トランプ大統領の就任でアメリカ国立衛生研究所(NIH)の科学者が会議や出張の中止などの混乱に見舞われている
2025年1月20日に第47代アメリカ大統領に就任したドナルド・トランプ氏は、アメリカの保健福祉省公衆衛生局の下にある医学研究機関・アメリカ国立衛生研究所(NIH)の長官に、新型コロナウイルス対策に批判的なジェイ・バタチャリヤ氏を指命しており、NIHの改革に着手するとみられています。すでにトランプ政権はNIHに対し、外部への情報発信停止や雇用の凍結、出張の中止といった命令を出しており、科学者らが大きな混乱に見舞われているとのことです。
Trump hits NIH with ‘devastating’ freezes on meetings, travel, communications, and hiring | Science | AAAS
https://www.science.org/content/article/trump-hits-nih-devastating-freezes-meetings-travel-communications-and-hiring
トランプ氏やその支持者にとってNIHは改革するべき標的となっており、現地時間の1月22日にはNIHが開催する若手科学者向けの研修ワークショップが中止されたほか、青少年の学習に関するワークショップも開催数分前にキャンセルされ、2つの諮問委員会の会議もキャンセルとなりました。新規の助成金申請を審査予定だったある委員会も、11時間前に中止となったという連絡があったそうです。
ピッツバーグ大学のオピオイド依存症研究者であるジェーン・リーブシュッツ氏は、「このような混乱は、長きにわたり影響を及ぼす可能性があります。短期間の遅れでさえ、アメリカが研究で後手に回ることとなります」と述べ、リーブシュッツ氏やその他の研究者らは多くの不安や恐怖、パニックを感じていると主張しています。
さらに保健福祉省は、2月1日まで外部への情報発信を禁止することを発表しました。これには新たな規制やガイダンスの発表、助成金についての報告、ソーシャルメディアへの投稿、プレスリリース、その他国民との「コミュニケーション」の公開停止、講演活動のキャンセルなどが含まれます。NIHの広報担当者は、「これは、新しいチームがレビューと優先順位付けのプロセスを設定するための短期的な一時停止です」と述べています。
コミュニケーションの停止により、さまざまな研究部門や委員会での会議もキャンセルされました。NIHはさまざまな学外研究者から研究についての助成金申請を受け、彼らの提案を審査して助成金を提供するという役割も負っており、その審査は非公開の委員会会議で行われています。そのため、コミュニケーションの停止は研究プロジェクトへの助成金提供にも影響を及ぼすとのこと。
また、NIHでは政府のその他機関と同様に新規採用も凍結されていますが、NIHの親機関である保健福祉省では出張も一時停止となりました。NIHの出張責任者は1月22日早朝に上級職員へ電子メールを送信し、出張先から帰るといった一部の例外を除き、保健福祉省全体ですべての出張を「即時かつ無期限に」停止すると通知しました。
この措置を受けて、科学者らがNIHの施設外の研究機関でプログラムを推進したり、遠方のNIH支部を訪問したり、外部会議に出席して研究結果を発表したりすることができなくなりました。出張禁止令は特に若手の科学者に戸惑いを与えているそうで、ある科学者は「人々は途方に暮れています。なぜなら、次に何が起きるのかわからないからです。自分の使命に向かってとても献身的に働く人々が、これほどの混乱と懸念に見舞われるのを見たことがありません」とコメントしています。
以前の政権も発足から数日にわたり出張やコミュニケーションに制限を設けてきましたが、トランプ政権のように出張を全面的に禁止するのは珍しいとのこと。あるNIHのベテラン研究者は、特にキャリアを作るための研究発表やネットワーク構築が重要な博士研究員や大学院生にとって、これらの制限が痛手になっていると語りました。
一連の指示は、NIHが支援する学外の研究コミュニティにも不安を与えています。ある主要な学術医療センターに勤める科学者は、「NIHからはまだ具体的なことは何も言われていません。しかし、科学に携わるすべての人がそうであるように、私たちも心配しながら待っています」と話しました。
実際にNIHから資金提供を受けているハーバード大学医学大学院のアレクサンダー・グセフ准教授は、自身のブログでNIHの役割について説明し、トランプ氏や周辺の政治家、その支持者らがNIHに対して持っている誤解について解説しています。
Distinguishing real from invented problems with the NIH
https://theinfinitesimal.substack.com/p/distinguishing-real-from-invented
NIHはそれ自身も研究機関としてさまざまな研究を行っていますが、予算全体のうちNIH自体で行われている研究に割り当てられるのはわずか35%で、60%は外部の研究プロジェクトに助成金として提供されているとのこと。なお、残る数%は管理費やサポート費などに使われています。
NIHは研究者から助成金申請の提案を受けると、数十人のメンバーで構成された特定分野の「研究セクション」に提案が送られ、この研究セクションの会議で提案をレビューする仕組みです。この会議は年に数回行われ、最終的にどれほどの助成金が割り当てられるのかが決められます。提案のうち助成金がもらえるのはわずか10%未満であり、提案の90%は最初のレビューで資金提供が受けられず、提案を書き直しても助成金が得られる割合は20%に満たないとのこと。
トランプ氏が大統領に当選した後、NIHには改革するべき点があるとしてさまざまな問題が挙げられましたが、グセフ氏はその中で「勢いを増している見当違いのアイデア」だとグセフ氏が考える一部の問題について説明をしています。
by Gage Skidmore
・資金提供を受けた研究の中にばかげた名前のものがある
政治家たちは「昆虫の性行為」や「サルに薬物を投与する」といった提案を探し出し、これらの無駄な研究だとして切り捨てるかもしれません。しかし、これらのモデル生物を用いた研究は科学的プロセスにとって重要であり、後に人間に応用できる多くのブレイクスルーが動物の研究から生まれています。すでに資金提供を受けている研究は、残る80~90%の競合を打ち負かして有用性が認められたものであり、決して「ばかげた研究」ではないとのこと。
・提案のページが多すぎる
確かに助成金の提案はかなりのページ数に達するそうで、グセフ氏が最後に提出したものは約150ページもあるとのこと。しかし、このうち科学者らが焦点を当てる科学的セクションはわずか12ページ程度で、残りは予算や関係職員の履歴書、データやリソースの説明、NIHと研究機関の契約文言といったものです。これらは専門の助成金管理者がわずか数時間でまとめ上げたもので、レビュー担当者は常に目を通すわけではなく、詳細な情報を必要とする一部のケースでアクセスするに過ぎません。そのため、この点は改革するような制度的失敗ではないとグセフ氏は主張しています。
・「タブー」とされる研究への資金提供が不足している
ハーバード大学の経済学者であるローランド・フライヤー氏は2024年11月、「健康格差の遺伝的要因についてタブー視することなく研究がなされるべき」と主張しました。これは大きな注目を集めましたが、実際のところNIHは健康格差の遺伝的格差に関する多数のプログラムのため、かなりの額の資金提供を行っているとのこと。また、2024年5月に科学誌のNature Neuroscienceに掲載された研究は、アフリカ系アメリカ人の脳を分析して遺伝的祖先の差を分析したものであり、この研究の基礎となったデータもNIHが実施した臨床試験の一部として収集されました。グセフ氏は、フライヤー氏は「集団間の遺伝的原因を研究することはリベラルやポリティカル・コレクトネスのタブーに抵触するため、公正に研究されていない」と考えたのかもしれないものの、実際はこの種の研究も厳密に実施されれば大いに支持されると説明しました。
・NIHを解体して最初から作り直すべき
意外にも、NIHが抱える問題点をいくつか上げた後、「NIHを廃止するか一切の資金提供をやめるべき」と主張する人も多いそうです。しかし、NIHはアメリカ全土の2500を超える病院や医学部、大学、その他研究機関で30万人を超える人々を支援しており、記事作成時点でも多くの研究がNIH内外で行われています。これらの資金援助を停止すればアメリカの研究に大打撃が及び、数十億ドル(数千億円)規模の経済活動が失われるだけでなく、他国に対して戦略的に不利な立場に置かれることは間違いありません。グセフ氏は、確かに「黒人研究者の方が白人研究者よりも助成金を受けにくい」といった改革するべき点があると認めつつ、すべてを解体することに意味はないと主張しました。
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