10年以上交換不要な原子力電池を自作して携帯ゲーム機に組み込んだ猛者が登場
ゲームボーイなどの携帯ゲーム機はいつでもどこでも遊べるのが利点ですが、乾電池や充電池で動作するため、定期的に電池の交換や充電をしなければいけないという問題がつきまといます。そこで、半減期12年以上のトリチウム(三重水素)を使った自作原子力電池を携帯ゲーム機に組み込む実験を、エンジニアYouTuberのイアン・チャーナス氏がムービーで公開しています。
Building A Nuclear Powered Gameboy (Lasts 100 Years!) - YouTube
「原子力で発電する」というと、一般的にイメージするのは原子力発電所。
原子力発電所のシステムは「原子炉内で核分裂を起こし、その熱で水を沸かし、水蒸気でタービンを回して発電する」というのが基本です。
しかし、小型の原子力電池で原子炉を用意することはできません。そこで、用意するのがトリチウムを封入した蛍光カプセルです。
トリチウムは水素の放射性同位体で、その原子は陽子1つと電子1つ、そして本来水素原子にはない中性子2つで構成されます。
原子核に存在する中性子は一定確率でベータ崩壊を起こし、陽子と電子と反電子ニュートリノとなります。このうち電子はおよそ5.7k電子ボルトのエネルギーを持つベータ線となって放出されます。なお、残りのエネルギーは反電子ニュートリノとなって放出されます。
残った原子はヘリウムの同位体「ヘリウム3」になります。これがトリチウムのベータ崩壊です。
つまり、トリチウムからは微弱なベータ線が常に放出されます。このトリチウムを、リン光物質を内側に塗布したガラス管の中に封入すると、常に発光するトリチウム管となります。微弱なベータ線はトリチウム管のガラスを貫通できないので安全性が高く、時計の文字盤や釣りの道具など、さまざまな場面で利用されています。
今回チャーナス氏が考案したのは、このトリチウム管と太陽電池を使った光電変換方式の原子力電池です。
トリチウム管の発光色にはさまざまな種類がありますが、緑・白・黄・青・紫・赤の6種類でチャーナス氏が実験した結果、最も発電力が高かったのは緑だったとのこと。
太陽電池の上にトリチウム管をずらっと並べて……
さらに太陽電池で挟みます。
この自作原子力電池が生み出す電力を計測してみると、1.5μWでした。μ(マイクロ)は「100万分の1」を意味します。
携帯ゲーム機の名機といえば、任天堂のゲームボーイ。単3乾電池4本で動作するゲームボーイの消費電力は公称600mW=約60万μWで、自前でバックライトを組み込んだチャーナス氏のゲームボーイだと実測で約100万μW。これを動かすためには自作の原子力電池が大量に必要になり、現実的ではありません。
そこで、テトリスが遊べる液晶ゲーム機を集めて検証した結果、以下のゲーム機の消費電力は約1000μWだと判明。これならば、やり方によっては原子力電池でも動かすことができるかも、とチャーナス氏。
しかし、1.5μWの原子力電池で1000μWのゲーム機を動かすためには、原子力電池の電気をどこかに蓄える仕組みが必要です。チャーナス氏によれば、一般的なコンデンサーは漏れ電流が多く、今回のような非常に微弱な電気を少しずつ蓄える目的には向かないとのこと。
そこでチャーナス氏が注目したのが、薄膜型全固体電池のCBC3150。漏れ電流が非常に少ないため、チャーナス氏はこのCBC3150を使うことに決定。
薄膜型全固体電池であるCBC3150は、記事作成時点では非常に珍しい電池で、入手にもかなり苦労したと、チャーナス氏。CBC 3150の大きさは9mm×9mmで、ピンセットでつまむとこんな感じ。
さっそく原子力電池とCBC3150を載せる基板を設計します。
ただし、CBC3150の電極は精密はんだごてが届かず、非常に微細な回路を印刷する器具もありません。そこで、ペースト状のはんだとステンシルを使い、基板に回路を手作業で印刷します。
また、電池が非常に小さいので、顕微鏡を見ながら部品を配置する必要があります。
部品を配置したらホットプレートでリフローします。
自作のアクリルプレートをはりつけて完成。自作の原子力電池を1基、CBC3150を10基搭載しています。
さっそくゲーム機に取り付けてプレイ……といきたいところですが、1.5μWの原子力電池で1000μWのゲーム機を速攻で動かすのは不可能。まずは「原子力電池で起こした電気を10基のCBC3150に蓄える」必要があります。
計算では、1週間の充電で約10分間遊べるはずだとのこと。
1週間の充電期間を経て、さっそく電源を入れると、問題なく液晶は映りましたが……
4~5秒ほど遊ぶと画面が消えてしまいました。
調べてみると、薄膜型全固体電池のCBC3150に不具合があったとのこと。
しかし、CBC3150の在庫がなく、買い替えることができなかったため、チャーナス氏は同じ薄膜型全固体電池のEnerChip CBC050を用意しました。
充電部分となる全固体電池が変わったので、基板も再度作り直し。
新しく作った原子力電池ユニットをゲーム機に取り付けます。
そして再び1週間の充電期間を経て、2回目のテストプレイに挑戦。スマートフォンのタイマーで時間を計測しながら、チャーナス氏はゲームプレイを開始。
今回は問題なくゲームし続けることができました。
なんと予想を大きく超えて、55分も連続で遊ぶことができたとのこと。トリチウムの半減期は12.3年なので、1時間遊ぶために1週間の充電期間を要しますが、10年はバッテリーを交換しなくても済みます。ただし、トリチウムの放射線量が減衰すると発光量も減衰するので、理論的には少しずつ充電期間が長くなることになります。
なお、トリチウムを使っている原子力電池の放射線量が気になるところ。実際にチャーナス氏がガイガーカウンターで計測したところ、ほとんど針が振れず、放射線の漏出はほとんど計測されませんでした。
ウラン鉱石を計測すると、針が振り切れるほど動いたので、ガイガーカウンターが壊れているわけでもありません。
同じガイガーカウンターで屋外に常時さらされている縁石を計測すると、針が少し動きました。原子力電池からの放射線量は、自然放射線量よりも少ないと、チャーナス氏は述べています。
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