはそれほど珍しいことではありません。
そこで、機体各部の状態を記録する「フライトデータレコーダー」で得られた情報に注目が集まりました。
墜落機に搭載されていたフライトデータレコーダーは、機体の姿勢や機器の状態など、88種類におよぶ過去25時間分のデータを記録するよう設計されていました。
事故調査委員会はこれらのデータをもとに、事故発生時の機体の操作や動きをコンピューターで再現することで、機体に何が起こったのかを突き止めます。
そして得られたデータの一部がこれ。JFK空港を離陸してから墜落するまでのデータが表示されているのですが、事故発生直前の10秒間に、通常にはない操作が行われていたことが判明します。
特に注目すべきデータが、黄色く示された「ラダー(方向舵)」の操作。これは副操縦士によって操作されたものですが、事故直前には左右に大きく動かされていることがわかります。
これは、後方乱気流に遭遇して姿勢を乱した機体を元に戻そうとして操作されたものでしたが、逆にこの操作が原因で垂直尾翼に大きな負荷がかかり、耐えきれなくなったことで根元から折れて脱落してしまいました。そしてこれが原因で、アメリカン航空587便はコントロールを失って墜落してしまったというわけです。
このようにしてアメリカン航空587便の墜落原因は、状況証拠とブラックボックスのデータによって明らかにされました。これがもし、ブラックボックスなしで機体の残骸だけを手がかりに調査を行わないといけないとすると、原因究明は比較にならないほど困難なものであったことは想像に難くありません。
ブラックボックスは通常、機体後方の垂直尾翼の付け根あたりに搭載されています。これは、実際の事故の際に直接のダメージを受ける確率が低いことと、機首から衝突した際に衝撃が機体で吸収され、後方にあるブラックボックスにはより少ない衝撃が加わるためです。
ブラックボックスの本体はチタンなどの丈夫な金属で作られています。また、衝撃と事故の際に発生する火災などからメモリ素子を保護するために、衝撃吸収と断熱が可能な素材によって守られています。
このようにいくつもの対策が講じられることで、事故の際にも多くの現場でブラックボックスが発見され、事故の原因が解明されるに至っているというわけです。
また、ブラックボックスには事故が発生した際に自動的に探索用の電波信号や音波信号を発信する機構も備わっています。探索の際には、この信号を感知する受信機を使うことで、海上に墜落した際にも海の底に沈んだブラックボックスを発見できるような工夫が取り入れられています。
しかしそれでも、2014年3月に発生したマレーシア航空370便墜落事故のように、電波の探索が難しい深海にブラックボックスが落ちていった場合や、本体のバッテリーを使い切ってしまった場合には、発見と引きあげが難しくなってしまいます。そのため現在では、ブラックボックスに保存されるデータを人工衛星を通じて地上へと常に送信して保存するという方法が唱えられています。
とはいえ、この方法だと「常に地上から機体の位置が補足される」ことにより、例えばプライベートジェットなどの場合にプライバシーが損なわれるという反対意見も唱えられています。事故時の対応を優先するのか、それとも個人の秘密が優先されるべきなのかは今後も終わることのない議論の的になるとみられています。
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