「量子コンピューターは実現しない」と数学者が考える理由とは?
by Alex Sukontsev
量子力学の原理を使って超高速な計算を実現すると考えられている量子コンピューターですが、実現にはまだまだ課題があるとされています。数学者のギル・カライ氏は「量子コンピューターは実現しない」と主張していて、カライ氏の意見をQuanta Magazineが取り上げています。
Gil Kalai’s Argument Against Quantum Computers | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/gil-kalais-argument-against-quantum-computers-20180207/
2002年2月、イェール大学で開催されたマイケル・デボラ氏の量子コンピューターに関するレクチャーに、カライ氏は参加しました。デボラ氏は量子コンピューターの第一人者でしたが、レクチャーのタイトルが「量子コンピューター:奇跡か、それとも蜃気楼か?」というものだったため、カライ氏は「量子コンピューターのプロセスや得られる結果に対して懐疑的なディスカッションになるのだろう」と思っていたとのこと。しかし、実際には量子コンピューターに対して懐疑的な意見は少なく、残念に思ったカライ氏は量子コンピューターに対して懐疑的なスタンスで研究を開始したそうです。
現在のカライ氏はイスラエルのヘブライ大学に勤務する数学者で、「量子コンピューターは蜃気楼に過ぎない」という立場を取っています。量子コンピューターに懐疑的な研究者たちは、「量子コンピューターの内部に存在し、核ともいえる『量子ビット』は開発者たちの想定通りに働かないだろう」と主張しています。量子コンピューターそのものが作れないとする研究者もいますが、「量子コンピューターは作れるが、現在使われているコンピューターの性能を上回るのは難しい」とする研究者もいるそうです。
カライ氏は数学者的な観点とコンピューター科学者的な観点から量子コンピューターについて検討し、量子コンピューターの実現には「ノイズ」の解決が必要だとの結論に達しました。「ノイズ」とは量子コンピューターが作動するプロセスにおいて発生する、エラーのことを指す単語。量子コンピューターにおいては量子ビットを「量子重ね合わせ」の状態で外界からの干渉を受けずに保つことが必要不可欠ですが、量子ビットは外界との相互作用によって損なわれやすいため、外界からの干渉を避けることができないとのこと。
by Steve Jurvetson
IBMやIntel、Microsoftのような大企業が量子コンピューターに多額の出資を行い、中国などでは国家的プロジェクトとしても推進されている現状、カライ氏は自らが少数派であることを認めています。カライ氏は初めから、量子コンピューターに対して懐疑的なスタンスを持っていたわけではないとのこと。2002年の講演を聴いた後、2005年から本格的に「量子コンピューターは蜃気楼に過ぎないのでは?」という課題に取り組み始めたそうです。
「私は量子コンピューターの実現において、『ノイズ』の問題が避けては通れない概念であると見ています」とカライ氏は述べます。量子コンピューターがプロセスを実行する際にある1点でノイズが発生すると、量子コンピューター全体にノイズが波及して、量子コンピューターが不具合を起こす原因になるとのこと。
量子コンピューターに発生するノイズを解決して量子コンピューターを運用するには、ノイズを訂正する「量子誤り訂正」が必要不可欠となります。量子誤り訂正はある量子ビットを理想的な状態に保つため、他の複数の量子ビットを付属してノイズによる誤りを訂正するというもの。しかし、量子誤り訂正を実装するためには、1つの理想的な量子を実現するためにいくつもの「一定以下のノイズを保つ」、それなりに高品質な量子ビットが数百個必要になります。
by Ron Mader
カライ氏は「量子コンピューターの量子ビットは相互に影響を受けやすいため、量子ビットが増えれば増えるほど1つのノイズが他の量子ビットに影響を及ぼす可能性が高くなる」といいます。そして、フーリエ解析によって量子コンピューターの計算における複雑な波形を単純な要素に分解し、量子ビットのノイズによる量子コンピューターへの影響を分析してみたとのこと。
その結果、カライ氏はノイズによってフーリエ変換後の波形で高周波の部分は打ち消され、ノイズが発生すると低周波の部分しか残らないことを突き止めました。「これはベートーヴェンで言えば、ベースは聞こえるがバイオリンやビオラは聞こえないのと同じです」とカライ氏は述べます。
そして、カライ氏はノイズを打ち消すための量子誤り訂正を量子コンピューターに付帯させることも、非常に困難であるとの結論に至ったそうです。「ノイズがある状態でも量子コンピューターが作れないことはないが、それは現存するコンピューターよりも低性能です」とのこと。
by UCL Mathematical & Physical Sciences
カライ氏は「私の主張を『単純な数学的モデルから物理的デバイスに関する反論にまで広げるのは無理がある』『ノイズの軽減は工学的問題であり、リソースをつぎ込めば解決可能だ』と批評する人々もいます。しかし、ノイズの小さい量子コンピューターを作ろうとすれば、必要な量子誤り訂正は指数関数的に増加し、永久に追いつくことができないでしょう」と述べます。
そして、「私は自分の理論に自信を持っていますが、どこかで『間違っていればいい』と思うこともあります。私はただ、結果が証明されるのを待つだけです」と語りました。
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