Tシャツに40万円もの価値があった時代とは?
By Timothy Takemoto
大量のモノにあふれる現代社会では100円ショップに代表されるように価格破壊とも言えるほど低価格な商品が簡単に手に入ることもあり、1000円以下のTシャツもそれほど珍しくはありません。消費サイクルが極めて早い社会ではすぐに廃棄される商品も多く、「使い捨て時代」とでも言えそうな現代社会ですが、衣類がすべて手作業で縫われていた大昔の時代には、衣類はもっともっと大切に扱われていたそうです。
SleuthSayers: The $3500 Shirt - A History Lesson in Economics
http://www.sleuthsayers.org/2013/06/the-3500-shirt-history-lesson-in.html
現代のような大量生産・大量消費の社会構造が誕生したのは18世紀半ばから始まった産業革命にまでさかのぼることができます。最も早く産業革命が起こったイギリスでは、家内制手工業から工場制機械工業への変革が最初に起こった分野は「衣類」でした。つまり、従来は手で編んでいた羊毛製品を中心とした毛織物が、織機・紡績機の登場によって安価に高速に生産できるようになり、その後の産業革命につながったのです。
この歴史的事実を逆向きに考えると、衣類は極めて高価だったからこそ織機・紡績機によって機械化する必要があったとも解釈できます。
これは産業革命以前の中世ヨーロッパを描いた絵画。右手前の白いズボンを履いた男性が着ている赤いインナーが、当時の一般的なTシャツです。このインナーはもちろん機械ではなく手で編まれていました。
この一般的な中世のTシャツが作られるまでの製造コストを考えてみるとこんな感じになります。まず、熟練した「お針子さん」であってもTシャツを縫い上げるまでに7時間は必要です。縫う作業以外にも生地を織る時間が必要。一般的なTシャツのサイズであればだいたい4ヤード(約3.7メートル)分の生地が必要ですが、生地は1時間当たり2インチ(約5センチメートル)しか織れません。つまり、Tシャツ用の生地を作るのに370÷5=約72時間かかることになります。
さらに生地の原材料である糸を紡ぐ時間も必要。生地には1インチ当たり12本の横糸が必要で、Tシャツに必要な生地の生産には1600ヤード(約1500メートル)分の糸が必要となり、この生産には400時間かかるとのこと。ちなみに未婚女性が英語で「spinster」と呼ばれるのは、糸を紡ぐ(spinする)人は料理や子育てをする暇もなく、ひたすら糸を紡ぎまくる生活をしていたことに由来するそうです。
以上の通り、Tシャツ1枚作るためには7時間+72時間+400時間=479時間の手作業が必要で、これに最低賃金の時給7.25ドル(約850円)をかけるとおよそ3500ドル(約40万円)になる計算です。中世ヨーロッパではTシャツ1枚には40万円の価値があったというわけです。さらに言うと、当時の糸の原材料は羊毛か綿花であり、安価な合成繊維は存在しません。羊毛や綿花は年1回しか採れないため、原材料を採るために必要な羊や綿花の飼育費用などを考慮すれば、Tシャツの金額は40万円以上の価値があった可能性さえあるとのこと。
当時の価値基準に照らしても非常に貴重だった衣類は、おいそれと捨てるわけにはいかない貴重な物であり、19世紀初頭の時点でさえ、服を3着持っている女性は幸せ者だったそうです。なお、この3着のうち2着が普段着であり最も良い1着はここぞの場面でのみ着ることができる一張羅だったとのこと。
産業革命前のヨーロッパでは服は富裕層から庶民へと、時代を経て引き渡されていくのが一般的。使い古された服であっても庶民にとっては貴重品であり、さらに兄弟や子どもなどへ「お下がり」として引き継がれ、ぼろぼろになっても修繕に修繕を重ねて利用されたそうです。そしてちぎれて使い物にならなくなった服(というよりむしろ布)は、同じく貴重品であった紙の代替品として書籍に活用されたとのこと。このような事情が、ヨーロッパの衣服が当時のそのままの形で現存するのが極めて珍しい大きな理由だそうです。
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