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死が近づいている人はどのような言葉を話すのか?

by wezlo

歴史上の偉人を語る際につきものなのが、「あの人物は死ぬ間際にこう言い残した」という逸話です。しかし、死の間際であってもはっきりと言葉を話すことができる人は少なく、実際には多くの人々が死の間際には意味不明な言葉やうわごとを口走るようになります。そんな「死にかけている人々が話す言葉」についての研究が、近年ようやく進みつつあるとノンフィクション作家でジャーナリストのMichael Erard氏が述べています。

How Do People Communicate Before Death? - The Atlantic
https://www.theatlantic.com/family/archive/2019/01/how-do-people-communicate-before-death/580303/

外国語の教師として働いているLisa Smartt氏は、自身の父親で臨床心理学者でもあるMort Felix氏が自宅で死にかけていた時、しばしば意味を持たない言葉を話すようになったことに気がつきました。当時77歳だったFelix氏はガンに冒されており、鎮痛目的のモルヒネによって意識が不確かなことも多かったそうです。


Felix氏は「悲しみはとても多い」「ここから降ろしてくれ」といった言葉をつぶやき始め、天使や部屋の中に大勢の人がいる幻覚を見るようになったとのこと。そこでSmartt氏はFelix氏のベッドサイドに座り、Felix氏が死の床で話す言葉をメモし始めました。

人が死の間際に話した内容について興味を抱いたSmartt氏は、死に近づいている人々の最後の言葉を記録する学問的研究を行いたいと考えました。大学院への協力要請は拒否されてしまったものの、Smartt氏は個人的に末期患者の家族や医療スタッフへのインタビューを行い、「かいまみた死後の世界」などの著作で知られる心理学者のレイモンド・ムーディ氏の協力を得ることに成功したとのこと。そして181人の亡くなった人々から2000もの会話を採取したSmartt氏は2017年に「Words at the Threshold」という本で死に際の言葉をまとめて発表しました。

by kristinbauer.photography

Smartt氏の著作は死に近づいた人々が話す言葉についての数少ない言語学的コーパスです。1921年にはアメリカの人類学者であるArthur MacDonald氏が、「死を目前にした人々の心理状態」を評価するために、人々を10の職業カテゴリー(政治家・哲学者・詩人など)に分けて、最後の言葉の傾向を分析した研究を発表しています。

MacDonald氏の研究によると、軍人は「比較的多くの要求や指示、忠告」を話す傾向にあり、教師や数学者を含む哲学者の人々は、「疑問や答え、感嘆の言葉」を発しやすい傾向にあったとのこと。宗教家や王族は満足や不満足を述べることが多く、芸術家や科学者はあまり言葉を発さなかったそうです。

Smartt氏やMacDonald氏の研究は、最後の言葉を定量的に分析して評価する数少ない試みであるとされています。多くの場合、人が発した最後の言葉はその人の偉大さや面白さを伝える伝記や逸話、物語の一部分として伝えられることが多く、あまり現実的な分析が行われてきませんでした。

by sparkle glowplug

1992年にはホスピスの看護師であったMaggie Callanan氏とPatricia Kelley氏によって、死に近づいた人々との会話などを記録した「Final Gifts」が出版されました。Callanan氏とKelley氏は、「人が弱っていくにつれて他者とのコミュニケーションが難しくなっていきます」と述べています。

テキサス州立大学でコミュニケーションを研究するMaureen Keeley氏は、人が死に近づくと体力が衰え、長時間の会話に体が付いていかなくなったり、言葉を発するための肺活量が不足すると指摘しています。そのため、人々はささやくように話し、一つの単語だけで意思疎通を図ろうとするそうです。体力の不足だけでなく口の乾燥や歯の不足、鎮痛目的の薬物などによってもコミュニケーションが阻害されるとのこと。

特にアルツハイマー病や重度の認知症を患い、長年にわたって正常な言葉を発することができていない人々は、終末期に言葉がうまくしゃべれないことも多くなります。一方で意識が混濁したり錯覚が起きたりして、正常なコミュニケーションが取れなくなる「せん妄」状態に陥ることは、ガンなどの病気の結果亡くなる人々にとって珍しいことではありません。近年の医療技術の発展によって人々の平均寿命が延びる一方で、最後はせん妄状態になって亡くなるケースも増えつつあります。

by Sheila

Smartt氏がFelix氏や他の人々から最後の言葉を採取して発見したパターンとして、「死に近い人々が話す『これ』や『あれ』といった代名詞は、明確な何かに言及しているわけではない」というものがあります。たとえばFelix氏は「『あれ』を地球に降ろしたいのだが……どうやったらいいのかわからない。地球の拘束がない」と話しましたが、「あれ」が指し示すものについては不明のままだったとのこと。

また、Felix氏は「The green dimension(緑の次元)!The green dimension!」と意味のない言葉を繰り返すことがありましたが、Smartt氏は同じ言葉の繰り返しが「感謝」や「死への抵抗」などのテーマを表現していることに気づいたそうです。

そして、Smartt氏が最も驚いたことの一つとして、「死にかけている人々は、一つのストーリーについて何日も、何週間もかけてバラバラに話す」という点があります。たとえばある男性は「ある駅に停車中の列車」について話し、その数日後に「列車が修理されたこと」を話し、そして数週間後になって「列車が北の方角へ走り出したこと」を話しました。

誰かが死を目前にした人の部屋を訪れて、その人が「ボクシング選手がいる」といきなり話し出したら、多くの人は「この人は幻覚を見ているのだろう」と思うかもしれません。しかし、それから数日後になって「ボクシング選手の衣服や見た目」について話し出したとしたら、数日前に話した物語は終わっておらず、物語の続きを語っているのだと人々は気づくかもしれないとSmartt氏は述べています。

by Steve Evans

Callman氏とKelley氏は、「死に近づく人々が口にする『旅行についてのエピソード』は死の隠喩であることが多い」と述べており、旅行について話し始めたらそれは死が近いことを意味しているとしています。2人が記録した17歳の少女はガンによって死にかけている時、「地図がない、地図がないと帰れない!」と話したとのこと。Smartt氏も旅行について話す人がいたことを記録しており、死に近づいた人々は比喩的な表現を使うことが多いとしています。

死にかけている人々の言葉についての研究は、単に言語学的な興味の問題以上に、ホスピスなどで働く医師や看護師、そして死に直面する人々本人にとって有益です。医師は死にゆく人々のロードマップをより詳細にすることで、患者が持つ死への恐怖を軽減することができるかもしれません。看護師は死が近い人々の文化を理解することで、死にゆく人々とのコミュニケーションが増す可能性があります。

その一方で、死についての文化的タブーや倫理的問題から、なかなか死を目前にした人々を研究することが難しいのも事実です。そしてヘルスケアの観点からも、直接ガンの苦痛を減らすわけではないコミュニケーション上の研究は、研究に対する資金提供が受けられにくいとのこと。Smartt氏が発表した記録は、そんな死にかけている人々の言葉を理解するための、最初の一歩であるとErard氏は述べました。

by rawpixel.com

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in メモ, Posted by log1h_ik

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