取材

「百日紅~Miss HOKUSAI~」先行上映会&原恵一監督トークイベントinマチ★アソビvol.14


マチ★アソビ vol.14にて、5月9日(土)から公開される映画「百日紅~Miss HOKUSAI~」の先行上映会が実施されました。上映会後には原恵一監督のトークイベントが開催され、お客さんからの質問や写真撮影に原監督が快く応じる一幕もありました。

映画『百日紅~Miss HOKUSAI~』公式サイト
http://sarusuberi-movie.com/index.html

百日紅 ~Miss HOKUSAI~(@sarusuberi_mov)さん | Twitter
https://twitter.com/sarusuberi_mov

先行上映会&トークイベントの会場となったのはufotable Cinemaのシアター1。座席はすべて埋まり、立ち見も出るほど多くの人が詰めかけました。


約15分間のメイキングムービーに引き続いて「百日紅~Miss HOKUSAI~」本編の上映が行われ、上映後に原監督が登場してトークショーが始まりました。


東京テアトル 木村(以下、木村):
本編を見終わったばかりのお客様を前にトークをするのは初めてですよね?東京での試写会は上映前のトークでしたが、今日は本当に自由にお話をしていただいて、後ほどみなさんの感想や質問があれば答えていただきたいと思っています。


原恵一監督(以下、原):
よろしくお願いします。

木村:
メイキングも上映されたので、お客様は監督のお話もある程度頭に入っているとは思うんですけれども、まず作品の成り立ちというか、アニメを作ることになったきっかけを教えていただけますか?

原:
いろいろなタイミングや縁が重なって作れることになった作品です。以前に「カラフル」という作品を作った後、仕事がなくて困っていたときに、昔からの知り合いであるProduction I.Gの石川社長に会くことになり、杉浦さんの作品を持って行って「こんな作品が作れたらいいんだけど」という話をしました。すると石川さんが「実はうちで杉浦さんの『百日紅』の企画を動かしたことがあるよ。結局実現しなかったんだけれど」という話をされて、次に会いに行ったらもういきなり「原さん、『百日紅』やらない?これくらいの予算で90分以内ならうちで作るけど、どうしますか」と聞かれて……「是非やらせてください」と答えて、ものの3分で企画が決まりました。オーナー社長の会社はすごいな、と(笑)


木村:
I.Gの石川社長とは昔からのお付き合いなんですね?

原:
I.Gさんは「エスパー魔美」という作品のテレビシリーズのうち月1本をグロスで作ってくれていて、石川さんとはそこからの付き合いですね。

木村:
「百日紅」をアニメ化する前に杉浦さんのご遺族である鈴木ご夫妻にお手紙を送られたということで、心打たれるような直筆のお手紙がメイキングムービーの最後に写っていましたが、どのような気持ちでお書きになられたんですか?

原:
杉浦さんご本人がお亡くなりになっていて、作品の権利を持っているお兄さんご夫妻に許可をもらわないといけないため、石川さんのアイデアもあって、僕なりに気持ちを込めて書きました。

木村:
鈴木さんご夫妻も相当心を打たれたとメイキングで語っておられていて、すばらしいお手紙でした。

原:
下手な字だけれど直筆で書きましたよ。

鈴木夫妻に宛てて書かれた手紙からは、「百日紅」の映像化にあたっての原監督の熱意が伝わってきます。


木村:
メイキングでもありましたけれども、原監督は杉浦さんがお好きで、ご自分でどうやっても悪い方向にしか行けないんじゃないかという思いがあったということですけれども、その辺は苦しいというか、大変でしたか?

原:
今回は「好きすぎる」というのが一番の問題だったんです。好きすぎると、オリジナルを壊しているような気がしてしまって、非常に辛い時期はありましたね。

木村:
辛い時期は無事に乗り越えられましたか?

原:
杉浦さんはもう映画を作ることができなくなってしまったわけですけれど、その杉浦さんに代わって自分が杉浦さんのいい道具になるという意識になったら、だいぶ気が楽になりました。杉浦さんの代わりに自分が作品を作っているのだという気持ちでした。


木村:
メイキングでもあったように、目が見えないお猶の手が北斎の顔に触れた瞬間に暗闇が訪れるというシーンが、漫画的なスペースの使い方が印象的で、映画の中では引きの絵でだいぶ力を入れて作られたのではないかなと思ったんですが、その辺りはいかがでしょうか。

原:
あの辺は杉浦さんの原作通りで、杉浦さんがああいった演出をしているんです。生まれつき目の見えないお猶が北斎に触れた途端に、北斎は彼女のいる全く映像のない世界を感じてしまうわけです。杉浦さんは黒ベタで表現していて、それをそのまま映像に置き換えました。

お猶が北斎に触れる場面は、原作のストーリーの中でも原監督が特に気に入っているところで、映像でどのように表現しようか悩んだシーンでもあるそうです。


木村:
次はアニメの技法的なことをお聞きします。「筆を走らせると筆に沿って絵が描かれる」という映像が新鮮に感じられたんですけれども、どのような手法が使われているのでしょうか?

原:
「筆絵作画」という専門職を立てて、日本画とか書とかをやっていたアニメーターさんに筆で絵を描いてもらいました。筆絵作画担当の方が描いた絵を元にして、別のアニメーターさんが線に沿ってずれないように筆の運びを描くんです。これは「なめだし」と呼ばれる処理方法で、筆の動きに合わせて線を画面上に出すというやり方です。


木村:
「なめだし」というのは定番の方法なんですか?

原:
定番ですよ。珍しい処理ではないですね。

木村:
絵が浮世絵だったので珍しく感じたのかもしれないです。

原:
それだったらよかったです(笑)

ここで会場のお客さんからの意見や質問などを受け付けるコーナーに移りました。


Q:
すばらしい作品をありがとうございました。本当に面白かったです。先ほどのお話にもあった暗闇のシーンの作画はメイキングを見ていてどういう演出をするのか気になっていて、映像を見ると一緒に流れる音楽が不安をかき立てるようで、北斎の心情を反映していて怖いほどでした。音楽はもちろん専門の方が作曲されるものですが、監督が原作を見ている時やコンテを切っている時に音楽のイメージが決まっているのですか?

原:
僕は絵コンテの時点で、このカットからこんな感じの音楽が入るというイメージを決めて書き込んでいます。例えば暗闇のシーンで言えば、手が触れて暗闇になった途端に転調すると考えて絵コンテに書いておいて、作曲家さんとの打ち合わせをして音を作っていきます。


Q:
僕の息子は日本橋のプレミアで見たのですが、年齢が若いのでちょっと難しかったと言っていました。僕ぐらいの世代になると、例えば吉原では女の人の入退が管理されていたり、明烏が鳴かないと扉が開かないといった江戸の風俗は、時代劇や落語で知っていたりしますが、映画で説明しすぎるときっと興ざめだし、かといって予備知識はある程度いるのだと思います。この作品はどういった年齢層を想定されていますか?

原:
今回の作品に関しては、最初から低年齢層は意識していないです。僕にとっても初めてなんですが、大人の女性が主人公なので、その年齢に近い女性に見てもらえるといいなという気持ちはありますね。時代劇だけれど、「23歳、独身、仕事持ち」というお栄という女性が、仕事に悩んだり恋に悩んだり家族関係に悩んだりする様子が、現代の女性にも共感してもらえるのではないかと思っています。

Q:
僕は世代的にドストライクだったんですが、ぜひ妻に見てもらってどういう風に感じるのか聞いてみたいと思います。

原:
ぜひ奥さんだけでなくご自身ももう一度見ていただければ(笑)


Q:
橋の上のシーンで、あれだけ映像が動いているのに音がとてもはっきり聞こえて、目の見えないお猶の聞いている音がよく表現されているように思ったが、そういうイメージで作られたのですか?

原:
そうですね。お猶にとっては耳から入る情報と、においと、触れるということくらいしか情報が得られない。車のない時代の橋の上というのは、いろんな人が行き交っていて、物売りとか棒手振り(ぼてふり)の売り声とか大八車の車輪の音を、お客さんに意識的に聞かせようと考えて演出しました。

Q:
今までの原監督の作品ではロック的な音楽が効果的に使われていて、今回の物語の舞台は江戸ですが冒頭とラスト近くのシーンでロック調のBGMが流れていました。ロック音楽を使うことへの監督のこだわりがあるのですか?

原:
絵コンテを描きながら、まずはロックでスタートさせようと思いました。お栄という女性はロックな女だと思ったし、杉浦さん自身が江戸のマンガを描きながらロックを聴いていたということなので、今回はロックもありだろうと考えました。意外性を持たせて「ただの、普通の時代劇じゃないんだぜ」という意思表示をするためにも、ロックで始めることにしました。

木村:
冒頭でかかるロックは相当なインパクトがあり、最初に見たときにまさかロックで映画が始まるとは思っていなかったので驚きました。


Q:
北斎は娘のお猶に会いに行こうとしなかった理由は、見た人それぞれに答えはあると思うが、監督が考える理由はなんでしょうか?お栄は「あいつは弱虫だから」と言っていたが、父としてはどう考えていたと監督は想定されていますか?

原:
北斎は自分本位で身勝手だと思って描いています。絵を描くことにしか興味がないぐらい絵を描きまくる人というのは、目がないとどうしようもない。劇中で説明はしていないけれど、絵描きの娘が生まれつき目が見えないということに、北斎なりに業みたいなものを感じているというつもりでした。セリフでも「あいつの目も命も自分が取ってしまったのかもしれない」と言っていますが、それくらい自分は絵描きとしての業を背負っていると感じていて、だからこそ自分の業と向き合うのが怖いんです。そのように考えて親子関係を描きました。

木村:
町中でお栄&お猶が北斎とすれ違うシーンも、光と影をクロスさせて表現してあって印象的なシーンのひとつです。

原:
実際、お栄は北斎のことを弱虫、泣き虫だと見透かしていますから。


Q:
江戸の日常風景が素晴らしかったです。また、龍が降りたり首がのびたりといった非日常のシーンも印象的でしたが、原監督自身は非日常的な体験をしたことがありますか?例えば絵を描いているときに龍が降りてきたりとか……。体験がなくても、そういうことを信じたりはしますか?

原:
僕自身はまったくといっていいほど不思議体験はしたことがないです(笑)。でも、江戸時代には人間以外の世界というのが、特に夜の闇の中とかにはいっぱい潜んでいたんじゃないか、それをみんなが信じていたんじゃないかと想像しています。杉浦さんは、なにかが「見えた」人らしいんです。「ユリイカ」という雑誌で杉浦さんを特集した号で、中沢新一さんとのロング対談の中で「子どもの時から人に見えないものが見えていた」と言っていました。そんなこともあって、杉浦さんのマンガには怪奇現象的なことがよく出てくるんじゃないかと思っています。

Q:
作品を作るにおいて、「作りやすい作品」と「作りたい作品」があると思うが、百日紅は作りやすさという観点と、作りたさという観点で言うと、どういう位置付けの作品でしょうか?

原:
杉浦さんの作品が作りたかったのは間違いないですね。でも作品が好きすぎて、自分にはまだ杉浦作品は手に負えないとずっと思っていました。今回はたまたま縁があって作れることになり、「いよいよ作ることになるのか」と思って、嬉しかった反面、ついにその時が来たという怖さもありましたね。杉浦さんの作品を壊すわけにいかないので、とにかく今回は原作至上主義で作りました。原作を知らない人にも「百日紅」という作品の素晴らしさが伝わるものにしなければいけないという使命感みたいなものはありましたね。

作りやすさでいうと、原作は独立したエピソードが連なっていて明確な終わりがないので、物語の構成が一番の問題でした。原作だとお猶は「野分」というエピソードにしか出てこないけれど、それが大好きだったのでクライマックスにして、クライマックスにもってくるためにはお栄とお猶の姉妹関係を全編を通して描く、という流れを最初に思いつきました。それが最初に決まったので、楽といえば楽でしたね。


あとは先にも言ったように作品が好きすぎて、自分が杉浦さんの出来の悪いコピーを作っている気分になってしまって、手が止まった時期もありました。でも、うまいアニメーターさんが揃ってくれたので現場は楽で、絵作りは順調でした。

Q:
主人公のお栄は光を上手く取り入れた浮世絵師だと思うが、映画自体はろうそくの明かりや提灯の明かりが印象的でした。監督やスタッフは光の演出に苦労されたのでしょうか?

原:
江戸時代ということを考えたときに、夜は限られた明かりで生活するしかない時代なので、限られた明かりの中でしか物が見えなくて外は暗闇だけ、というのは意識したし、演出的にも意識的に光と闇を取り入れて描いていました。この映画が「死」を描いているので、明るさだけではなくどこかに不吉な闇を入れて両方描くべきだと思って演出しました。


Q:
以前、「はじまりのみち」という実写映画を監督されていましたが、百日紅を作るにあたって生かされた経験はありますか?

原:
生かされたということだと、ベテランのカメラマンさんが作る映像やカメラワーク、アングルには驚かされたので、今回の絵コンテを描いているときにも画面の切り取り方やカメラワークは生かされた気がします。他の経験だと、むしろマイナスな面が多かったです(笑)。実写は映像ができていく過程が速いんですよ。「はじまりのみち」は撮影が3週間で終わっちゃって、その間にカットやシーンが目の前でどんどん出来上がっていく。でもアニメはそうはいかない。久々にアニメ作りの現場に入って絵コンテ用紙の束を渡されたら、「なんだこれは」と思いました(笑)。またこの白紙全部に絵を描いて字を書いてを埋めなきゃいけないのかと。アニメーションの制作のスタートは白い紙の荒野がどこまでも広がっているイメージなんです。荒野に絵や字をかいて埋めていくんですが、どこまでこの荒野は続くんだ?という気分ですよ。

木村:
ちなみにコンテを描くのはどれぐらいかかったのですか?

原:
中断した期間もありましたが、1年以上はかかったと思いますね。ただ、絵コンテは設計図みたいなもので、優秀なスタッフに渡してしまえばあとは勝手にいい家を建ててくれる感じです。

細かい指示がびっしりと書かれた絵コンテ。


こういった絵コンテを元にして……


アニメーターさんが原画を作っていくわけです。


Q:
色彩にこだわっている印象があり、北斎漫画や北斎の浮世絵を実際に取り込んでいる部分も多くあると思うが、映画を二度目に見る前にこういった資料を読んでからだとよりおもしろい、という本があれば教えてください。

原:
実際に北斎漫画は引用していますし、富嶽三十六景の神奈川沖浪裏は出しましたが、ほかに本というと……北斎の研究書で、一番信頼されている「葛飾北斎伝」という本がありますが、読むのがとても困難です(笑)。昔の言葉で書いてあって、僕も読みましたがとても難しいです。その本に北斎やお栄の関係が描かれています。お栄は嫁いだけれど、旦那の絵が下手だと笑って不仲になり、帰ってきてずっと北斎と暮らしたこととか。北斎と一緒に暮らしていたら誰の絵でも下手に見えると思います(笑)。ほかには、アニメでは美形にしましたが実際にはあまり美人じゃなかったとか、北斎がお栄の特徴をとらえて「アゴ」って呼んでいたこととか、汚い家に暮らしていたとかが書かれていて、北斎に関する原典みたいな本です。明治時代に、まだ北斎と会ったことのある人が存命のうちに聞き書きした本で、北斎は酒好き、甘い物好き、年中お金に困っていたなど、いろんなエピソードが書かれています。それを読んでみると、面白さが増すかもしれません。

作業場の本棚には参考資料や杉浦さんの作品がびっしり並べられています。


Q:
原監督が一番思い入れの強いキャラクターは誰ですか?やはり北斎でしょうか?

原:
僕はそんなに豪快な男ではないです(笑)。お栄は、作っているときより、完成に近づく過程でどんどん愛しいキャラクターになっていったなと思います。それが確信になったのは杏さんの声がついた時です。杏さんを選んでよかったと思います。自分を褒めてやりたいぐらい。杏さんは気取っていないし知的だし落ち着いているし、本当に素敵な女性です。実際に会ってみて、ますます好きになりました。人妻ですけど(笑)

キャラクター設定表で、美人に描かれているお栄。


質疑応答の後に撮影タイムが設けられ、会場のお客さんが構えた携帯やカメラに原監督が囲まれていました。


原監督は撮影に応じながら、友達や知り合いを誘ってぜひまた「百日紅」を見てほしい、と語りました。また、公開前日の5月8日(金)の朝日新聞朝刊には、かなりかっこいい広告がどどんと載るので、期待して見てほしいとのこと。


これにて先行上映会&トークショーは終了。


なお、「百日紅 ~Miss HOKUSAI~」は2015年5月9日(土)に全国ロードショーとなっています。

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in 取材,   アニメ, Posted by darkhorse_log

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