インタビュー

レッドブル・エアレース千葉2016を控える室屋義秀選手にふくしまスカイパークでいろいろ聞いてきました


「究極の三次元モータースポーツ」と形容される「レッドブル・エアレース」が今年も日本にやってきます。2016年6月4日・5日に千葉の幕張海浜公園で開催される「レッドブル・エアレース千葉2016」を控えて日本に帰国したアジア人初のエアレースパイロットである室屋義秀選手に、2戦を終えたここまでのレースと、千葉に向けた現状について聞いてきました。

YOSHI MUROYA | OFFICIAL SITE 室屋義秀の公式ホームページ
http://www.yoshi-muroya.jp/

室屋選手の本拠地であるふくしまスカイパークに到着。天候はひどい雨。


滑走路に向かって右手に格納庫が見えます。


中はこんな感じ。この日は6機が雨を避けるように格納されていました。


時計メーカー「ブライトリング」カラーの「Extra300L」。室屋選手がブライトリングとスポンサー契約を結んだ2013年に導入された複座型(二人乗り)のエアロバティックス機です。


150ノット(約280km/h)で飛行でき、アクロバット(曲技飛行)をするためにカスタマイズされています。


美しい流線型のボディ。


カバーはアクリル製で、左側に小窓付き。ミラーはありませんが、「後ろを見たいときは機体を旋回させればOK」とのこと。納得。


エンジンはアメリカのLycoming社のAEIO-540を搭載。排気量540キュービックインチ(約9000cc)の水平対向6気筒エンジン。


一般的な飛行機のエンジンは背面飛行時にオイルが潤滑しなくなりますが、エアロバティックス用のエンジンはどんな姿勢でもオイルが潤滑するような構造になっているとのこと。


プロペラシャフトの下に空気を取り込むエアインテーク。


機体下部には直管のマフラー


プロペラはわずかにねじれています。


主翼や水平尾翼などはカーボンファイバー製。


機体は大部分がFRP製で、「BREITLING」のロゴのある「ハフ」と呼ばれる部分はなんと布製。特殊な塗料でコーティングされており、触っても布とは思えないほど。


主翼の先端にカバーで覆われているのは……


ピトー管。気流で速度を計測する機器です。


透明部分はストロボライト。オレンジ色のカバー部分は左が赤、右が青に点灯し、真正面に見える飛行機が前後どちらに進行中なのかを判断できる仕組みになっています。


この機体の大きな特徴は、主翼の断面が上下対称な対称翼であること。一般的な飛行機の翼は上側が凸状で下側がフラットですが、反転しまくりのアクロバット機なので、対称になっているというわけです。


補助翼(エルロン)の下には「スペード」と呼ばれるアクロバット機にはおなじみのパーツ。回転モーメントを生み出してエルロンの操作を軽く行えるようになる、いわば自動車のパワーステアリングのようなものです。スペードのおかげでレバーの片手操作が可能になります。


たしかにトランプのスペードのような形をしています。


車輪は左右にブレーキを別系統で搭載しており、左右のブレーキを調整することで滑走路で方向を調整できます。


水平尾翼


垂直尾翼


垂直尾翼はまるで鋭利な刃物のよう。


垂直尾翼に取り付けられた後輪は一輪で、自由に動きます。


中空のフレームはクロムモリブデン鋼(クロモリ)。


驚くほど細く感じるフレームですが、一般的な飛行機の耐荷重性能が3G程度までなのに対して、この機体は10Gまで耐えられる設計とのこと。


複座型なので、コクピットには前後にパイロットが座れます。


操縦は後側で行いますが、前にもレバーやペダルが付いており、後ろと連動して動きます。前に訓練生、後ろに教官というスタイルで教習することが可能。


操縦桿の奥に見えるGPS搭載の無線機だけがデジタル機器で、他の計器は基本的にはアナログ式。シンプルなアナログ式ほど故障リスクが低くより安全というわけです。


左にスロットルレバー。


エンジンの始動はキーをひねればOK。


足元のラダーペダルで垂直尾翼を操作します。


エレベータートリムホイールというレバーは……


右の尾翼に付いている小さなトリムを動かすもので、上下の飛行姿勢を微調整するときに使います。


たくさんメーターがついていますが、時刻を示す時計はありません。


ちなみに室屋選手はブライトリングの日本限定モデル「クロノマット ブラックカーボン」を着用しているとのこと。


スロットルペダル下の青いレバーはプロペラの回転を、赤いレバーは燃料調整用。


日本の法規に則って搭載する消化器。海外ではアクロバット機で搭載することはめったにないそうです。


丸いパーツは吸気口。


赤いレバーはガソリンタンクの切り替え用。エアロバティックスの大会では45リットルのセンタータンクのみを使いますが、長距離移動時には主翼の左右に約120リットルのガソリンを搭載できるそうです。


シートにかけられているのはパラシュート。


アクリルのカバーはヒンジ以外には1本のベルトでつながっているのみ。


緊急脱出時に上空で開くと、安全のためカバーは自動的に飛んでいく仕組みだそうです。


◆インタビュー
レッドブル・エアレース2016第2戦シュピールベルク大会終了後、日本に戻ってきたばかりの室屋選手に、ここまでのレースの感想や第3戦千葉大会に向けての意気込みについて聞いてみました。


GIGAZINE(以下、「G」と表記):
第2戦のシュピールベルグ大会が終わってからまだ4日ということで、非常にお疲れだと思います。まず、ここまでのレースを振り返って率直な感想を教えてください。

室屋義秀選手(以下、「室屋」と表記):
チームのセットアップとしては悪くない状態できているのですが、2016年シーズンから導入を予定してた主翼のパーツ「ウィングレット」が検査で止められていたり、Gを計測するユニットが壊れたりとか、いろいろなトラブルと不運が連続して起きた2戦でした。

ですから、機体の性能とかフライトとかは、今の状態としては満足のいく状態です。良い状態に仕上がっているのですが、「歯車」がなかなかかみ合わなかったという感じです。今後についてはそんなに心配していないんですけどね。これだけいろいろ起きれば、1年分くらいのトラブルが2戦で出たかなと思います(笑)


G:
なるほど。歯車がかみ合わないということですが、逆に歯車がかみ合えば期待できそうだと。

室屋:
はい。かみ合えばいいところまでいけると思います。

G:
手応えがあり、「もっといい結果が出せたはず」ということですね。

室屋:
ええ。手応えはありますね。

G:
手応えがあるのに結果が伴わないと、ストレスになりませんか?

室屋:
そうですね。大量ですね(笑)

G:
反対に、良い結果が出れば、ストレスは吹き飛ぶものですか?

室屋:
うーん、そうですけれど、結果は結果であって、チーム作りは1日ではできないものなので。正しい方向を向きながら、ずっと準備を積み重ねることのみですね。結果が出ないときもあれば、結果が出るときもあるし。それはそれで起きるものだろう、と思っていますけどね。

G:
もっと長いスパンで考えているということですか。

室屋:
そうですね。一戦ごとに一喜一憂しても、チームの力が変わっているわけではないので。運・不運は1年を通して必ず出てきますから。


G:
Gメーターの話が出ましたが、ここまで開幕戦、第2戦と10GオーバーでDNF(失格)となっています。この原因は何なのですか?

室屋:
飛行中のGを計測するGメーターのユニット(機体に取り付ける機材)はチームで預かっているものがあるのですが、アブダビ戦はGメーターのユニットが壊れていたのでスペアに交換したのです。テスト時点でスペアの設定がちょっと変だという話はあったのですが、結果としては壊れていたと思います。

G:
レースでは実際には10Gオーバーしていなかったはず、ということですか?

室屋:
実際よりも(計測結果は)高く出ていたと思います。

G:
Gメーターはチームで管理するものなのですか?

室屋:
運営から与えられたユニットで、機体に装着します。中身はブラックボックスで中がどうなっているか、僕らにはわかりません。ユニットは壊れない限り1年間チームで預かって、各レースで同じものを使います。

G:
今は、新しいGメーターなのですか?

室屋:
新しく交換したのが前回2戦目(シュピールベルグ大会)の直前です。交換後にテストできたのはワンセッションだけで、ちょっと手探りでやらなければいけなくなりました。実際にGをかけて数値を見て、大丈夫と感じてレースでGをかけてみた結果がオーバーGだった、ということですね。

G:
Gメーターは手探りで、調べながら使うのですか?

室屋:
飛んでいる間はデータは分からないので、地上に降りてからチェックし再調整して、また飛んで調整と、結構、時間がかかるものなのです。

G:
自分の感覚と数値をすりあわせるということですか?

室屋:
そうです。それをぴたっと合わせないと、目一杯攻められないので。実際にはそれがずれた状態で、よく分からないまま飛んだので、オーバーGする危険性はあったのです。とはいえ、対戦相手が一番速い選手(第2戦で優勝したマティアス・ドルダラー)になりました。そのためプッシュして攻めざるを得ない状態になっていたので、それも原因です。相手が速くない場合はそれほど攻めなくてもいいのですが、そうはいかなくて。

それ以外にもそんなに壊れることののないスモークを出す機械が壊れたりとか。歯車としてうまくかみ合ってませんでしたね。

G:
2016年2月に行われたキックオフミーティングのインタビューの中で、シーズン序盤は新しいチームがどんな機体を持ち込むのか、どんなことをしているのか様子伺いの部分があるとおっしゃっていました。実際にシーズンが始まってみて、今年はあのチーム・パイロットが手強いとか、印象はいかがですか?

室屋:
ドイツのマティアス・ドルダラーは予想していましたが、かなりいい状態できました。アメリカのマイケル・グーリアンも、本当に良い機体を作ってきています。去年までは、そこまでマークする存在ではなかったのですが、今年は予想以上に速くなっています。

G:
去年はマット・ホール選手、今年はドルダラー選手が初勝利しました。室屋選手と同じいわゆる「2009年デビュー組」が次々と初優勝をおさめていくと、いよいよ次は室屋選手の番と期待してしまうのですが、前回のキックオフミーティングのときに、「勝てる態勢にある」とおっしゃっていました。2戦を終えて他チームの様子もなんとなく分かりつつある中で、勝てる手応えはありますか?

室屋:
そうですね。前回お話ししたとおり、ウィングレットを欠いているので「頭一つ抜け出す」ということはできていませんが、トップとも僅差で十分戦える状態にはあると思います。

G:
ウィングレットで「マイナス1秒」を手に入れて、無理をせずとも勝てる状態にしたいとおっしゃっていました。まだウィングレットがないので、攻めるという勝負にでなければいけないということですね。


室屋:
そうです。

G:
ウィングレットの使用許可が下りる見込みは?

室屋:
まだないですね。残念ですが、第3戦の千葉戦での投入はないと思います。

G:
何が問題なのでしょうか?

室屋:
それが分からないのですよね。分からないので、非常に歯がゆいです。

G:
「ここがこう問題だから改良せよ」というような通知はない?

室屋:
今のところないですね。難しくて、解析しきれてないのかもしれません。当然ですが、レースチームの方が最先端ですので。

G:
なるほど。チェックする運営側よりも技術的に先をいっているのですね。

室屋:
そうですね。

G:
見通しは立たないのですか?

室屋:
極めて不透明ですね。こちらからやれることは何もないので。回答を待つのみです。

G:
いよいよ千葉戦に向けて、1カ月です。まだ1カ月あるのか、もう1カ月しかないのか、どちらですか?

室屋:
「もう1カ月」ですね。時間は、常に足りない状態です。これは他のチームも同じで、ずっと突っ走っているので。そこは常に競争なので。レースまでの期間にどれだけ準備したかで、また結果は変わりますし。ただ、ホームレースなので、我々が準備期間を長くとれる。そこは有利ですね。


G:
室屋選手は今週(2016年4月第5週)、福島に戻ってこられて、千葉戦まではずっと福島で調整ですか?

室屋:
はい、そうです。機体が届くのはレース10日くらい前なのですけれど、それまでは他の機体で感覚を鈍らせないようにしつつ、ですね。

G:
感覚を維持するような感じですか?

室屋:
そうですね。それは重要ですね。

G:
基本的には毎日飛ぶのですか?

室屋:
はい。天気が良くて、ここ(ふくしまスカイパーク)にいるときは。

G:
前回のインタビューで、いつも同じペース、テンションを保っていくことが大切だとおっしゃっていましたが、日本開催となる千葉戦では、気持ちが高ぶりすぎてしまうということはないのですか?

室屋:
そうですね。そういう傾向になるのは、どうしても仕方ないですから。

G:
周りからの期待も大きいでしょうから。

室屋:
それは、ありがたいことですし。良いコンディションを保つことが、結果で応えることにつながるので。ある程度、休む時間も必要ですし、一人になる時間も必要かなと思います。千葉戦まで、トレーニングのメニューはすでに考えてあるので、それに従って、淡々といくのが一番良いのではないかと思います。

G:
2015年の千葉では、新機体のZivko Edge 540 V3を前倒しで投入するというサプライズがありましたが、今年も「千葉スペシャル」のような隠し球はありますか?

室屋:
ないっす(笑)ウィングレットを入れたかったんですけどね。

G:
ウィングレットという大きな武器が、室屋選手のシーズンの行方を大きく左右しそうですが、シーズン開幕直前に、目標を「年間チャンピオン」から少しトーンダウンさせて、「チャンピオンシップを通して表彰台に」という総合3位以内を掲げていました。最初の2戦は歯車がかみ合わなかった状態ですが、この目標自体は変わってないですか?

室屋:
変わっていないです。まだまだ(大丈夫)。マティアス(ドルダラー)がちょっとポイント争いで頭一つ抜けましたけれど、彼は波があるので、どこかで崩れるでしょうから、大丈夫(笑)それは冗談としても、ドルダラーをのぞけば1戦分のポイント差しかないですから。そんなに心配はしていないのです。あとは、他のチームのことをあれこれ考えても仕方がないので。常にファイナルに残っていけば、十分届くと思っていますね。


G:
なるほど。やはり一定のペースで、平常心を保っていけば結果がついてくるはずだというわけですね。

室屋:
そうですね。シーズンは長いですし、焦ったところで機体はすぐには速くならないですから。

G:
2戦目までの結果を見ると、2016年シーズンのエアレースは大混戦という感じを受けるのですが。

室屋:
「大混乱」ですね。なんてことだ、という感じです。

G:
逆に言えば誰にでもチャンスがあるということですか?

室屋:
そうなのですが、年間を通してみると、やはり強いチームが勝ち上がってきます。アブダビ戦(開幕戦)は"くじ引き"のようなところがあって(笑)シュピールベルグ戦はレースらしくなりましたね。次(千葉戦)くらいから、本当に強いチームが出てくると思います。

G:
なるほど。シーズン当初のドタバタが落ち着いて、千葉くらいから実力通りのレースになりそうだということですね。

室屋:
そうですね。強いチームがコンスタントに勝ってくるようになると思いますね。

G:
"くじ引き"ではなくチームの総合力ということになれば、チーム室屋は上位に食い込むチャンスあり、と。

室屋:
そうなってくれると思います。僕、くじ引きに弱いので(笑)

G:
そうなのですか!?

室屋:
はい。くじ引きゲームになると、負けます。

G:
何か、イヤな思い出でも?

室屋:
昔、(エアロバティックの)世界大会で1番手を何度も引くということがありました。最初に飛ぶ1番手は不利なのですが、60人くらい参加する大会で、5回中3回、1番手を引くなんてことがありました。


G:
すごい確率ですね(笑)「運」勝負になると歩が悪い。

室屋:
「運」勝負になるとものすごく低レベルです(笑)

G:
再び千葉戦の話に戻りますが、「日本開催」は、室屋選手にとってプラスになりますか?

室屋:
はい。みなさんに知っていただく機会で、エアレースのファンになる人も一気に増えるでしょうから。そういうことが、チームを強くしていきますので。

G:
スポンサーも増えるチャンスということでしょうか?

室屋:
分かりやすいことで言えば、スポンサーもそうですね。サポーターやファンなどを含めて、総合力が大事になっていくと思うので、母国レースがあることは、とても良いことです。

G:
2回目の千葉戦に向けて、エアレースファンやエアレースを初めて見る人にも、メッセージをください。

室屋:
2015年は初開催ということで、機体も無理に前倒しして導入していました。前回は開催できることに喜びがありましたけれど、それから1年間、機体を熟成させてきての2回目ですから、チームの体制も整ってきています。去年は、チームの体制としては表彰台に乗れるという雰囲気はなかったのですが、今年は順当にレースをすれば、表彰台に近いところは行くと思います。いいレースができるポテンシャルは去年よりもはるかに高いです。ファンのみなさんには楽しんでいただけると思います。もちろん僕だけじゃなくて、13人のパイロットがいますので、レース展開もスリリングで面白いはずなので、ぜひ、会場で見ていただきたいと思います。


G:
本日は、お忙しいところありがとうございました。

日本で2度目の開催となる「レッドブル・エアレース千葉2016」は、2016年6月4日(土)に予選が、6月5日(日)に決勝が千葉県立幕張海浜公園で行われます。

RED BULL AIR RACE CHIBA 2016 オフィシャルチケットサイト
http://rbar.jp/


・つづき
エアレース・パイロット室屋義秀選手の飛行機に乗って究極の三次元モータースポーツの異次元ぶりを体感してきました - GIGAZINE

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in 取材,   インタビュー,   乗り物, Posted by darkhorse_log

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