サイエンス

原子爆弾開発に関する「情報制限」は後世にどのような影響を与えたのか?


第二次世界大戦中に、ナチス・ドイツなどの枢軸国の原子爆弾開発に対抗するため、アメリカ・イギリス・カナダは科学者と技術者を総動員して原子爆弾製造にあたる「マンハッタン計画」を立ち上げました。マンハッタン計画で秘された情報の取り扱いを巡る物語について、大手学術誌のNatureが解説しています。

Born secret — the heavy burden of bomb physics
https://www.nature.com/articles/d41586-021-01024-9

Natureが解説の中心としているのは、核兵器の歴史に関する専門家として知られるスティーブンス工科大学のアレックス・ウェラーシュタイン氏が2021年4月に発表した著作「Restricted Data: The History of Nuclear Secrecy in the United States」です。ウェラーシュタイン氏はこの著作の中で、原子爆弾開発の基礎となった原子分裂の初期研究からマンハッタン計画に至るまでの道のりについて詳細に解説しています。

Amazon | Restricted Data: The History of Nuclear Secrecy in the United States | Wellerstein, Alex | 20th Century


この本のタイトルである「Restricted Data(制限されたデータ)」というのは、1946年原子力法(通称マクマホン法)で初めて規定された概念です。マクマホン法では核兵器にまつわるあらゆる情報漏えいを防ぐため、「核兵器の設計・製造・利用」「特殊核物質の製造」「エネルギー生産における特殊核物質の利用」に関する全データを機密扱いとしました。これがRestricted Dataです。

通常は機密扱いとされるためには、まず正式に評価が行われる必要があります。しかし、Restricted Dataは評価というプロセスなしに、さらにどの民間機関・国家機関・一般研究者が作成したかに関わらず、原子力にまつわるあらゆるデータを機密扱いとする処置だったことから、「Born Secret(生まれながらの機密)」とも表現されます。

ウェラーシュタイン氏がRestricted Dataにまつわるエピソードとして紹介しているのが、アメリカの大衆科学誌のScientific Americanが報じた原子力特集数千部を、アメリカ原子力委員会が「機密情報が含まれている」として焚書にしたという話です。ウェラーシュタイン氏によると、実際にはこの原子力特集には機密情報は含まれていなかったそうですが、マンハッタン計画で重要な役割を果たし、後にノーベル賞を受賞することとなるハンス・ベーテの解説が含まれていたことが懸念の対象とされたとのこと。ウェラーシュタイン氏は、このエピソードから当時の検閲状況はかなり厳しいものだったと主張しているわけです。

さらに、ウェラーシュタイン氏は「核開発に関する情報漏えいを許すと、敵国が核兵器を作れるようになってしまう」という「誤解」が存在しているとも語ります。この誤解を促進した代表例として挙げられているのが、ドイツ生まれの理論物理学者のクラウス・フックスです。フックスはマンハッタン計画で原子爆弾開発に貢献しましたが、その傍らでスパイとしてソビエト連邦に機密情報を流し続けており、第二次世界大戦終結後にスパイとして有罪判決を受けています。


既知の情報が掲載された雑誌を燃やすのは馬鹿げていると思えるかもしれませんが、その情報が権威ある人によって書かれ、敵国の兵器製造を助ける危険性が少しでもあるならば、慎重を期した方がよいのではと思うべきなのかもしれません。しかし、デイビー・クロケットの開発者として知られるセオドア・ブリュースター・テイラーの発言を引用しながら、ウェラーシュタイン氏はそういった意見に反論しています。ウェラーシュタイン氏が引用した発言とは、核兵器を手に入れようとするテロリストグループを念頭に置いた「ワールドトレードセンターを倒壊させるようなものを作るには、どのような方法があるのかを考えてみてください。高度な技術は一切必要ありません」というもので、原子爆弾に関する製造法を秘密にしても意味がないという趣旨の発言でした。なお、2001年9月11日にワールドトレードセンターは核兵器なしで倒壊させられたため、セオドア・ブリュースター・テイラーは「先見の明があった」と表現されています。

また、ウェラーシュタイン氏は「現代では情報漏えい自体に対する罪が重くなっている」とも指摘しています。1980代にアメリカの海軍情報分析官がソ連の原子力空母の映像を雑誌に売り渡したとして懲役2年を言い渡されています。一方、2018年には「2016年のアメリカ大統領選を妨害するためにロシアが有権者登録システムをハッキングした」という機密情報を売り渡したとして、アメリカ空軍に所属していたリアリティ・ウィナーという20代の女性が懲役5年を言い渡されています。この2つの量刑を比較して、ウェラーシュタイン氏は「ウィナーの情報漏えいはもちろん違法ですが、内容自体は、テレビで毎晩のようにさかんに報じられていたニュースと同内容でした。ウィナーの罪は、核軍拡競争の秘密を暴露したことほど重大なこととは思えません」と述べています。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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