これまでの生と死の境界を変える蘇生方法は「人の身体を低温にする」こと
By byronv2
生と死の境界線は考えられているよりも明らかなものではありません。現在では蘇生科学の発展により、心臓が停止してこれまでの医者ならば「死亡」と判断したであろう段階から数時間経った人間を、脳への損傷もなくよみがえらせることが可能になっているようです。
Life After Death? New Techniques Halt Dying Process
http://www.huffingtonpost.com/2013/10/21/dying-process-halt-life-death_n_4136155.html
「これまでは患者の心臓が止まり呼吸をしなくなったときに、"死亡"と判断してきました」と言うのはニューヨーク州立大学ストニー・ブルック校で集中治療医学の助教授をするSam Parnia博士。この死の概念を変えるための術がこれまではありませんでしたが、細胞単位で死の謎を解明していくことで、Sam Parnia博士たち科学者は「死」というものが1つのタイミングで同時に訪れるものではないことを知ります。
By byronv2
現在の人間の「死の定義」上つまり心臓が止まり呼吸を行わなくなったタイミングから、人の身体を構成する細胞たちはそれぞれがそれぞれの死のプロセスをスタートさせます。このプロセスは細胞ごとに所要時間が異なり、全体でみると数時間程度かかる、とのこと。
◆死のプロセス
心臓が停止して身体中に血液を循環させられなくなったあと、脳細胞には酸素や栄養物質が足りなくなります。そして酸素の足りなくなった脳はほんの数分で甚大な損傷を受けることになる、とこれまでは考えられていました。しかし、これは時代遅れの考え方であると科学者たちは言います。
酸素の欠乏による脳の損傷はゆっくりと進行しますが、数秒すると脳の活動に影響が出てきます。「誰かが酸素欠乏状態に陥った際、全身に死の兆候が見られ、これを知っていれば細胞の死のプロセスを緩和させることも可能です」とペンシルバニア大学の救急医療の教授Lance Becker博士。
By Jean-Etienne Minh-Duy Poirrier
どうやって死のプロセスを止めるのか。この答えは、脳と心臓が停止して数時間が経過したのちに、脳損傷がほとんどない、あるいはノーダメージの状態で生き返った患者たちのケース報告から導き出せます。
◆低体温症
これら無事に生き返った人々は、適切な処置に加えて低体温症であった、と専門家は言います。低体温症とは、身体の核心温度が標準体温である摂氏37度よりも数度低い状態のことです。研究により、低体温症は脳の酸素必要量を減少させることで細胞の死を緩めることができると判明。「身体を冷やす技術は心停止後の患者をたくさん回復させてきましたが、損傷が多すぎたり、回復するのに時間がかかり過ぎてしまうこともある」と専門家が言うように、この方法にもある程度の限界があります。さらに、心臓が動き出したあとに患者がどのように治療されるか、そしてどのようにして低体温症状態の身体を温めるか、これらが心停止状態の患者を安全に回復させるために重要なポイントでもあるようです。
「我々が学んできたことはこの事実に反しています。もしも酸素欠乏状態になっている人物がいれば酸素を供給するべきだし、血圧が低下しているならば血圧を上げるべきだ、という風にこれまでは学習してきました」とBecker博士は言います。もしもこれまで通りの処置を患者に行い、処置の早い段階で患者の心臓が動き始めたならば、血圧の上昇や酸素過多により脳は神経に深刻なダメージを負うかもしれない、とのこと。つまり、低体温症を上手く利用して脳に配達される酸素量を加減することは、蘇生においてとても重要なポイントとなるのです。
◆最先端の蘇生方法とは
心停止後に身体を低体温症にするというアイディアは数十年前から存在していました。しかしそれが本当に患者にとって有益な治療法であるのか、当時の科学者たちは確信を得られずにいたそうです。しかし、近年の研究により低体温症が患者の生命を維持し回復させることに役立つ、という証拠が集まってきているそうです。さらに米国心臓病協会のような専門機関たちは、患者の血液循環が回復してきたあとにこそ患者の身体を低体温にすることを推奨しています。
By hmmlargeart
心臓が動き始めたあとに、身体を冷やして酸素の必要量を減らすという方法は、心停止状態の患者が脳に損傷がないまま蘇生するチャンスを与えてくれる画期的な蘇生法になる力を秘めています。
◆新しい死の概念と倫理的問題
医学の現場での一般概念として、大規模な脳損傷を受けていたり、長い昏睡状態に陥っている患者は蘇生しないというものがあります。心停止後数時間が経過した患者を蘇生することは、脳により深刻なダメージを与える可能性もあり、これは倫理的な問題としてこの治療法の前に立ちふさがるそうです。しかし、Mayer博士は「我々の脳損傷や死に関する知識は不完全であり、損傷がどれだけ進んでいるのか、それは取り返し可能なものなのかといったことは明らかになっていません。しかし全ての手を尽くすことなく早々に判断をつけてしまえば、実際に助かる可能性のある人を見逃すことになるかもしれません」と主張します。
By Matt Katzenberger
この方法により、アメリカ人のうち約10%ほどが命を取り留めるきっかけを得られるとのことですが、どの段階の患者には処置を施し、どこからを「死」と定義するのかという問題はさらに複雑なものになりそうです。
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