テイラー・スウィフトらミュージシャンが議会に著作権法の見直しを求めている理由、そして今後の見通しは
By Sumiko Muray
急拡大してきたネット上における音楽の不正コピー問題に関して、テイラー・スウィフトやポール・マッカートニー、U2やエアロスミスといった名だたるミュージシャンが著作権法の見直しを求める行動を起こしています。その背景にあるのが1998年にアメリカで制定された「デジタルミレニアム著作権法 (Digital Millennium Copyright Act:DMCA)」に設けられている「セーフ・ハーバー条項」の存在です。
Why Taylor Swift Is Asking Congress To Update Copyright Laws : All Tech Considered : NPR
http://www.npr.org/sections/alltechconsidered/2016/08/08/487291905/why-taylor-swift-is-asking-congress-to-update-copyright-laws
2016年6月、186組のアーティストと数々の音楽レーベルなどが連名して、デジタルミレニアム著作権法の改正を求める請願書を提出しました。この動きを率いたのは、MCAやワーナーミュージックといった一大レーベルでイーグルスやスティーリー・ダンなど数々の大物ミュージシャンのマネジメントを行ってきたアーヴィング・エイゾフ氏で、同氏の呼びかけには以下のようにブライアン・アダムスやBeck、ガース・ブルックス、シェール、チック・コリア、ジョン・ボン・ジョヴィ、オノ・ヨーコ、リンキン・パーク、マルーン5、Ne-Yo、グウェン・ステファニ、テイラー・スウィフトなど、世代やジャンルを超えた多くのビッグネームが名を連ねています。
Dear Congress: The Digital Millennium Copyright Act is broken and no longer works for creators. pic.twitter.com/u1Gma8rmch
— Irving Azoff (@irvingazoff) 2016年6月20日
また、嘆願書の提出後にはブルース・スプリングスティーンとブルーノ・マーズも賛同を表明しており、エイゾフ氏が謝意を表明しています。
Thanks to Bruce Springsteen and Bruno Mars for being the latest to join us.
— Irving Azoff (@irvingazoff) 2016年6月22日
この中でエイゾフ氏が指摘しているのが、DMCAに設けられている「セーフ・ハーバー条項」の存在です。DMCAは1998年に制定された比較的新しい法律ではありますが、制定当時のネットの世界にはその後を席巻したYouTube、さらにその後に登場したSpotifyやPandora、Apple Musicといった定額制のストリーミングサービスなどは全くといっていいほど存在しておらず、その後のネットの発展に法律がまったく追いついていないというのが実情です。
このようにして生じた法律の不備によって最も被害を被っているのが、今回の嘆願書を提出したミュージシャンに代表されるクリエーターたちです。それまでの音楽業界はレコードやCDを販売することでレーベルとアーティストに収入が入り、さらにレコード業界全体が回転するというビジネスモデルが(賛否両論はあれど)存在していたわけですが、まずはネット上でのファイル交換、そしてYouTubeなどの台頭によってコンテンツが無料で、そして一瞬で世界中に広まるようになったことで、本来得られるべきだった著作権収入がアーティストの懐に入らなくなったという変化が生じました。
By Robert Bejil
DMCAは、このようなWeb上における著作権の侵害を防止するために制定されたものでしたが、ここに存在する「セーフ・ハーバー条項」が大きな足かせになっていると嘆願書では指摘しています。これは、YouTubeなどのサービス運営者の責任を一部免責するもので、たとえサービス上に違法なコンテンツが存在していたとしても、要請を受けて速やかにコンテンツを削除すれば、運営者はその責任を問われないとするものです。
この条項が設けられた当初の目的は、その後の成長が期待される新規サービスの障害を取り除くものとされています。仮に、違法コンテンツを公開した責任が認められた場合、運営者には最高で15万ドル(約1500万円)という罰金が1件ごとに課せられることになります。これを回避するために設けられていたのが上記のセーフ・ハーバー条項だったわけですが、現在では多くのサービスがこの条項をもとにミュージシャンの権利を侵害している、というのが嘆願書の指摘内容です。
事実、この変化で大きく影響を受けたミュージシャンが多くなっているとのこと。その影響は、テイラー・スウィフトのような大物ミュージシャンよりも、地道な活動を続けてきたミュージシャンやレーベルにおいて顕著といえる模様。電子音楽を中心にするレーベル「Projekt Records」を運営し、自らもミュージシャンとしての活動を30年以上にわたって続けてきたサム・ローゼンタル氏もその影響を受ける1人です。
Shop Projekt: Darkwave | 30 years in the underground
その状況についてローゼンタル氏は「常に節約して、規模縮小の方法を探し出す毎日です。また、縮小傾向にある市場になんとか立ち向かう日々です」と苦しい実情を語っています。これはつまり、レーベルとしての収入が落ち込んでいることにほかならず、ローゼンタル氏は「90年代には11人の社員を抱えていましたが、今では2名の契約社員がいるだけです」と厳しい現状を明らかにしています。
ローゼンタル氏がプロデュースしたアーティスト、スティーブ・ローチの活動にもその影響は如実に表れています。多くの時間と労力、そして費用をかけて作品を発表してきたスティーブ・ローチでしたが、かつてはそのスタイルを継続できるだけの収入を得ることができていました。しかし、かつては5万枚から6万枚の売上に達することが当たり前だったアルバムも、現在ではネットで名前を検索するだけで無料でダウンロードできるサイトが簡単に見つかるようになっています。
その状況に対し、ローゼンタル氏をはじめ多くのクリエイターが責任を負うと主張しているのが、Googleなどの巨大インターネット企業です。不正なコピーファイルが氾濫しているのはGoogleなどが不正なファイルへのアクセスを野ざらしの状態にしていることが問題の根源であると指摘しており、ローゼンタル氏は「Googleは問題の90%を解決することができます。それもボタンひとつで、です」と、その責任の大きさを示します。
とはいえ、GoogleやYouTubeなどがまったく手段を講じていないというわけではないのも事実です。YouTubeでは、アーティストに対して自分の楽曲をGoogleの「Content ID」で登録する仕組みを提供しており、アーティストは自身のコンテンツが再生された際の広告表示から生じる売上の一部を受け取ることができるようになっています。この仕組みについて、YouTubeの法律顧問であるキャスリーン・オヤマ氏は「著作権者の95%が収益化を選択しており、収入を受け取っています」と語っています。
By Sean MacEntee
Content IDを導入して以来、これまでに20億ドル(約2000億円)が著作権者に支払われたとYouTubeは公表しています。しかしこの内容に異を唱えているのが、アメリカレコード協会(RIAA)です。同協会の調査によると、YouTubeの動画再生回数は2015年度において100%の伸びをみせていますが、その一方で音楽業界に対して支払われた金額の合計は、わずか17%しか増加していないとのこと。再生回数の増加分のうち、音楽動画の再生がどの程度含まれているのかは不明ではありますが、全体で100%の伸びに対して音楽動画だけが17%しか伸びていないと考えるのは不自然ともいえ、RIAAは「この数値から、テック企業はアーティストよりも多くの利益を得ている」と主張しています。
また、Content IDによる追跡がYouTubeに限られ、Google検索からは除外されていることも問題であると指摘。このために、いくら不正コンテンツを排除したとしても、次々に別の不正コンテンツがアップロードされる原因になっていると指摘しています。
急激なネット環境の変化に法整備が対応できていないのは明らかに状況といえ、アーティストやその周辺に存在するエコシステムのビジネスモデルが成り立たなくなっていることは間違いない状況といえそう。かつて、テイラー・スウィフトがこのような状況に対して「音楽は無料であるべきではない」としてSpotifyから全アルバムを削除したことも話題になりました。多くのコンテンツホルダーが権利の保護を求めて立ち上がったというこの状況に、立法機関がどのような反応を見せるのか注目が集まるのは必至といえそう。アメリカ議会は、ミュージシャン側などからの意見を取り入れる姿勢を示しており、改正案の骨子が2016年末にも示される見通しとなっています。
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