「パックマン」のように特定の物質だけを摂取・排出する人工細胞の開発に成功
生物の最も基本的な構成単位である細胞が持つ「特定の物質を摂取し排出する能力」を、人工細胞で再現することに成功したとアメリカの研究チームが発表しました。
Transmembrane transport in inorganic colloidal cell-mimics | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-021-03774-y
Scientists Create Artificial Cells That Mimic Living Cells’ Ability to Capture, Process, and Expel Material
https://www.nyu.edu/about/news-publications/news/2021/september/artificial-cells.html
生きた細胞の基本的な機能は、「周囲の環境からエネルギーを収集し、分子を細胞内に出し入れする」というもので、これを「能動輸送」と呼びます。能動輸送はエネルギーを使って分子を低濃度の場所から高濃度の場所へ移動させるというもので、生物の細胞はこの能動輸送を行って、ブドウ糖やアミノ酸といった必要な分子を取り込み、エネルギーを蓄え、老廃物を排出しています。
研究者たちは何十年にもわたり生物の細胞の特徴や行動を模倣した微細構造体である「人工細胞」の開発に取り組んできました。しかし、人工細胞は能動輸送のような複雑な細胞プロセスを再現することができていませんでした。
しかし、ニューヨーク大学とシカゴ大学の研究者チームが科学誌のNatureで発表した最新の研究では、生きた細胞の機能を完全に再現することに一歩近づいています。
研究チームが開発した人工細胞は、さまざまな粒子の混合物の中に配置されると、特定の物質を自律的に摂取・濃縮・貯蔵・運搬することが可能です。これは細胞の能動輸送を模倣したものですが、人工細胞は最小限の材料のみで製造されており、生物学的な材料は一切利用していません。
能動輸送を模倣するため、研究チームは細胞の出入りを制御する細胞膜の代わりにポリマーを用い、赤血球サイズの球状の膜を作成。この膜に微細な穴を開けることで、細胞のタンパク質チャネルを模し、物質の出し入れを担当するナノチャネルを構築しました。
しかし、能動輸送を再現するには、細胞のような構造を動力にして物質を引き寄せたり排出したりする仕組みが必要です。生きた細胞の場合、ミトコンドリアとアデノシン三リン酸(ATP)が能動的な輸送に必要なエネルギーを供給してくれます。人工細胞ではナノチャネルの内部に「光で活性化するポンプ」として機能する化学反応性の成分を加えることで、光が当たると化学反応が生じ、ポンプがナノチャネルで真空状態を形成し、対象となる物質を内部に引き込むことができる構造を作成。さらに、光が当たらずポンプが機能しなくなると、物質はナノチャネル内に閉じ込められる機能も実現しました。また、この化学反応を反転させることで、ナノチャネルから必要に応じて物質を排出することも可能です。
実際に人工細胞が能動輸送を再現する様子は、以下のムービーで確認できます。
Artificial Cell Mimics - YouTube
人工細胞が特定の物質を摂取するプロセス
以下の画像の中央にある円が人工細胞で、「Active Cell」が活性状態のもの、「Passive Cell」が不活性状態のものです。「Tracers」は人工細胞が摂取するターゲットとなっている物質で、「Pump」は人工細胞が摂取に成功したもの。
画面左上のアイコンが黄色い時が、人工細胞に光が当てられているサイン。
光を当てるとどんどん物質を取り込んでいき……
光の照射が止まると摂取プロセスも停止。
人工細胞内がターゲットとなる物質でいっぱいに。
光を照射していない場合、人工細胞から物質が漏れ出ることはありません。
人工細胞が特定の物質を排出するプロセス
摂取プロセスを反転させることで、取り込んだ物質を排出することも可能です。光を当てると物質が排出され……
光の照射を止めると排出が停止。
本研究の筆頭著者であるニューヨーク大学のステファノ・サカンナ准教授は、「今回の人工細胞の設計コンセプトは、人工的な細胞模倣体を自律的に動作させ、生きた細胞でしかみられなかった能動輸送を再現することでした。人工細胞の設計における重要部分は、細胞内部の動力を模倣する活性要素と、細胞壁によって課される物理的制約との相乗効果であり、これによって異物を摂取・処理・排出しています」と語りました。
研究チームはこの人工細胞をさまざまな環境下でテストしており、水中で光を当てることで周囲の粒子や不純物を集めることにも成功しています。そのため、サカンナ氏は自身らが作成した人工細胞を「ゲームのパックマンのようなもので、汚染物質を食べて回ります」と説明しました。
また、別の実験では人工細胞を使って大腸菌を収集することにも成功しており、体内の特定の細菌のみをターゲットに収集する可能性が提示されています。このほか、人工細胞の中に収容された物質を光を当てて排出することも可能なため、将来的には薬を体内に運ぶために利用できるかもしれません。
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