ケモナーが開発した冷却ベストが米軍でも採用されるようになった物語
by Julian Hodgson
14年間の兵役を終えたトラヴィスさんは、ユキヒョウやトラ、オオカミなどの特徴を併せ持つ「ストルフ」と呼ばれるキャラクターの着ぐるみを着て、バイクに乗ったりスキーを滑ったりするファーリー・ファンダムで活躍する人物。ファーリー・ファンダムは、日本におけるケモナーと呼ばれる人々のうち、自身も獣の着ぐるみを着用してキャラクターになりきることを好むファンの集団です。そんなケモナーにより開発された冷却ベストが、米軍の一部でも愛用されるようになっていると海外メディアのThe Daily Beastが報じています。
How a Cooling Vest Invented by a Furry Made Its Way Into the U.S. Military
https://www.thedailybeast.com/how-a-cooling-vest-invented-by-a-furry-made-its-way-into-the-us-military
着ぐるみを着てアクティビティを行うというファーリー・ファンダムの活動は、必ずしも快適なものではありません。その理由は「着ぐるみの中は暑く」、活動場所は「日当たりの良い屋外」であるケースが多いためです。また、ファーリー・ファンダムで使用される着ぐるみは毛皮で覆われているため、普通の着ぐるみよりも保温性が高いというのも特徴。そのため、着ぐるみを着る際には、着用者の体を冷やすために液体パック付きの特別設計の冷却ベストを使用するケースがあるそうです。このような冷却ベストは着ぐるみの着用者にとっては「天の恵みそのもの」とのこと。
トラヴィスさんも、冷却ベストの一種であるオランダ製の「EZ Cooldown」を着用しているそうです。トラヴィスさんが最初に冷却ベストを購入したのは2012年頃で、2014年後半にEZ Cooldownを使用するようになった模様。トラヴィスさんはEZ Cooldownについて、「着ぐるみを着用すると体の芯の温度がかなり上がるので、冷却ベストを着用することには大きな違いがあります」と述べています。
トラヴィスさんは兵役時代にイラクとワシントン州マコード空軍基地で、Mk19 自動擲弾銃などの小型武器の保守・修理を任されてきたそうで、イラクで敵の戦闘機と交戦したことを示す勲章も持っているという人物。トラヴィスさんは軍の式典に出席する機会があったそうですが、その頃は既に退役済みだったため、軍服を着用することができず、軍から「何か別の衣装を着用するように」と勧められたそうです。そこで、トラヴィスさんはストルフの着ぐるみを着て式典に出席し、SNS上で広く拡散されたこともあります。
そんなトラヴィスさんは、兵役時代にEZ Cooldownを着用して日常業務や訓練演習に参加することが頻繁にあったそうです。
このEZ Cooldownの開発者は、オランダ人のPepeyn Langedijkさんです。Langedijkさんは「EZウルフ」という着ぐるみを着て活動するファーリーでもあります。Langedijkさんは多くの愛好家と同じく着ぐるみの快適性の低さを憂い、軍用の冷却ベストを改造することで、EZ Cooldownを制作することに成功しています。Langedijkさんによると、EZ Cooldownは2018年に1000個以上を販売しており、売上の約80%がアメリカの顧客によるものだそうです。
正式な契約は結んでいないものの、日本に駐留する米海軍部隊の一部が2018年にEZ Cooldownに関する問い合わせを行っており、基地への出荷は可能かを尋ねてきたとLangedijkさんは語っています。軍との正式な契約には至らなかったものの、最終的に米海軍兵は10着のEZ Cooldownを購入。さらに、Langedijkさんの友人が初めに20着、さらにその後30着を購入したそうです。なお、米海軍兵がどこでどのようにEZ Cooldownについて知ったのかは不明。
米海軍はThe Daily Beastによるコメントの要請に応じなかったものの、広報担当者は「兵士は個人の自由で冷却ベストを購入・着用することが認められている」と述べました。
Langedijkさんは2012年に受けたCNNのインタビューの中で、軍の兵士が「相変化冷却ベスト」と呼ばれるものを使用していることに初めて気づいたと語っています。陸軍装備部門の広報担当者によると、この冷却ベストは砂漠などの熱環境で戦車などの装甲車両内で活動する兵士が着用するものだそうです。相変化冷却ベストには「独自のポータブル電源が必要」「かさばる」という問題があります。ただし、相変化冷却ベストは冷却液を循環させることで効果的に着用者の体を冷やすことが可能です。
Langedijkさんはコスプレイヤーの動画を撮影するプロのカメラマン。相変化冷却ベストを使えば演者がより長時間涼しく過ごすことができるため、仕事の役に立つと考えたそうです。しかし、相変化冷却ベストは軍事用であるため大きく重く、「衣装の下に着用するにはあまりに不格好」でした。そこで、Langedijkさんは独自の冷却パック入りのベストを作成することに決めたと語っています。ベストの背中のくびれ部分と胸の高い位置に冷却パックを入れるポケットを配置することで、着用者の体を効率的に冷やすことができるようになったとLangedijkさんは説明しています。
そして、Langedijkさんは2013年にファーリー向けのイベント「Eurofurence」の中で独自の冷却ベストをリリース。その後、すぐに多くのファーリーから「EZ Cooldownはまさにゲームチャンジャ―だ!」と評されるようになったそうです。EZ Cooldownは市場で最大の冷却ベストメーカーではありませんが、ファーリーが運営する唯一の冷却ベストメーカーだそうで、Langedijkさんは「コミュニティからの信頼が大いに役立っている」と語りました。
なお、EZ Cooldownはファーリー以外のコミュニティからも注目を集めており、アメリカ最大のモータースポーツ統括団体であるNASCARのドライバーとして活躍するTed Minor選手など、数名の著名人にも冷却ベストを提供しています。Langedijkさんによると、アメリカで広く認知されているスモーキー・ベアの着ぐるみアクターのひとりもEZ Cooldownを着用しているそうです。なお、スモーキー・ベアを広報担当キャラクターとして採用しているアメリカ林野局は、「着ぐるみアクターは快適性を保つために多くのことをしていますが、当局が公式に何かしらのアイテムの使用を支持したり推奨したりすることはありません」とコメントしています。
Langedijkさんによると、EZ Cooldownは屋根職人、鉱山労働者、海洋採掘業者、外科医、ゲームのテスター、ペットの飼い主、スポーツイベントに登場するマスコットなど、さまざまなユーザーに愛されているとのこと。「ベストのすべての用途を想像することは我々にすらできません」とLangedijkさんも語っています。
by Julian Hodgson
LangedijkさんはEZ Cooldownのビジネスが今後も成長していくと予測しており、「スカンジナビアのような気候の穏やかな地域で暮らす人々は、ベストに最も関心を抱いています。ヨーロッパがひどい熱波に見舞われるのは2年連続です」と語り、気候変動がEZ Cooldownの需要増に拍車をかけるとしました。
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