なぜ「沈没船の鋼」が放射線を検出するガイガーカウンターに用いられてきたのか?
核兵器は世界にさまざまな影響を与えましたが、分子レベルの世界でも多大な影響を与えました。一例では、放射性同位体である炭素14の存在比率を基にした年代測定法である放射性炭素年代測定は、核実験による放射線の影響を大いに受けていることが知られています。核兵器の誕生後に生産された「鋼」もまた核実験による放射能の影響を受けていたため、最も微量な放射線を検出するための機器には、「Low-background steel」という、沈没船から引き上げられた鋼が用いられてきました。
Low Background Steel — So Hot Right Now | Hackaday
https://hackaday.com/2017/03/27/low-background-steel-so-hot-right-now/
1850年頃に考案された安価かつ大量生産が可能な世界初となる鋼の製法「ベッセマー法」は、溶けた銑鉄に含まれる不純物と吹き込んだ空気との間で酸化還元反応を生み出し、不純物を酸化物として取り除くという手法です。この方法の誕生によって、鋼の生産コストは約6分の1ほどに減少し、生産量と生産速度は増大。さらに、鋼の生産に要する労働力も減少しました。
by Brough Turner
現代で使われる転炉もベッセマー法をベースにしていますが、空気の代わりに純粋な酸素を吹き込むという点が異なります。これは、空気を吹き入れた場合は、空気の80%を占める窒素が転炉内の温度を下げ、鋼鉄中に混じる不純物となってしまうことが理由です。
ベッセマー法以降の鋼の製法の共通点は、いずれも酸素を使うということ。しかし、1945年7月16日にアメリカで行われた人類初の核実験であるトリニティ実験以降、大気中にはコバルト60などの放射性不純物が含まれるようになったため、酸素を吹き込む際にはこれらの放射性不純物がどうしても混入してしまうようになりました。そのため、1945年以降に生産された鋼は放射能をわずかに有しているとのこと。古い鋼はリサイクルの際に新しい鋼に混ぜ込まれるため、リサイクルによって生まれた鋼も放射性不純物を含んでいます。さらに、溶鉱炉の磨耗を調べるためにコバルト60を耐火煉瓦にトレーサーとして混入するという手法も登場したため、ごく微量の放射性不純物が鋼の中に含まれることとなりました。
放射性不純物を含む鋼がガイガーカウンターなどの放射線を検出する装置に用いられると、鋼自体が放出する放射線がノイズになってしまい、うまく放射線の検出ができません。そのため、ガイガーカウンターなどの製造には、放射線を出さない鋼である「Low-background steel」が必要となります。
記事作成時点でLow-background steelの貴重な供給源となっているのは、なんと「第二次世界大戦が終結する以前の沈没船」です。海は放射線を減衰するため、トリニティ実験以前に沈没した船の鋼は地上で行われた放射線の影響をほとんど受けておらず、微量の放射線を検出する機器の製造に適しているとのこと。たとえば、第一次世界対戦後にスカパ・フローで自沈したドイツ艦隊からは、多量のLow-background steelが得られたそうです。日本では、戦艦陸奥から引き上げられた鋼の一部が「むつ鉄」として使われています。
近年では核実験を禁止するさまざまな条約が制定されたことと、放射性同位元素は半減期が短いことが理由で、鋼の放射能は年々低下しているとのことです。
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