京丹後の酒蔵「竹野酒造」で20代の若手杜氏が手がける日本酒造りを見学してきました~前編~
冬の寒さもピークを極める2月某日、縁あって京都府・京丹後市の酒蔵「竹野酒造」で若手の杜氏(とうじ)・行待佳樹さんの酒造りを見せてもらえることになりました。
小規模な酒蔵とは言いつつも、蔵内部には大きなタンクや大量の酒瓶、そして酒造りのための設備が整えられていました。日本酒を造るまでには数多くの行程を踏む必要があり、機械の助けを借りながらもすべて人の手が入っています。酒造りにかかわる人や地域の人たちとは酒を酌み交わしながら地元でとれた食材で夕食を共にするなど、人とのつながりを大切にした姿勢は酒造りにも反映されていました。
酒蔵の内部の様子や、日本酒造りの様子は以下から。
ひとさけひと eq ThinkFree
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竹野酒造に到着。
地元で昔から飲まれている清酒「弥栄鶴」の醸造元です。着いて早々ですが、まずは倉庫や蔵の設備を見せてもらうことに。
「弥栄鶴」の看板がついた建物の中は倉庫になっていました。竹野酒造では地元で飲まれた日本酒の空き瓶を回収して、きれいに洗って再利用しています。
弥栄町で飲まれたお酒の瓶が多くここに集められてくるので、地域で今飲まれているお酒がどんな銘柄かが分かるのだとか。ここで作られている「弥栄鶴」の瓶が多く見られました。
これだけ大量に集まってくるので、瓶を洗うのは機械の仕事。
瓶を置くスペースの隣の建物はお酒の倉庫にもなっていて、地元でだけ流通している「弥栄鶴」のカップ酒もありました。
今年の醸造に使うお米が積み上がっていましたが、これはもうすでにかなり使った後で、冬の初めごろには倉庫の奥までお米の袋がもっとたくさん積み上げられていたそうです。
お米を日本酒の醸造に使うのに適した精米歩合にするための精米機。普通に食べられている白米が90~92パーセントの精米歩合だとすると、日本酒に使われるのは70パーセントからそれ以下が多く、白米として食べている部分を削り取って使います。
お酒を絞った後に残る酒かすも販売しています。「なぜかこれがかなり売れるんですよね」と行待さんは不思議そうに語っていましたが、お酒の飲めない人でも甘酒やかす汁ならおいしく食べられるからかもしれません。
倉庫の軒先には、杉の葉から作られた「杉玉」がつり下げられていました。杉玉はお酒を搾り始めるころにつり下げるもので、最初は緑色なのですがだんだんと枯れてきて、茶色くなるとだいたい酒が飲み頃というように熟成具合を示すようになっています。
次に酒蔵の中を見せてもらうことに。正面から見たときは正直普通の民家にしか見えなかったのですが、側面に別の入り口があり、中には日本酒を醸すためのさまざまな設備が備え付けられています。
お米を蒸すための大きな釜。日本酒造りに使う米はすべて蒸してから使うため、これだけ大きな釜が必要になるというわけです。
蒸し米を醸造に適切な温度まで冷ますための放冷機。
酒母の温度調整をする機械。
常に大型ボイラーがうなりを上げて湯を沸かしていました。
お酒を絞るための機械。
お酒の入ったタンクの間をすり抜けて進んでいくと……
そこには麹米を作る室(ムロ)がありました。
松尾大社のお札がたくさんはられています。日本酒の味を左右する米麹を作る場所のため、厄払いがされているようです。
扉は二重構造になっていて、内側の扉にはのぞき窓がついています。
中にはたくさんの布にくるまれた米麹が。
すでに作業を終え、できあがっていた米麹がこれ。麹菌が繁殖してお米に付着しています。
行待さんに「食べてみてください」と勧められて口にしてみると、ポリポリした食感で、普通のお米よりもずっと甘みが強く驚きました。
室の前には大吟醸のタンクが。大吟醸は機械ではなく手で搾るためここに分けられています。
吟醸酒を入れておくためのガラス瓶。ほかのもののにおいが移らないように、これらのガラス瓶は吟醸酒専用に使われています。
大きくて色・形もきれい。
この緑色の瓶は40年ほど前からずっと使われている国産のもので、まだガラスを職人が吹いて作っていたものなのでところどころ気泡があります。現在日本ではこの形の瓶を探すのはなかなか難しく、フランスからワイン用に使われている物を輸入して買い足している状態なので、割れてしまったら簡単に代えは効かず、扱いには大変気を遣うそうです。
この大きなタンクは普通酒(白米や米麹以外に副原料を含むもの)の仕込みに使われているもの。
タンクの中には仕込まれた酒母(しゅぼ)が入っています。酒母を構成するのは先ほど食べさせてもらった米麹、酵母、蒸し米、そして水。米麹から溶け出した酵素がお米のデンプン質を砂糖に変え、これによってできた糖分を酵母が利用してアルコールを生み出します。
この黒い部分には水の流れる管がたくさん通っていて、酵母が狙い通りに働く温度に調整する役割を担っています。
酵母がアルコールを作る際に二酸化炭素が大量に発生するため、仮にタンクの中に誤って落ちてしまったら窒息してしまってまず命は助からず、1年におおよそ2人程度そういった事故で亡くなっている蔵人(くらびと:酒蔵で働く人のこと)がいるそうです。意外なところで命の危険と隣り合わせとなる場面があるのですね……
酒母を熟成させる「仕込み」の作業は3段仕込みと呼ばれ、3度に分けて蒸し米を足します。これは1日目の「添(そえ)」と呼ばれる段階のもの。
2日目は「踊(おどり)」といって1日何も入れずに休ませます。そしてこれは3日目の「仲(なか)」と呼ばれる状態。
そしてこれが4日目の「留(とめ)」と呼ばれる状態。日を追うごとに含まれる蒸し米の量が増えていくため、少しずつ泡の立ち方が違います。
タンクの中の様子をムービー撮影してみました。ぽこぽこと泡が立っています。
YouTube - 日本酒の酒母(しゅぼ)がぽこぽこ泡立つ様子
蔵の中にはまるで理科の実験室のような一室もあります。酒蔵のイメージとフラスコやビーカーはすぐには結びつかないので、こんな部屋があるのは不思議な感じ。
この部屋の中にはこういった実験道具がいろいろとそろっています。日本酒の比重や糖度、アルコール度数などを計り、醸造中のお酒の状態を見て、温度管理や絞るタイミングを決めているそうです。計測して得た数値を参考にしつつ、最終的には人の五感で判断して酒造りを進めていきます。
これが酒母に入れられる酵母のアンプル。日本醸造協会が製造している日本酒や焼酎、ワインの醸造に使う酵母です。さまざまな種類が用意されていて、別途契約が必要な特殊な酵母などもあり、お酒の味を左右する大きな要因になります。
日本酒の醸造に関して勉強する際に使っているという本たち。
お母さんがパン造りに使っていた発酵器も、今は日本酒の醸造に欠かせない道具に。
漫画「もやしもん」のタイトルの由来にもなっている種麹(もやし)。日本酒造りには不可欠な米麹を作るのに使います。米麹造りの様子は後編で。
日本酒の速醸酒母に欠かせない乳酸はタンクで常備されています。乳酸は不要な雑菌の繁殖を抑え、酵母の繁殖を助けます
ここまではぐるりと蔵の中を見せてもらいましたが、ここからは日本酒の仕込み作業を追いかけていきます。昼一番の作業は仕込みに使うお米を洗う「洗米」作業。この機械でお米を洗います。
この日洗米したのは「祝蔵舞」という純米酒に使用する「祝米」という品種を精米歩合70パーセントまで削ったもの。その重量は何と200キロということですが、行待さんいわく「これでも少ない方ですよ」とのこと。先ほどから同じようなやりとりが続いていますが、これが少ないなら大手酒蔵はどれだけの米を使って酒を生産しているのか想像すると少しめまいがしてきます。
この中にお米をざらざらと投入します。
洗い終わった米を入れるためのネット。
しばらくは機械の中でぐるぐると洗うのですが、2分後に足元のバルブを開けて、機械の下に米を流れ出させていました。お米が下に流れ出すと水がシャワーになって流れ出る仕組みになっていて、下の部分で手で研いで仕上げをすることができます。
洗米後のお米はたらいにためた水の中に漬けておきます。ちなみに仕込みに使う水はすべて金剛童子の伏流水で、地下30mと80mの深さにある物を二つ使っています。水の硬度はアメリカ硬度で毎年30程度だそうです。
一連の作業がテキパキと進められます。
YouTube - 日本酒用の米を洗う
黒い小皿で米をすくい上げ、杜氏自ら水の含み具合をチェック。水につけておく時間は秒単位で決められているのですが、米が十分水を吸ったか確かめるのは杜氏の重要な仕事です。
水の含み具合を確かめたら、水気を切るために掃除機に連結されたバケツに入れて吸引します。
水を切ったら重さを量って記録しておきます。各行程でしっかり数値を記録しています。
洗い終わったお米がずらり。
この日の作業はここまでで、夕食の同席させてもらうことに。昔ながらの味のある台所で、行待さんの友人の映画美術の人によると、これをセットとして作ろうと思ったら500万円はくだらないという貴重なもの。
この台所でうたげが開かれ、行待さんとつながりのある人々が集まりました。世界中を徒歩で巡っていて、冬の間酒蔵で酒造りを手伝っている児玉文暁さん、京丹後市の隣与謝野町で風呂敷を作っている高岡徹さん、(有)萬年舎で九条ねぎの栽培をしている木村マルシオ紘一さん、和食料理人の高橋光さんなど、日本酒が縁で知り合った人たちが食卓を囲みます。
食卓に突如現れたビーカーの中身は絞りたての日本酒。
マルシオさんお手製の牛モツとトマトの煮込み。
合鴨農法に使われた合鴨や地元でとれたボタン肉などが食卓に上ります。
地元でとれたイカのソテーも。
丹後半島や若狭地方の郷土料理で、鯖をぬか漬けにしたへしこ。濃厚な味わいで、日本酒によく合います。
もちろんこの蔵で作られた日本酒がそのお供。さまざまなお酒が食卓に一度に上ったので飲み比べさせてもらったのですが、銘柄ごとに明確な個性があり、日本酒の奥深さを感じました。
ほとんどは蔵の中で飲むためラベルが貼られていなかったのですが、中にははられた物もありました。ちなみに祭蔵舞をはじめ、亀の尾蔵舞、旭蔵舞、祝蔵舞、錦蔵舞、などの銘柄の裏ラベルは業者発注ではなくすべてレーザープリンターで出力しているのだとか。
高橋光さんがだし巻き卵を振る舞うなど、食卓の上のごちそうは尽きることはありません。
ごちそうのラストを飾ったのは、高岡さんが風呂敷の発注を受けたことのある北海道・稚内のステーキハウス ヴァンの激辛カレー。
ステーキハウスでありながら、まかない料理の延長線上で出したカレーが好評を博しすぎたことにいら立ちを感じたオーナーが怒りのあまり作ったという変わったメニューですが、その辛さは救急車カレーに匹敵するほどでした……
このあと、種麹の仕込みを室の中で見せてもらい、貴重な写真を撮らせてもらいました。
京丹後の酒蔵「竹野酒造」で20代の若手杜氏が手がける日本酒造りを見学してきました~後編~
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