「若者のメンタルヘルス悪化はSNSのせいではない」という批判に社会心理学者が真っ向から反論
ニューヨーク大学の社会心理学者であるジョナサン・ハイト氏は2024年3月に刊行した著書で、「SNSは若者のメンタルヘルスに悪影響を与える」という以前からの主張を展開しました。カリフォルニア大学アーバイン校の心理学者・情報学者であるキャンディス・L・オジャース氏がこのハイト氏の主張には問題があると批判したことを受けて、ハイト氏がオジャース氏への再反論を行っています。
Yes, Social Media Really Is a Cause of the Epidemic of Teenage Mental Illness
https://www.afterbabel.com/p/phone-based-childhood-cause-epidemic
ハイト氏は2024年3月、「The Anxious Generation: How the Great Rewiring of Childhood Is Causing an Epidemic of Mental Illness(不安の世代:小児期の大規模な再配線がどのようにメンタル問題の流行を引き起こしているか)」という著書を刊行しました。この中でハイト氏は、SNSは子どもたちのメンタルヘルスに悪影響を及ぼしていると指摘し、SNSの危険性について警鐘を鳴らしています。
ところが、科学誌のNatureで書評を担当したオジャース氏は書籍の内容に異論を唱え、「SNSの使用が子どもたちの脳に影響を及ぼし、メンタルヘルスを悪化させているという証拠はない」と主張。ハイト氏は「メンタルヘルスの悪い若者はSNSを利用する頻度が高い」という相関関係を「SNSの利用がメンタルヘルスを悪化させる」という因果関係と取り違えており、SNSをやり玉に挙げることで経済的困難や人種差別といった本当の原因から目がそらされてしまうと批判しました。
「若者のメンタルヘルス悪化はSNSのせい」という主張は真の原因への対処法から目をそらしてしまう可能性があるという指摘 - GIGAZINE
このオジャース氏の反論に対し、ハイト氏は自身のウェブサイト・After Babelに公開した記事で再反論を試みています。まずハイト氏は、「SNSが若者のメンタルヘルスを悪化させている」という陣営に立つ自分たちと反対陣営に立つオジャース氏は、長年にわたり生産的な学術的議論を行っており、たとえ互いを納得させられなくても科学界や政策立案者らが議論に耳を傾けることに意義があるとしています。
その上で、オジャース氏が展開した「ハイト氏は相関関係と因果関係を取り違えている」という批判は間違いであり、オジャース氏の主張は事実にそぐわないとハイト氏は反論しています。ハイト氏の主張は以下の通り。
◆1:オジャース氏の「SNSが若者のメンタルヘルスを悪化させているという証拠はない」という主張は誤り
オジャース氏の主張の中核をなしているのが、ハイト氏は「メンタルヘルスの悪い子どもはSNSを頻繁に利用している」という相関関係から、「メンタルヘルスが若者のメンタルヘルスを悪化させている」という因果関係を誤って導き出しているというものです。ハイト氏によると、実際にハイト氏が2018年頃にこの議論に加わった時点では、「デジタルメディア」と若者のメンタルヘルスに関する研究の大多数が相関関係について調べたものだったとのこと。
しかし、2018年の時点でもSNSと若者のメンタルへルスに関する実験的な研究は行われており、2018年12月に発表された論文ではソーシャルメディアの使用を3週間減らすように求められた大学生は、対照群と比較してメンタルヘルスが向上したと報告しています。その後もSNSとメンタルヘルスに関する実験は行われており、2700人以上の成人を無作為に「Facebookアカウントを1カ月間無効にするグループ」と対照群に分けた研究では、約80%が「アカウントの無効化が自分にメリットをもたらした」と回答したとのこと。また、相関関係を調べた多くの研究では、「少年よりも少女の方がSNSの使用とメンタルヘルスの悪化の関連が大きい」という一貫した結果も示されています。
ハイト氏は、もし「SNSとメンタルヘルスにまったく関係がなく研究結果はすべて偶然にすぎない」とする帰無仮説を採用するのであれば、SNSの使用を調査した実験結果はランダムなものになるはずですが、実際にはほとんどの研究でSNSの使用増加がメンタルヘルスに悪影響を及ぼすという結果が出ていると指摘。また、相関関係を調べた研究結果もランダムになるはずであり、「少年よりも少女の方がSNSの悪影響を受けやすい」などの一貫した結果はみられないはずだと主張しています。
◆2:オジャース氏の「若者のメンタルヘルスが悪化している本当の理由」は観察される事実に合致しない
ハイト氏は、オジャース氏の批評の大きな問題点に「ハイト氏の理論に代わる説」を提案していることを挙げています。オジャース氏は、ハイト氏の著書が「若者のメンタルヘルスを悪化させる本当の原因から目をそらしてしまう可能性がある」と指摘し、メンタルヘルス悪化の本当の原因は「構造的な差別や人種差別、性差別、性的虐待、オピオイドのまん延、経済的困難、社会的孤立」といった長年の社会問題にあると主張しています。
ハイト氏はこれらの社会問題がすべての若者の発達に悪影響を及ぼすことは認めつつも、この理論は2000年代半ばまで横ばいだった不安や抑うつを抱える若者の割合が、リーマン・ショックの約4年後から急増した理由を説明できないと述べています。
以下のグラフは、アメリカ・イギリス・カナダのオンタリオ州・オーストラリア・ニュージーランドにおいて、自傷行為を報告した若者の割合を示したグラフです。少女(オレンジ色)と少年(青色)の両方で自傷行為が増加傾向にあり、特に少女の場合は2011~2012年頃から急激に増加していることがわかります。同様の傾向はその他のヨーロッパ諸国や北欧の若者でも観察されているとのこと。
ハイト氏は、オジャース氏の説明通り若者のメンタルヘルス悪化がアメリカの学校における銃乱射事件や貧困、人種差別などが原因であるならば、世界各国で同じような傾向がみられるのは不自然だと指摘。また、オジャース氏はメンタルヘルスの問題が社会経済的な地位が低い家庭の若者で多いと主張していますが、これに対しては「2011年以降でみれば貧困ラインを下回る家庭よりも裕福な家庭の若者の方がうつ病になりやすい」という指摘もあります。
以上の議論から、ハイト氏はSNSが若者のメンタルヘルスに悪影響を与えるとして、以下のような取り組みを行うべきだと訴えています。
1:高校まではスマートフォンを使わせないような社会的規範を設ける。
2:16歳未満のSNS使用を禁止する。
3:学校にスマートフォンや携帯電話を持ってくることを禁止するか、登校時に学校が預かるシステムにする。
4:現実世界での自律的で自由な遊びを推奨する。
もし政策立案者がオジャース氏の理論に従って社会問題の解決に取り組み、そして数十年後に理論が間違っていたことが判明した場合、幅広い世代がSNSによるメンタルヘルスへの悪影響を抱えることになるとハイト氏は指摘。その一方で、ハイト氏の理論に従ってSNSの規制に取り組んだ結果、もし数十年後に理論が間違っていたことが判明しても、「子ども時代にSNSに触らず、学校で授業中にスマートフォンを触らず、外で遊んだ経験」が悪影響を及ぼす可能性は低いとしています。
ハイト氏は、「私たちは、たとえ時に誤った警告を与えるとしても、異議を唱える懐疑論者を必要としています。懐疑論者には神のご加護があらんことを。しかし、ある時点ではたとえ100%正しい原因だと断言できなくても、最も確からしい理論に基づいて行動を起こす必要があります。今がその時だと思います」と述べ、早急に若者のSNS使用を規制をするべきだと主張しました。
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in モバイル, ネットサービス, サイエンス, Posted by log1h_ik
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