航空機用ジェットエンジンの新しい潮流「ギヤードターボファン」の30年に及ぶ開発と今後の展望
By PW1000G
2015年が終わるまであと数か月を残すのみとなりましたが、旅客機の世界ではその数か月の間に従来にはなかった新しい機構を備えたジェットエンジン「ギヤードターボファンエンジン(GTFエンジン)」を積んだ機体の初就航が予定されています。高い燃費効率と環境性を備えたGTFエンジンは従来のジェットエンジンをベースに新たな機構を組み込んだエンジンですが、その開発には30年という長い年月が費やされており、今後のジェットエンジンのあり方に変化を与える可能性をも備えていると考えられています。
Pratt’s PurePower GTF: Jet Engine Innovation Took Almost 30 Years - Bloomberg Business
http://www.bloomberg.com/news/articles/2015-10-15/pratt-s-purepower-gtf-jet-engine-innovation-took-almost-30-years
◆ギヤードターボファンエンジン(GTFエンジン)とは?
航空機用ジェットエンジンを製造するプラット・アンド・ホイットニー(P&W社)が開発してきたギヤードターボファンエンジン「PW1000G」は、従来のジェットエンジンが避けられなかった妥協点を解消することで、従来にはなかった次元で高効率性を実現したエンジンです。P&Wが公表している数値では、現時点で最高の性能を持つジェットエンジンに比べて燃料消費量が16%削減され、地上におけるエンジン騒音は実に75%も少なくなるという高い性能が備わっているとされています。
PW1000G型エンジンは乗客数100名~200名程度の単通路機・ナローボディ機にマッチした性能を備えており、エアバス・A320型機やボンバルディア・Cシリーズ、エンブラエル・E-Jet、イルクート MS-21、そして40年ぶりの国産機として注目が集まる三菱・MRJなどの機体に採用されることが決定しています。2014年にはこのエンジンを搭載したエアバス・A320neoが初飛行を行っており、その後の型式証明などの手順を経て初就航への道のりを歩んできています。
A320neo Completes First Flight | Commercial Aviation content from Aviation Week
http://aviationweek.com/commercial-aviation/a320neo-completes-first-flight
GTFエンジンの騒音の低さを示したムービーがこちら。空港を離陸する際に発生する従来型ジェットエンジンとGTFエンジンの騒音が交互に再生されるのですが、このムービーを聞く限りは明らかに騒音が軽減されている様子がわかります。特に、航空機が頭上を通過する「Overhead」以降では轟音のような低周波の音が大幅にカットされており、従来とは大きく異なるエンジン音の様子を垣間見ることができます。
PurePower® Engine: You Have to Hear It to Believe It - YouTube
GTFエンジンが克服した「妥協点」は、ジェットエンジンに備わっていた仕組みに起因するものでした。特に、ジェットエンジンの中でも現在の主流となっているターボファンエンジンはその仕組み上、妥協から逃れられないという性質を備えていました。
◆逃れられなかった「妥協点」
燃料を燃焼させ、高速の燃焼ガスを噴射することで推力を得るという本来の「ジェットエンジン」とは異なり、ターボファンエンジンは本体前方に備えた大きなファンを回転させることで空気を押し出し、機体を進める推進力としています。最新型のターボファンエンジンではこのファンによる空気流量が大きくなっており、ボーイング787に搭載される「トレント1000」エンジンは、燃焼ガスの11倍もの空気を後方へ排出する「高バイパス比」を実現し、高効率化と低騒音を実現しています。
Trentシリーズターボファンエンジン | 旅客機用ターボファンエンジン | 川崎重工 ガスタービンビジネスセンター
高い効率を実現するターボファンエンジンでしたが、実はその仕組み上、ある妥協点から逃れられないという弱点が存在しています。ターボファンエンジンでは、ジェット燃料の燃焼により発生した高温高圧のガスをタービンに吹き付けることでエンジンの軸を回転させ、同じ軸の上に搭載したファンを回転させて推力を生みだしているのですが、この「タービン」と「ファン」が最も効率よく作動する回転数が両者で全く異なります。そのため、タービンの効率を追求するとファンの回転が速くなりすぎてしまい、逆にファンの効率を求めると、タービンの効率が低下するというジレンマが存在しているのです。
By Duesentrieb
このジレンマを解消するべく開発されたのが、タービンとファンが最も効率よく作動できる機構を備えるGTFエンジンというわけです。GTFエンジンは以下の写真ような遊星ギヤを軸上に備えており、軸の回転速度を減速してファンに伝えることで従来の妥協点を解消する仕組みを備えています。
By PW1000G
GTFエンジンの構想そのものは1980年代から存在していましたが、その実現には実に30年という長い月日と多くの人員、予算がつぎ込まれました。P&Wでは、グループ企業を横断して数百名に及ぶ人材と100億ドル(約1兆円)を超える資金を投入することで、航空各社が求める性能、そして安全性と耐久性を実現すべく開発が進められてきました。同社のテクノロジー・環境担当副社長のアラン・エプスタイン氏は「これはシリコンバレー型イノベーションの対極と言えるものです。シリコンバレーの住人が持っている集中力は3年程度ですからね」と、全く異なるスパンで物事が進められてきた様子を語っています。
◆30年に及ぶ開発と今後の展望
P&WのGTFエンジンが初めて形になり始めたのは、1988年ごろのことだったといいます。先述のように、大きなファンを低速で回転させることで効率よく推力を生むことができるGTFエンジンの実現には、それまでにない特殊な機構を組み込むことが必要でした。開発を担当していた、当時28歳のマイケル・マキューン氏が狙いを定めていた解決法は、プロペラ機で用いられている「ターボプロップ」が持つ機構でした。
ジェットエンジンが作りだした回転力をギヤを通じてプロペラに伝えるという点においては、ターボプロップもGTFエンジンも同じ考え方であり、すでに実用化されていたターボプロップの機構に狙いを定めたことは当然の流れといえます。しかし、ここで大きく立ちはだかったのが、ターボプロップとは大きく異なるギヤの大きさと重量という課題だったとのこと。
By M0tty
GTFエンジンに必要なギヤは口径が50cmにも及び、その重量も100kgを大きく超えるものとなり、このクラスになると剛性や耐久性を実現するために求められる技術は非常に高くなります。耐久性を高めるために、単に合金の配合比を変えるだけでは重量が増加して求める性能を実現できなくなります。そこでマキューン氏らのチームでは、ファン側に取り付けるギヤを強固に固定する一方で、タービン・軸側のギヤに一定の「遊び」を持たせることで、所定の性能を実現することに成功したそうです。
この他にもP&Wでは、親会社であるユナイテッド・テクノロジーズの傘下にあるヘリコプター製造メーカー・シコルスキー・エアクラフトからタービンエンジン技術を、兄弟企業のプラット・アンド・ホイットニー・カナダや、創業100年を超える老舗のベアリングメーカー・ティムケンからはベアリング技術の供給を受け、さらにNASAの協力で風洞設備で実験を行うなど各方面の協力の下でGTFエンジンの開発を進めてきたといいます。
By Cal Poly Space Systems
このような長期間プロジェクトを許してきたとみられるP&Wですが、それでもやはり経営陣からの厳しい目が向けられていたとのこと。エプスタイン氏は「時には多くの資金を使ってしまうこともありました。プロジェクトに資金を投じていることを悟られないために、マキューンを目立たないように隠しつつ、カーテンの裏から食事を差し入れるようにこっそりと資金を与えていたこともありました」と当時のことを冗談を交えて振り返っています。
2008年にはテスト用のプロトタイプが完成します。開発チームはそんなプロトタイプを次から次へとテストで壊しまくり、問題点の洗い出しと性能・安全性の実現のための実験を繰り返しました。航空産業のコンサルタント企業・AirInsightのアーネスト・アルヴァイ氏は「間違った第一歩も多くありましたが、彼らの頭の中にはちゃんと機能するコンセプトが存在していました。私は彼らが成し遂げた研究とその成果に驚いています。彼らはみな、勝者です」と賛辞を送っています。
By PW1000G
エプスタイン氏は常にマキューン氏の仕事に信頼を寄せてきており、実に66件というマキューン氏名義の技術特許の数がその結果を証明しています。エプスタイン氏は「マイクは、誰もが不可能だと考えた仕事をやってのけました」とこちらも賛辞を送っています。
このように高い技術力で難題をクリアしたGTFエンジンですが、一方でBloomberg Intelligenceのシニア・アナリストであるジョージ・ファーガソン氏は、より大きなサイズのワイドボディ機への搭載の可能性を見逃してしまった点を問題点として挙げています。また、ボーイングの次世代ナローボディ機、737 Maxに対応していない点も問題と語ります。737系の機体は同クラスの機体に比べて翼の取り付け位置が低いため、比較的口径が大きいPW1000Gだと地面との干渉などの問題が生じてしまうため、搭載できないとのこと。
それでもなお、PW1000Gはエアバス・A320neoでのエンジン採用率がゼネラル・エレクトリックの54%に対して46%と肩を並べており、さらにボンバルディア、エンブラエル、そして三菱MRJなどの機体で独占的に採用されるエンジンになるなどの成果を挙げています。航空機エンジンのシェア競争は10年にも及ぶスパンで変化を起こし続けます。今後の展望についてユナイテッド・テクノロジーズのグレゴリー・ヘイズCEOが「長期的な視点です。我々は現在の立ち位置に良い印象を持っています」と2015年初頭に語っていたことからも、P&Wが市場に投入したGTFエンジンの今後の展開がどのようになるのか、興味深いところです。
By 三菱重工業株式会社
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