サイエンス

安ホテルの一室で「植物の歴史」に関わる重大な生物学的発見がされていた


「科学者の研究室」と聞くと、大学や研究機関の大きな建物の中にある最新設備が整った一室を想像する人も多いはず。ところが、2026年に科学誌のJournal of Phycologyに発表された生物学的に重要な発見は、自動車移動する人向けの安価なホテルであるモーテルの一室で起きていたと日刊紙のニューヨーク・タイムズが報じています。

Crawling under the radar: Two novel Paulinella species expand knowledge about the ecology and evolution of a primary plastid‐containing amoeba lineage - Van Etten - Journal of Phycology - Wiley Online Library
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jpy.70230

In an $80 Motel Room, a Discovery to Shed Light on the Origins of Life
https://www.nytimes.com/2026/09/26/science/motel-science-discovery.html

地球上の植物が持つ葉緑体はすべて、過去にシアノバクテリア(藍藻)が別の真核生物に取り込まれた細胞内共生に起源を持つとされています。真核生物がシアノバクテリアを取り込んだのは12億年前にさかのぼると推定され、2つの独立した生物が遺伝子の交換と喪失という複雑なプロセスを経て1つの生物になった過程は、いまだに謎が多く残されています。

ところが2005年、殻を持つアメーバの一種であり色素体による光合成を行うパウリネラ(ビンカムリ)の遺伝子解析により、パウリネラの色素体は10億年以上前に植物を生み出したイベントに由来するのではなく、約1億年前に独立して取り込まれたことが判明しました。つまり、地球の環境を激変させた生物学的イベントが、2回にわたって独立に生じていたというわけです。

パウリネラがその他の植物や光合成を行う動物と独立してシアノバクテリアと共生したという事実は、生物学的に大きな意味を持ちます。特に、パウリネラが色素体を持ち始めた約1億年前は進化論的に見れば比較的最近であるため、どのようにして真核生物がシアノバクテリアと共生を始めたのかを知る手がかりになり得るとのこと。


ところが、パウリネラの研究はそれほど進んでいるとはいえません。最初の種は1894年に発見されましたが、2025年までに報告されたのは合計で4種にとどまっています。パウリネラは水のサンプル中に含まれる他の微生物と比較して個体数が少なく、体も大きくない上に、実験室での増殖は4~5日かかります。速やかに研究成果を挙げたい博士課程学生にとって、増殖に数日かかるというパウリネラの特性はネックであるため、研究対象に選ばれることは少ないそうです。

進化生物学者のジュリア・ヴァン・エッテン氏は、そんなパウリネラを研究する人物の1人です。ヴァン・エッテン氏は大学院生だった頃、家族旅行中に雨で足止めされたノースカロライナ州で、暇つぶしに高速道路脇でくんだ水を顕微鏡で調査しました。すると、サンプルの中に偶然パウリネラを発見したため、それから2025年にかけて何度もノースカロライナ州に足を運んでサンプルの採取を続けてきました。以下は実際にノースカロライナ州でサンプルを採取するヴァン・エッテン氏の姿。


ヴァン・エッテン氏が初めて観察したパウリネラの顕微鏡写真が以下。中央の赤枠で囲われた部分に、色素体を持つパウリネラの姿が確認できます。


2025年1月、当時ウッズホール海洋研究所の研究員だったヴァン・エッテン氏は、ドナルド・トランプ大統領が連邦政府による資金提供を一時停止したことで、研究資金どころか給与支払いすら不透明な状況に置かれました。後に資金の支払いは再開されたものの、混乱期には多くの科学者らが参加するグループチャットで今後の見通しや戦略について話し合ったり、慰め合ったりしていたそうです。

そのチャットでヴァン・エッテン氏は、デューク大学の博士研究員であり植物を対象としているアンドリュー・ウィロビー氏と知り合いました。ウィロビー氏の専門は微生物ではなかったものの、ヴァン・エッテン氏からその年の春に行うパウリネラ調査についての旅に誘われたため、2025年の春にヴァン・エッテン氏が拠点とするノースカロライナ州のモーテルに自動車で向かいました。

モーテルはヴァン・エッテン氏によって臨時の実験室に改造されており、壁には塩水の入った水差しが並び、バケツには湿地で採取した草の塊があふれていたとのこと。以下の写真は、いずれも実際にヴァン・エッテン氏のモーテルで撮影されたものです。


ウィロビー氏は、ヴァン・エッテン氏と同じくパウリネラの研究に携わっていたビゲロー海洋科学研究所のジョン・バーンズ氏とともに、モーテルでの調査に参加することになりました。モーテルの設備は最小限であり、自分の口で吸い取るタイプの古いピペットでサンプルの水を採取したり、歯ブラシの毛を色鉛筆に着けた自己流の実験器具でサンプルからパウリネラを分離したりしていました。

そんな中でウィロビー氏がパウリネラの観察を始めたところ、パウリネラのうろこのようになった殻が時計回りに重なる個体と、反時計回りに重なる個体がいることに気付きました。ヴァン・エッテン氏らはパウリネラを長く見過ぎいていたため、これらを同じ種だと思い込んでいましたが、新鮮な目でパウリネラを見たウィロビー氏は「これは別の種なのではないか?」と思ったそうです。

その後、サンプルを研究室に持ち帰って高解像度の電子顕微鏡で観察してみたところ、パウリネラは2つの異なる新種であることが判明。サンプルから抽出したDNA配列解析でも2つが新種であることが確認され、ヴァン・エッテン氏らは2026年に研究成果を発表しています。

以下はヴァン・エッテン氏らが発見した2つの新種のパウリネラで、左が「Paulinella marae sp. nov.」、右が「Paulinella murrayi sp. nov.」です。


ヴァン・エッテン氏とウィロビー氏はすでに次の研究段階に向けて協力体制を築いており、市民科学者やアマチュア研究者と連携して、さらに多くのパウリネラを見つけようとしています。2026年秋にメリーランド大学に研究室を持つこととなったヴァン・エッテン氏は、「私たちはこれからもずっとこの研究を続けていきます。これは私の生き方の一部ですから。私の小さなプロジェクトは、進化生物学にとって大きな意味を持っています」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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