親が受けたストレスの影響が子供に遺伝するメカニズムが解明される
by DNA Art Online
独立行政法人理化学研究所が、ストレスによる遺伝子の発現変化が、DNA配列の変化を伴わずに親から子供に遺伝する新たなメカニズムを発見したそうです。
ストレスによる遺伝子発現変化がDNA配列の変化を伴わずに遺伝するかどうかは、病気や進化にも関連し、遺伝学の重要なテーマとなっているとのことで、こうした現象の例としては、温度や日照時間によるトウモロコシ色素の変化の遺伝がありますが、そのメカニズムは不明のままだそうです。
動物でも、環境によるストレスや栄養状態などの影響が子供に遺伝することを示唆する報告はあるものの、メカニズムが解明されていないため、まだ広く受け入れられていないのが現状のようです。
親の受けたストレスは、DNA配列の変化を伴わずに子供に遺伝|2011年 プレスリリース|理化学研究所
理化学研究所のプレスリリースによると、ショウジョウバエは眼の赤色色素を合成するwhite遺伝子が活発に転写され赤眼になるそうです。しかし、white遺伝子がヘテロクロマチン※領域に存在するハエの系統では、この遺伝子の転写が抑制され、白眼になります。この系統ではヘテロクロマチン構造が弛緩すると、white遺伝子の転写が誘導され赤眼になるので、眼の赤い色素量を調べることによって、ヘテロクロマチンの状態を調べることができます。
研究グループは、転写因子dATF-2※の遺伝子の変異を、この白眼の系統に導入すると、眼が赤くなること、ヘテロクロマチン構造が弛緩すること、ヒストンのメチル化が低下することを発見しました。これらの結果は、dATF-2がヒストンをメチル化する酵素と結合し、ヒストンをメチル化してヘテロクロマチン構造を形成し、転写を抑制することを示しているとのこと。
※:ヘテロクロマチン:凝縮されたクロマチンの形状で、転写が起こらない状態が維持されている。
※:転写因子ATF-2:石井分子遺伝学研究室が発見した転写因子で、TGACGTCAという特異 DNA配列に結合する。熱ショックストレスなどの環境ストレス、炎症性サイトカインなどの内在性ストレスによって活性化されるp38などのリン酸化酵素で、直接リン酸化され、活性化される。ショウジョウバエのATF-2を示す時は「dATF-2」と記す。
そこで研究グループは、dATF-2をリン酸化し転写因子としての働きを活性化する熱ショックストレスや浸透圧ストレスが、野生型のショウジョウバエのヘテロクロマチン構造にどのような影響を及ぼすかを調べ、これらのストレスが発生の初期段階で与えられると、dATF-2がヘテロクロマチンから外れ、ヘテロクロマチン構造が弛緩し、抑制されていた転写が誘導されること、またその状態は子供に遺伝することが分かりました。
親の世代だけが熱ショックストレスを受けると、その影響は子供にだけ遺伝し、孫には遺伝しませんでしたが、二世代にわたって熱ショックストレスを受けると、その影響は子供だけでなく孫にも伝わることが分かりました。これは、何世代にもわたってストレスを受けると、その影響はストレスが無くなっても、その後何世代にも遺伝する可能性を示しています。
これまでの研究により、ATF-2とその類似転写因子は、代謝系、免疫系、脳神経系に加え、発がんなどに関与する遺伝子群を制御することが分かっています。研究グループはこれまでに、マウスのATF- 2類似転写因子ATF-7が、脳内でセロトニン受容体の5b遺伝子をヘテロクロマチン様の構造にして発現を抑制することや、マウスを1匹だけ飼育して社会的分離ストレスを与えると、ATF-7がリン酸化されて、5-Htr5b遺伝子の発現が上昇し、うつ病のような行動異常を示すことを報告しています。
今後は、代謝ストレス、感染ストレス、精神ストレスなどによるこれらの遺伝子の発現変化が次世代に遺伝し、生活習慣病、免疫、精神疾患、がんなどの病気の発症に影響するかどうかを解析していくとのこと。
ストレスによる影響が、遺伝子の形状を変えずに遺伝するということは、親の後天的な影響がが子供に遺伝するということで、虐待などの影響が遺伝してゆくことが科学的に解明されることになるかも知れません。これからさまざまな種類のストレスについても研究が進められるということで、今後の研究の成果が待たれます。
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