鼻水などの粘液が「有害になり得る微生物を飼い慣らす」機能を持っていることが判明
by qimono
「寒い季節になると鼻水が出る」という人も多いはずですが、季節にかかわらず口の中や消化管の中など、人体の多くの箇所はヌルヌルとした粘液で覆われています。人体の粘液について調べていた研究チームが、「粘液には有害になり得る微生物を飼い慣らす機能がある」ことを発見しました。
Mucin glycans attenuate the virulence of Pseudomonas aeruginosa in infection | Nature Microbiology
https://www.nature.com/articles/s41564-019-0581-8
Sugars in mucus stop microbes, study of snot and germs shows - The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/science/2019/10/14/snot-contains-powerful-sugars-that-tame-germs/
マサチューセッツ工科大学の生物物理学者であるKatharina Ribbeck氏は、長年にわたって人間が分泌する粘液について研究を行ってきました。人体を覆う粘液は食道や胃を滑らかにし、膣内では精子が子宮頸部を通過するのを助けるといった働きを持っています。
Ribbeck氏の研究チームが調査しているのは、粘液に含まれるムチンという粘性物質についてです。ムチンは糖を多量に含む糖タンパク質の混合物であり、細胞の保護や潤滑物質としての役割を担っています。Ribbeck氏によると、ムチンは「小さなブラシのように見える物質」とのこと。
「私たちの体表面の多くを占めるのは、ほとんど研究されていない物質です」とRibbeck氏は述べており、ムチンの研究は進んでいないと指摘。研究チームの一員ではないものの、ムチンについて研究するスウェーデン・ヨーテボリ大学のGunnar Hansson教授も、「かつて粘液は公衆衛生や医学の分野で『悪いモノ』だと考えられていました」「粘液とムチンの研究は非常に複雑で、他のほとんどの生物医学分野に遅れを取っています」と述べています。
by luvqs
一般に、人体の粘液は「外部の微生物を捕らえるフィルターの役割を果たしている」と説明されることが多いものの、Ribbeck氏は「私たちが粘液に微生物を加えたところ、粘液は微生物を全く捕らえませんでした」と述べています。むしろ微生物は粘液の中で自由に浮遊したそうですが、免疫システムにとっては、微生物が凝集して浸透しにくい塊になるよりも、粘液中を浮遊している方が対処しやすいとのこと。
しかし、粘液中に含まれる全ての微生物を人体が殺す必要はありません。人体に悪影響を与える微生物は実のところ少数であり、実際に人体の外部にも内部にも大量の微生物が生息しているとRibbeck氏は指摘。中には人体にとって有益な微生物も存在し、たとえば消化管の粘液中に生息する微生物には、食物の消化に役立つものがあります。
Ribbeck氏は人体と微生物との関係について、「私たちは微生物に住居を提供し、その見返りに微生物は私たちにさまざまなサービスをしてくれます」とコメント。この考えに基づき、Ribbeck氏は粘液が「微生物を友好的な住民に飼い慣らす機能」を持っているのではないかと考えました。
by geralt
そこでRibbeck氏らの研究チームは、ムチンを構成するO結合型糖鎖が、微生物に対してどのように反応するかを確かめる実験を行いました。実験では、健常者に感染しても病気にならないものの、免疫力が低下した人に対しては病気を引き起こす緑膿菌を粘液に埋め込み、やけどしたブタの皮膚や人間の上皮細胞などと共に培養しました。
実験の結果、O結合型糖鎖の働きによって緑膿菌の感染力が低下することが判明。また、O結合型糖鎖は緑膿菌による細胞への攻撃や毒素の分泌、緑膿菌間のコミュニケーション、緑膿菌の塊の形成を含むさまざまな遺伝的経路を遮断したとのこと。Ribbeck氏はムチンを構成するO結合型糖鎖が持つ機能について、「まるで妖精の粉のようです」とコメントしています。
さらに今回の論文においては未発表となった研究では、O結合型糖鎖がストレプトコッカス・ミュータンスや酵母といった微生物を、緑膿菌のように飼い慣らすことができることも示唆されているそうです。近年では微生物を殺す抗生物質に対抗し、微生物が抗生物質の効かないスーパーバグに進化するケースが危険視されています。そこで、微生物を殺すのではなく、「感染力を弱めて飼い慣らす」というアプローチを採ることが、感染症に対する有効な戦略になる可能性があるとRibbeck氏は主張しました。
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