育児に悩み「子育て本」に手を出しがちだが最適な方法があると考えるのがそもそもの間違い
育児は必ずしも親が思っているようにはいかず、悩んだ末に「子育て本」に頼るという場面も出てくるはず。しかし、いざ本を読んでみると多種多様な子育て情報に圧倒されて、かえって悩みが深まるという皮肉なことさえあります。子育て本を読みあさった末に、「子育てに正解などあるわけがない」という真理に到達した人が、「子育て本ビジネス」の罪深さを指摘しています。
The diabolical genius of the baby advice industry | News | The Guardian
https://www.theguardian.com/news/2018/jan/16/baby-advice-books-industry-attachment-parenting
他の哺乳類の赤ちゃんに比べると、人間の赤ちゃんは未熟な状態で生まれてきます。シカやキリンなどの赤ちゃんは産み落とされるとすぐに立ちあがりますが、人間の赤ちゃんは長い期間、自由に動くことはできず無防備な状態が続きます。これについて、人間は他の動物に比べて脳が発達しすぎたせいで、かなり早い段階で産道を無事に通過できなくなるため未熟な状態で生まれるのだという説があります。それが正しいかどうかは別として、人間の赤ちゃんはあまりに未熟で無防備なため、親など周りの大人が手厚くサポートして育てなければいけないことは間違いありません。そして、新生児や乳児のサポートはトラブルの連続で、悩みが尽きない人生の中でも最も難しい問題の一つだと評価する人さえいます。
心理学や幸福学に関する記事を書くライターのオリバー・バークマンさんは、1歳5カ月になる男の子を持つお父さんで、息子が生まれると、子育ての参考にしようと「赤ちゃんの育て方」などについて新米ママ・パパ向けに書かれたいわゆる「子育て本」に手をのばしました。バークマンさんは、子育て本を手に取る世の多くの親と同様に、1冊を読むとまた1冊、腑に落ちないことがあるとまた別の子育て本を物色するという行動を繰り返し、最終的に23冊を購入したそうです。
23冊の子育て本を読んだバークマンさんは、自分がこれまで関わった心理学や幸福学の指南書と同じ構造がある事に気づきました。それは、「いくつかの本同士を比べると、正反対のことや矛盾したことが書かれている」ということ。そのことに気付いたバークマンさんは、本を書く作家や出版する出版社にとって子育て本とはビジネスとしては鉄板の悪魔的なコンテンツだと感じたそうです。
その理由は、子育て本を手にする親は、子育てでの悩みを抱えており、正しい答えを求めてさまようものですが、そもそも人生において最も難しい問題の一つである子育てに正しい方法などあるはずがなく、幻想に過ぎないということを見落としているからだとのこと。この「幻想」を抱くのは答えを求めてさまよう子羊(親)だけでなく、正解を声高に叫ぶ指導者(著者)も同じであるという結論にバークマンさんは辿り着きました。
バークマンさんによると、程度の差はあれほとんどの子育て本には「生まれて早い段階での育て方が、その子の将来に重大な影響を与える」という類いの脅し文句があり、この脅し文句はどんなに懐疑的な読者であっても恐れおののかずにはいられないものだとのこと。「なぜ10.99ポンド(約1600円)の書籍代を惜しんで、子どもをモンスターにしてしまうのですか?」という殺し文句の効果は子育て中の親にとって絶大だというわけです。
バークマンさんは、新生児から乳児までのいわゆる「赤ちゃん」の扱い方について、二大勢力とでも呼べる対立した考えがあることを理解しました。一つは「Baby Trainers」と呼ばれる、新生児はできるだけ早い段階で規則正しい睡眠スケジュールで管理するべきだという説。Baby Trainersの指導者は、赤ちゃんに睡眠トレーニングをほどこさなければ、赤ちゃん自身が情緒不安定になるだけでなく、サポートする親たちの生活リズムも狂わせてしまうと主張します。これに対抗するのが、「Natural Parents」という、赤ちゃんは母親が良いと感じるがままに"自然に"育てるのが良いという説。ただし、Natural Parentsには、女性は子育てに専念するべきという考えが基礎にあるため、働きながら子育てをすることを善しとはしません。
Baby Trainers説は「赤ちゃんが泣いたとしても放置しなければならない。そうすることで、赤ちゃんは自分の行為の無意味さをいずれ『悟り』、すぐに泣くのをやめることを学ぶ」と主張します。しかし、バークマンさんにはBaby Trainers説は、自分の息子を犬のように訓練可能なものと捉えていると思えたとのこと。これに対してNatural Parents説は「赤ちゃんは、小さな体に閉じ込められた『大人』だ」と考えるとのこと。泣きまくる赤ちゃんを放置するのは、話す能力を失った老人を放置するのと同じであり、有害だと主張します。
どちらの説が正しいか悩んだバークマンさんは、結局、あるBaby Trainers説をとる子育て本を参考に、自分の息子に睡眠トレーニングと呼ばれる赤ちゃんの眠る時間をコントロールすることにチャレンジしました。すると、赤ちゃんは約4分間泣いたあとに約10時間眠り、夜を通して起きていたバークマンさんはこれは何かが間違っていると感じたそうです。そして、自分の息子がマニュアルとは違うルールに従っていることに気付いたとのこと。
バークマンさんは、子どもを育てるための最高の方法を指南する「子育てマニュアル」自体はいつの時代もあるけれど、時代や社会の変化とともに変遷していることを指摘しています。かつては感染症による乳児の死亡が問題となっていたため、「乳児を抱いたり、いっしょに遊んだり、キスをしたりするという衝動は避けるべき」というアドバイスがされていましたが、医療水準が高くなった現代では、このアドバイスは冷酷なものに感じるかもしれません。しかし、バークマンさんによると、「親は子育て中に不安を感じる」という性質自体は不変なため、例えば赤ちゃんの死亡リスクが下がった現代においては、それまで気にならなかった別のことが不安要素になるとのこと。例えば、現代社会では「口にくわえさせる『おしゃぶり』は歯ならびに悪影響がある」や「プラスチックの食器を使うと将来的に健康を害する可能性がある」といったことについて親は気をもむというわけです。
しかし、最新の「子育て法」にある、かつて実践されたことのないような方法こそが、赤ちゃんの将来に素晴らしい影響を与えるという考え方は、根本的におかしいとバークマンさんは考えています。もし、これまで知られていなかった「幸せで成功する子どもを育てる方法」があるならば、それが編み出されていなかった時代には、だれも幸せで成功した子どもは育たなかったはずですがそうではありません。歴史上のほとんどすべての偉人は、これまで出版された子育て本の洞察を取り入れられることなく育てられたはずだとバークマンさんは指摘しています。
354人の新米の母親を対象にした研究で、読んだ子育て本の数が増えるほど、母親の抑うつ状態の程度が高く、子育てに対する自信を失ってしまうという結果が出されているとのこと。「ルール」に赤ちゃんが背くのは必然であるため、ストレスが発生する割合が高まるのだからこの結果は驚くべきことではないとバークマンさんは考えています。そして、子育て本のルールに従い、ルールに集中すればするほど育児は退屈なものになり、育てている赤ちゃんを理解しようとすることが少なくなるのではないかとバークマンさんは指摘しています。
バークマンさんによると、間違った子育てとは、「間違ったテクニックを取り入れること」ではなく、「子育てをテクニカルな視点で考えること」だとのこと。人間と人間の関係はとてつもなく複雑なものであり、人間を形作るきっかけや条件になる「変数」は無数にあります。無数にある変数を減らすことは、物事を簡単に理解できるようになるため魅力的ですが、無数にある変数の中からいくつかのものだけを取り出して論じるのはナンセンスだとバークマンさんは考えています。
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