SONYのプロ用ヘッドフォンのケーブルを交換して音質向上を図ってみたレポ
1989年の発売以来、25年にわたってプロミュージシャン・サウンドエンジニアから厚い信頼を集め続けているプロフェッショナル用モニターヘッドフォン、それがSONYのMDR-CD900STです。音質に余計な味付けを施さず、原音を正確に再現することに絞って開発されたその音質はもはや楽器の一部と言っても過言ではなく、商品取り扱いが楽器店に限定されているという特殊な販路設定をみても、その特徴を垣間見ることができます。
MDR-CD900ST
http://www.smci.jp/headphones/cd900st/
そんなMDR-CD900STですが、それでも音にこだわるミュージシャンやエンジニアからは不満の声が挙がることも。低音から高音まで伸びる縦方向の音質のバランスは問題ないものの、音楽を再生した際の音像が頭の中心に集中し、左右方向への音の広がり(ステレオ感)に欠けるというものなのですが、これは純正で採用されているケーブルに原因があるとされています。
原理的にいうと、音声信号を送るためには「+」極と「-」極(以降「グラウンド」)の2本のケーブルが必要であり、左右の信号を送る時には4本のケーブルからなる「4芯ケーブル」が本来は必要ということになります。しかし、グラウンド側のケーブルは左右で共有が可能という特性があるために、1本が省略されて「3芯ケーブル」が使用されることが多くあります。
多くの市販のヘッドフォンの例に漏れず、MDR-CD900STも純正では3芯ケーブルを使用しています。グラウンド側のケーブルを共有することで、左右の音声信号が混ざり合う「クロストーク」が発生し、左右の音質にある種の「濁り」が生じてステレオ感が損なわれているとする声が以前から挙がっています。同時に「それならば、4芯のケーブルに交換してやることで音質・音の広がりが改善するのでは」という声が挙がったことから、一部のユーザーの間ではケーブルを交換してしまうという改造が行われるようになりました。
そんなケーブル交換がどれほどの変化をもたらすのか、普段から使っていたMDR-CD900STを使って実際にケーブルを交換して音質の違いを確かめてみました。
◆ケーブルの選定
一般的にケーブルは、細いよりは太いに越したことがないとされています。あまりに細いケーブルは電気信号の抵抗になるためというのがその理由なのですが、太くするにも限界というものがあります。特にMDR-CD900STの場合、ケーブルを本体内に引き込む穴の直径が5ミリ程度しかないという制限があるため、4芯ケーブルで直径が5mm以下という条件を当てはめると、選択肢はスイスのケーブルメーカーGotham Audio社のケーブル「GAC-4/1」にほぼ限定されてしまいます。日本でも数社が取り扱っていますが、長さで量り売り対応しているGIZMO-MUSICから通販で購入することにしました。
Gotham Audio cable | GAC-4/1 mini ケーブル切り売り
http://www.gizmo-music.com/?pid=51242397
ケーブル内部はこんな感じ。赤、白、黄、ピンクの4本のケーブルに加え、この細さでノイズを防ぐシールド(図中2,3)が装備されているのが特徴です。(ただし、今回の改造では使用しません)
ケーブルが手に入ったので、さっそく純正品との入れ替え作業に入ります。
なお、市販されている製品は、用いられているケーブルも含めてメーカーがチューニングした音質となっているため、この改造は必ずしも音質「改善」と言えるものではありません。現状に不満を感じてしまった人が独自で行う改造になりますので、メーカーの意向を反映させたものではないという点に注意が必要です。
◆ケーブル取り替え
まずは、ヘッドフォン本体のイヤーパッドを取り外します。特に工具は必要なく、手で端の部分を引っ張るだけで外れます。
イヤーパッドを外すとこんな感じ。銀色に光るドライバユニット(スピーカー)の周りにはウレタン製のリングが接着されていますが、ボロボロになっていたので新品に交換することにします。
4本のネジを外して、ドライバユニットを取り付けているボードを外します。
簡単に取り外すことができました。このようなメンテナンス性の良さも、プロの現場で使われる機器ならではの特徴です。
ドライバユニット裏にはハンダ付け用の端子が剥き出しになっています。
4か所あるツメを押し込んでやると…
ドライバユニットを固定していたリング上のパーツが外れました。
固定リングに貼り付けられているウレタンリングのビフォー・アフター。左が取り外した使用済みで、右が交換用に調達した新品。約3年にわたって使用するだけで、こんなにヘタっていました。
机にウレタンリングを逆さまに置き、上からユニット取り付けパーツを押しつけて貼り付けます。こうしないと、ウレタンが柔らかすぎて上手く貼り付けられないため。
装着完了。先ほどの使用済みとは大きく異なる見た目です。
ケーブルの交換に入ります。まずはハンダごてを使い、純正のケーブルを全て取り外します。
取り外し完了。古いハンダも吸い取り線ですべて除去しておきます。
ドライバユニットは磁気を帯びているので、気をつけないとネジが中に入り込んでユニットを傷つけてしまいかねません。
ヘッドフォンのケースに入ってきたケーブルは内部で一度巻き付けられ、強く引っ張られた際の抜け落ちを防止しています。
ケース内には、とても軽いスポンジのような吸音材が詰められていました。
4芯ケーブルをハンダ付けしていきます。純正のケーブルよりも固いケーブルになっているので、取り回しに苦労します。
この際、一か所だけユニットの基板部分に加工が必要になります。細いブリッジでつながっている2つの端子を、カッターなどで削って分割してしまいます。こうすることで、R側につながるグラウンドケーブルがL側と混ざらなくなります。
元と同じように脱落防止のためにケーブルを巻き付けますが、皮膜が固いので少し手こずりました。
ケーブルのハンダ付けが完了。これでプラグ以降の左右の信号が分離されました。
L側のユニット上の配線状況はこんな感じ。図中(1)はL側につながるグラウンド。(2)はR側へと接続されるグラウンドですが、ユニットの上でR側に接続されるケーブル(3)とハンダで接続されて信号を中継します。L側のユニットの上でハンダ付けされている状態ですが、ユニットとは絶縁されているので左右の信号は分離された状態になっています。
プラグ側も加工が必要です。黄色いケーブルがR側、赤いケーブルがL側となっています。今回はiPodなどの再生にも使いやすい3.5mmミニプラグに換装してみました。
両チャンネルのグラウンドである白とピンクのケーブルが2本そろってハンダ付けされています。
ハンダ付けが完了したら、元の状態に組み立てていきます。
新しいウレタンリングは、こんなに厚みが。
イヤーパッドを取り付けます。やや強めに引っ張りながら、ケースの溝にはめていきます。
作業が完了しました。MDR-CD900STの象徴ともいえる、「for DIGITAL」とかかれた赤いステッカーはずいぶん前に剥がれたまま。
ウレタンパッドの厚みで、ネットがやや押されている様子。これが正解の形です。
◆試聴してみた
さっそく自分が基準としているソースを使ってサウンドチェックです。第一印象は「あれ?パワーがなくなった?」というものでした。純正のMDR-CD900STは、音像が中心寄りになっているがために、それが逆に音の塊のようなパワー感につながっていたようですが、頭の中心部分、眉間の位置に定位するエネルギー感が左右に分散されたために、物足りないという印象につながったようです。
しかし、次第に耳が慣れてくると、それまでよりもワイドに広がる音像、しかもバランスよく広がるエネルギー感が心地よく感じられてきます。「ガツン」というパワー感が頭の中心で鳴るのがMDR-CD900STの特徴でもあったのですが、それとは別の、より本当の意味でフラットに近い音像が再現されます。右に寄った音は限りなく右に、逆の左もしかりで楽器ごとの音の分離が向上して頭の中で音が「見える」ようになりました。これが、クロストーク軽減のメリットというものなのでしょうか。
さらに、最初はパワー感が薄くなったように感じた鳴りですが、耳が慣れると以前よりも低音が豊かになったように感じます。改造前はセンターでゴチャゴチャになっていた音像が左右に分散されることで空間が生まれ、センター部分での音の定位がハッキリしました。空間が生まれて音エネルギーが飽和しなくなったためか、キックドラムのボディ感、ベースの鳴りがより正確に再現されるように感じます。
結論としては、十分に効果の感じられるカスタマイズとなりました。元のMDR-CD900STらしい特徴が薄れてしまったのは事実ですが、それにもましてワイドな音場、上下左右バランスの良さ、目をつぶれば楽器のひとつひとつが「見える」ような感覚が増しており、人によってはこちらの方が正確にモニタリングできるような感触を持つかもしれません。ケーブル交換による変化は、元が3芯ケーブルの機種であればどんな機種でも効果が期待できそうなので、気になる人は試してみてもいいかもしれません。
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