「女性科学者が少ない」と言われるなかで女性研究者が支配的な科学研究の分野がある
by 4339272
コンピューターサイエンスの学位を取得する女性は全体のわずか18%にとどまり、科学やテクノロジーなどの分野に進む女性の少なさが指摘されています。科学研究でも基本的には女性研究者よりも男性研究者が大勢を占めるのですが、行動神経内分泌学は「女性研究者が過半数である」という珍しい分野であり、なぜこのような逆転が起こっているのかを心理学博士号を持つニコール・バラン氏が記しています。
How Women Overcame Discrimination to Dominate This Scientific Field
http://nautil.us/issue/63/horizons/how-women-came-to-dominate-neuroendocrinology
科学・技術・工学・数学を指す「STEM」の学術分野における女性の割合は、全体として34.4%にとどまることが2015年に報告されています。多くのSTEM分野で男性の研究者が多数を占めており、生物学に関連した博士号は男性よりも女性が取得する割合が多いにも関わらず、同分野における女性の助教授はわずか18%となっています。
一方、このような傾向が当てはまらないのが、行動神経内分泌学の分野です。行動神経内分泌学では女性教授の割合が全体の58%で、過半数を占めています。性差の研究を行う組織(OSSD)の年次ミーティングでは登壇者の70%が女性で、また団体の代表も女性研究者が務めているとのこと。
しかし行動神経内分泌学も、最初から女性研究者が多数存在する分野だったわけではありません。1965年に「West Coast Sex Meetings」と呼ばれる行動神経内分泌学のミーティングがスタートしたとき、研究者はほぼ男性だったといいます。また著名な動物行動学者であるフランク・A・ビーチ氏すら女性蔑視を隠そうともせず、「ラボに卵巣を入れることはない」と宣言していました。
ビーチ氏の態度は、当時の女性に対するハラスメントや差別待遇を象徴しています。当時の男性研究者の多くが女性に対してハラスメントを行ったり、女性を避けたりすることがあったとのこと。雇用を担当する男性教授の中には「女性のキャリアに投資するのは金のムダ」だと信じている人も多くいたそうです。ビーチ氏が担当した数少ない女性生徒のうちの1人であるLeonore Tiefer氏は「女性は仕事を辞めて結婚し、子どもを産むものと考えられていましたから」と語っています。Tiefer氏がジョンズ・ホプキンズ大学でアメリカ国立衛生研究所の博士研究員のポジションに応募した時には、公然と「女性は雇わない」と言われたそうです。
行動神経内分泌学は生物の繁殖や育児、発達、社会的つながりなどのメカニズムを理解しようとする分野であり、女性の人生との関わりが深い学術分野です。しかし、女性の人生と深く関わる内容が研究されていることは、行動神経内分泌学に女性研究者が増えることとなった「原因」というよりも、「結果」であるとのこと。
これは、初期の行動神経内分泌学でフォーカスが当てられていたのがもっぱら「交配」であったことからもわかります。女性研究者が増加し、研究内容が変わりだしたのは、ジョゼフィーン・ボール氏という女性研究者がテストステロンやエストロゲンといったホルモンが学習・空間ナビゲーション・記憶といった認知に大きく影響することを示したからだとみられています。ボール氏の研究によって、それまで交配に当てられていたフォーカスが、「育児」「社会的つながり」「発達」といったより一般的な部分に当たるようになっていったのです。
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例えば、インディアナ大学の教授でありキンゼイ・インスティテュート代表のスー・カーター氏は、神経系におけるオキシトシンが社会的つながりの中で重要な役割を果たしていることを示しましたが、カーター氏は出産をきっかけとしてオキシトシンの研究をスタートさせています。カーター氏が研究を行うまでオキシトシンが脳にインパクトを与えるとは誰も考えていなかったことからも、「女性が参入することによって現在の行動神経内分泌学が作られた」といえるわけです。
女性の数が増えると、行動神経内分泌学には女性研究者を歓迎する文化が作られていき、「女性が男性と平等に扱われる」という環境に多くの研究者が魅力を感じるようになりました。
そして、女性研究者と共に活躍したダニエル・S・レアーマン氏のようなフェミニストの存在も忘れるべきではありません。当時、ドイツの行動学者であるコンラート・ローレンツ氏は「人の行動は本能的・生来的・遺伝的なものである」という主張を行っていましたが、レアーマン氏はこの考えを批評し、「人の行動は複雑であり、生物学的要素と環境の相互作用によって作られる」と主張しました。レアーマン氏は科学研究で初めて、2人の人間の相互作用が互いの行動やホルモンを変えるということを示しました。
レアーマン氏は、自分の研究によって「母親や介護者としての役割と女性との結びつき」が本能的なものであるとする科学的正当化を減らせると理解していました。これは、レアーマン氏がオスとメスが平等に子育てを行うアフリカジュズカケバトの研究を行っていたことからもみてとれます。
またレアーマン氏は積極的に女性研究者を雇い入れ、仕事に対して平等に賃金が払われるように尽力しました。女性研究者のメンタリングにも力を入れており、レアーマン氏のもとで、数多くの女性研究者が活躍することになりました。レアーマン氏の教え子で行動神経内分泌学学会(SBN)の代表を務めるコロンビア大学の心理学者ラエ・シルバー氏は「ダニーは男性が支援されるのと同様に、女性のキャリアが支援されるよう、尽力していました。当時、これはありふれたことではありませんでした」と語っています。レアーマン氏が死去する2カ月前に、連邦教育法第9編で「連邦の補助金や助成を受ける教育機関での性差別を禁じること」が定められました。これによって女性差別を公言していたビーチ氏でさえも、女性研究者を受け入れざるをえなくなったわけです。
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このように、複数の要素が絡みあうことにより、行動神経内分泌学の文化は変化してきました。科学分野での女性に対する地位向上の動きは2018年現在でも続いています。近年、SBNやOSSDのメンバーは実行主義を取ることが多く、生物医学の分野において性差における効果の違いを分析することを求めるようNIHにポリシー変更を要請しました。ポリシーが変更されたことで、女性の健康を促進することができたとのこと。
また、レアーマン氏のアイデアを受け継ぎ、ジェンダーやセクシュアリティといった考え方がホルモンに影響を与える可能性についても研究が行われています。なお、この研究を行っているサリヴァン・アンダーズ氏は、皮肉にも「Frank A. Beach Young Investigator Award(フランク・A・ビーチ若手研究奨励賞)」を受賞しているとのことです。
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